第60話 遺書
夜、ベッドに入ったフェイは、明日にはこの家をたつと思うと何となく寝付けなかった。前回はやはり、ブライアンの言葉だと思い勢いで出てきたところがある。
こうして、明日のことを思うと、ジンに訪ねておくべきかと思うことが浮かんでくる。特に、ここに来る前にリナとも話していたのでなおさらだ。
「……ジン」
「何、で、しょう?」
ベッドの上でぽつりとこぼすような声で呼ぶと、間髪入れずに返事が返ってくる。
「お主、わしがここにきた事故のことを知っておるか?」
「もちろん、です」
「では、話してくれんか?」
「………」
不自然なほどに、間が空いた。フェイが待っているとジンは観念したように声をだす。
「いや、です」
「……嫌て。お主、わしが唯一のマスターとか言ってたじゃろ」
「唯一、の、マスター、です。だから、フェイ、が、命令、する、なら、逆らう、こと、は、できません。ですが、命令、でも、私、の、好き、な、人、まで、変え、ら、れ、ません」
「そりゃあ、の」
それは人間と同じだ。例えば上からの命令は絶対とは言え、行動はともかく思考までは束縛することはできない。人間ではないが、ジンの性格は長い年月をかけて形成された。命令一つで変更はできない。
しかし確実に人間ではないので、命令をしたならどんなに言いたくないことでも言わざるをえないし、人格そのものをリセットしてなかったことにはできる。
「私、は、心、から、ブライアン、が、大好き、です。世界一、です。だから、可能、な、限り、彼、の、意志、を、尊重、します」
「……わかっておるよ」
ジンが誰よりブライアンを大切に思っているのは知っている。だからこそ、ジンはこの家に残るのだ。
「それでも、命令、します、か?」
「いや……では、やめておこう」
本音を言うと恐くもあった。だからこれでいいのかもしれない。
「フェイ、明日、渡、し、たい、もの、が、あります」
「ん? なんじゃ?」
「ブライアン、の、遺書、です」
「……なに?」
ブライアンの遺書は、死亡した翌日にジンの指示の元、すでに受け取っている。その内容はベッド脇で聞いたものが大半であった。だが、他にもあったと言うのか。何故、今になってそれを言うのか。
こうして帰って来たのはたまたまだ。たまたま帰宅しなければ、存在を知らぬまま死んで行ったかも知れない。何故、黙っていたのか。
「あなた、に、過去、を問われ、た、なら、渡せ、と、言われ、て、いました」
フェイの疑問はすぐに解消された。それならば、仕方ない。フェイは深く息を吐いた。
「そうか……わかった。では、明日を楽しみにしよう」
「はい。今日、は、おやすみなさい。明日、に、差し支え、ます」
フェイは目を閉じた。
○
「上から二段目の、左から三冊目に挟んでおります」
ブライアンが息を引き取った際に、ブライアンとその衣服、杖は全て一緒にして土へ埋めた。しかしそれ以外の物は特に触らなかった。
必要なもの、葬儀の手順に関しては全てジンが把握していたし、ブライアン不在の部屋をあさるのは抵抗があり、ジンに言われたものしか触らなかった。なので昨日寝るときも触らなかったし、本の隙間に遺書が隠されているとは思いもしなかった。
「これか」
挟まれている手紙を開いた。中には一回り小さい封筒と、折り畳まれた便箋が入っている。封筒は魔法陣が書かれている。
フェイはまず手紙を開いた。
愛する孫娘、フェイへ
手紙は苦手だから、単刀直入に言いおう。私、ブライアン・アトキンソンは、フェイに真実を伝えるのが恐い。
私のせいでフェイは親兄弟と離れることになった。全てをなくしてしまった。それを知ったフェイに嫌われたくないのだ。臆病で、申し訳ない。
だがそんな私の感情を除いても、私はフェイに知ってほしくないと思う。知ってしまえばこの世界を色眼鏡で見るかも知れない。この世界を、ありのまま受け入れてほしい。
この世界は私が思っていたのとは違った。私にも何があるのかわからない。だが、きっと変わらない素晴らしいものがあるだろう。
過去は過去だ。今が変わるわけではない。だからまず、世界を見てくれ。そうして、全て見て、それでも過去が気になるなら、もう一つの手紙を開けなさい。今のフェイには、まだ無理だろうけど、きっと世界を見て大きくなったフェイなら開けるだろう。その頃にはきっと、フェイにも真実を受け入れることができるだろう。
いつでもフェイの幸せを願っているよ。君のことを愛する爺より。
何のことはない。やはり、前に言っていたままだ。世界を見てこいと、そう言うことだ。一体何があったのか、ますます気になってしまう文面なのはともかく、旅をするのは賛成だ。
なら、構わないだろう。大事なのは、ブライアンからフェイへの手紙が増えたということだ。とても嬉しい。
ブライアンの遺品はたくさんあるし、直筆の書類もたくさんある。しかしフェイへの手紙となると、一緒に住んでいるので遺書しかない。それがもう一つでてきたのだ。それだけで嬉しい。
惜しいことがあるとすれば、ブライアンは文章では普通だと言うことだ。フェイの大好きでいつも真似していた、柔らかな今のフェイと同じ話し方は、さすがに文語にはむかない。
フェイは膨らみのある小降りの封筒を窓から差し込む光にかざす。舞い上がって光る細かな埃の中でも、はっきりわかるくらい、封筒に書かれた魔法陣は発光していた。
出す前には気づかなかった。と言うことは有り得ない。ならばフェイが触れたからだろう。
封筒をそっと手近な棚に魔法陣を上にして置く。数秒で発光は収まった。手に持つと再び発光する。発光しているのは、魔法陣に魔力が走っている証拠だ。
「ふむ……」
その魔法陣を読み解くのは簡単だ。触れた人間の魔力を自動的に吸い上げ、完全な結界を表面にかけている。極限まで薄く、持ち手に違和感を感じさせないほどだ。火や水にも強く、そしてなにより素晴らしいのが、それほど精密でありながら、魔力消費が殆どない。
無駄がなく美しいほどに、完璧に近い式だ。
さすが御爺様だと、フェイはにんまりと笑った。
魔法陣は実際、初級魔法でもないオリジナルは通常真似されないように、見ただけで中身がわからないようにしている。だがブライアンのフェイクの癖はフェイにはお見通しだ。
しかしそれでも、これを解除することが難しい。この魔法陣は最初から解除する方法が組み込まれている。その場合は、それ以外の方法で解除しようとするとそれを阻む力が強く働く。
この魔法陣の解除方法は一つ。百年、時間がたつことだ。シンプルでただ待つだけと簡単さだからこそ、強い。
待たずに解除する方法は、もちろん魔法だ。魔法で、魔法陣の時間だけを進める。それは今のフェイではできない。ブライアンが生涯でもって作り出した時魔法は、まだ一つも解読できていない。
魔法は1から作るのが一番難しい。ましてブライアンから師事を受けた愛弟子であるフェイなら、読み解き、身につけるまではそれほど長くはかからないだろう。
それができるくらいにはなれ、と言うことだ。
「ジン、ありがとう。後は自分でするとしよう」
「おや、時間、に、関する、魔法、に、ついて、は、よい、の、です、か?」
「魔法は自分でする。そうでなければ、わしはこの中身を見る資格はないじゃろう」
「はい。フェイ、あなた、を、誇、ら、しく、思い、ます」
「ふっ、そう持ち上げるでない」
「では、ブライアン、の、魔法書、の、解読、は、どこ、まで、進み、ました、か?」
「……よ、よんぺーじ」
フェイがこの家から持ち出した未解読のブライアンの魔法書は、後半に時魔法が書かれているとは予め聞いている。今現在、フェイが解読しているのは14ページ。家を出てから解読したのは2つだけ。残り、348ページだ。
「……フェイ、一人暮らし、です、し、ね」
「うっ、フォローするでない」
正直自分でも遅いのは自覚していた。というかぶっちゃけ、あんまり真剣に時間をつくってやっていなかった。
日々の依頼で疲れて、平日はやる気が出ない。休日は休日で遊びたいし。魔法しか娯楽がなく、魔法研究だけで平日も休日もない日々だった頃とは違うのだ。言い訳だが。
「わしが本気をだせば、こんなもん、一年もあれば楽勝じゃ!」
「へー」
元々感情のない声だが、殊更棒読みで相槌をうたれた。
フェイはぐぬぬと唸りながら、サボっていた自覚はあるので口は閉じて、部屋を出た。
「あ、フェイ、おはよう」
部屋を出るとすでにリナは朝食を作っていた。途端にいい匂いが飛び込んでくる。
「おはよう、リナ」
「今日はいつもより遅いわね。声が聞こえたけど、ジンと話してたの?」
「うむ、ちょっとな。わしの過去について」
「過去? ああ、事故について聞いていたの?」
「うむ。リナにも話そう」
フェイが席に着くと、リナはカップに水を注いだ。テーブルに焼き直したパンとサラダ、スープを並べる。
「朝食を食べながらで?」
「うむ、冷めてはもったいないからの」
○
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