第63話 女の子らしく

「えー、んだよ。明日でんの? 早くね?」

「くね?」

「早くはない。というか、何もないし滞在する意味もないじゃろ」

「んだと!? バカにしてんのか!」

「バカにはしとらん。事実じゃろ。それか、わしが知らんだけで何か特別なものがあるのか?」

「む、ん、んーっ」

「むんーっ」

「! 俺がいるぜ!」

「いるぜっ」

「ああ、そうかい。そりゃすごいの」

「てか、実際なんもないよなー」

「まぁそうだよな。俺もでっかくなったら冒険者になるぜ!」

「なるぜ!」


 話していたら普通に夕方になったので、フェイは三人と別れて宿屋に戻った。部屋にはいるとリナはベッドで昼寝をしていた。いや、夕寝と言うべきか。


「リナー、あまり寝ると夜に眠れなくなるぞ」

「うーん」


 そろそろ夕食の時間なのもあり、フェイはリナを起こすことにした。右手を伸ばしてリナの左肩をつかみ揺する。


「ん、んー、駄目よ。そんなの駄目」

「起きんか、ほら、リナー」

「んあ? フェ……ああ、フェイ。おはよう」

「夕方じゃから、早くはないの」

「ああ……そうね。遅よう」


 目を覚ましたリナは起き上がって欠伸をしながら返事をした。すでに慣れたが、リナは寝起きがやや悪い。


「もう夕方か……ご飯食べましょうか」

「うむ」









 夕食は特筆すべきこともない料理だった。こんな何もない村ですら御爺様との時より美味しいものだったことに、フェイはこっそり感激していたが、フェイの貧しかった食生活ネタもしつこくなってきたので記載しないことにする。

 そんな訳で、湯をもらって体を拭いてから魔法でさらに身を清めて2人はさっさと寝て、翌日になった。


「んー! ふぁ」


 起き上がったフェイは伸びをしてから欠伸をしつつ、窓から見える太陽にいつもより遅めの起床と気づいた。やはり旅の疲れがたまっていたのだろう。昨日よりもすっきりした目覚めだ。

 フェイは着替えてからリナを起こした。リナがもそもそ着替えている間に、荷物の準備をし、すぐにでも出られる姿になってから部屋を出た。


「おはようございます」

「おはよう」

「ああ、おはよう。すぐ持ってくから、好きなとこ座ってな」


 宿屋の隣の食堂へ行き、朝食を済ませて鍵を返却した。宿屋を出発して、村から出る。ヒロース村では柵が途切れて出入りができる入り口は一カ所しかない。

 狭い村なので必要がないからだ。珍しいことではないが、おかげでフェイはまた変顔ジジイがいるのだろうかと少し身構えた。しかし基本的に村のご老公の暇つぶしの日替わり当番なので、その必要はなかった。


「残念、昨日の人じゃなかったのね」

「残念ではない」

「爆笑じゃないの?」

「確かに笑ったが、衝撃的すぎじゃ」


 騙し討ちのような笑いは心臓に悪いので、フェイとしては遠慮したい。


「ふーん、私も見たかったけど。フェイがあんな笑い方するとか珍しいし。どんな顔だったの?」

「どんなと言われても、こう…」


 フェイは自分の頬を両手で左右に引っ張って再現してみせるが、生憎と白目のむき方がわからずただ見開いただけになり、そもそも突然性がなくなったのでただの変顔になった。

 大爆笑と言う前振りのせいで、イマイチそれほどだと思ってしまってリナのツボにははまらなかった。だが頬を引っ張って必死に再現する姿は可愛いので頬をゆるませた。


「フェイがやると、可愛いわね」


 しかしそんなリナの態度にフェイはむくれながら変顔をやめて手をおろした。笑いは笑いでも種類が違うのはフェイでもわかって馬鹿らしくなったのだ。


「全く嬉しくないんじゃが」

「フェイも女の子なんだから、可愛くてもいいじゃない」

「いやわしが男装してるとか関係なくな? 変な顔を意図してやって可愛いとか嬉しくないからの?」

「ところで今二人きりなんだから、今くらい女の子らしくしたら?」

「露骨に話題変えるのぅ。まぁよいが。というかの、別にわし、見た目は魔法かけておるが特に男らしく振る舞っておるつもりはないぞ」

「それは聞いてるわよ。そうじゃなくて、意図して女の子らしくしたらってこと。せめて一人称を私にするとか」

「私と言うこと自体はできますが、敬語の時に使う、と言うイメージがございます故に、普段使いは困難と思われます」

「なんかその敬語変じゃない?」

「そうかの? まぁ使う機会ないしの」


 フェイにとって敬語とは神様など尊敬する相手に使う言語、と言うイメージだ。ブライアンが祖父ではなくただの師匠なら使っただろうが、そうではなく身内として敬語は使わなかった。おふざけで使うくらいしか経験はない。


「折角知ってるんだから、使えばいいのに」

「と言うか、わしからすればリナの敬語のタイミングこそ不明なのじゃが。使う相手とそうでない相手の違いはなんじゃ?」

「え? いや、単純に依頼主とか偉い人とか、後は親より上の年代の人とか」

「なんでそんなに敬語使うんじゃ?」

「え、いや、何でとか言われても」


 リナにとって敬語は身近なものだ。使うことで問題になることはないし、幼い頃に父親の手伝いで狩りをした後に売っていた時から敬語を使っているので、ある程度年上だと殆ど無意識に使ってしまう。

 別に偉くなくて使う必要がない相手だとしても、敬語を使われて嫌な気分になる人はいないし、使うことで向こうの対応も丁寧になることもある。何故使うのかと言われると困ってしまう。


「もしかしてリナのお父上は商人じゃったのか?」

「え、いや違うけどどうして?」

「商家であれば万人に敬語を使うようにしているところもあるからの」


 小さなところならともかく、アルケイドのような大きな街では大抵の店で敬語を使っていたし、商人なら敬語も不思議ではない。

 言われてみてリナも父親を振り返ってみる。商人ではなく、狩人だったが、しかし自らとった獲物をあちこちに売り込んでいた。そのため当然敬語も使っていたので、フェイの推測もあながち的外れではない。


「狩りを教えてもらったって言ってたでしょ? 父は狩人だったわ。あんまりにたくさん狩ることができるから、近隣の村まで売りに行ってたりもしたけどね」

「それかの」

「それね。さて、話がずれたからもどすわよ。一人称、私が駄目ならあたしとかは?」

「あ、あたし? なんじゃそれは。ますます嫌じゃ」


 話を戻されるのも困るが、それ以上に予想外な提案にフェイは目をむいて拒否した。リナはだろうなと思いながら畳みかけるように笑みを浮かべながら続ける。


「じゃあ私?」

「その2択なら……いや、そもそもわし、駄目かの? ほれ、『た』が抜けとるだけじゃし」


 勢いで2択にして選ばせようとしたのだが、うまくいかなかった。フェイはさらに抵抗してきたのでリナは唇を尖らせる。


「駄目駄目、全然駄目。可愛くないもの」

「可愛くて、一人称に可愛さを求められてものぅ」


 そもそも『私』って可愛いのか。と胡乱な目を向けてくるフェイに、リナはそうじゃないとオーバーリアクションに肩をすくめる。


「あのね、私を使うほうが、フェイが可愛いのよ」

「いや、別に可愛くなくてもよい」

「なんでよ。フェイだって可愛いのは好きでしょ?」


 テンションがあがってきたのか意気込んで顔をよせて尋ねられ、フェイは若干うんざりしながら答える。


「わし自身はいいのじゃ」

「だからなんで?」

「じゃって、わしが可愛くてもわしには見えんからの」

「………んん? よく意味がわからないんだけど」


 フェイの答えに、しかしリナは意味が分からずに迫るのをやめて首を傾げる。自分のことなのに自分に見えないとはどういうことか。


「じゃから、リナが可愛い格好したり、可愛いことしたらわしにはよく見える。じゃが、わしが何をしてもわしの視界には入らんじゃろ?」

「それは当たり前だけど……」


 自分自身の姿が見えないのは普通だ。鏡を見る時しか見えない。

 なるほど、それなら確かに可愛いものが好きだと言う嗜好と、自分は可愛くしなくてもいいという考えは矛盾しない。だがあまりにも幼稚な考え方だ。


「それって、物凄く自己中心的な考えだってわかってる?」

「ん? 何故じゃ?」

「つまりフェイは自分さえ可愛いものが見れれば、他の人は見れなくてもいいってことでしょ?」

「は? そうは言っておらんぞ?」

「いや、今私たち二人でしょ?」

「うむ」

「で、私だけが可愛いカッコするとするでしょ? そしたら私には可愛いのは見えなくて、フェイだけが見れるじゃない。フェイも可愛くしないと平等じゃないわ」

「!?」


 自分で自分を可愛いと言うのは抵抗があったが、恥を捨ててフェイ理論での説得を試みた効果はあった。少なくともフェイはずがんと雷に打たれたかのようにショッキングな顔をしている。さっきの変顔より笑えた。

 と言うかフェイ理論でいくと、お洒落を全否定だ。基本的に身綺麗にするのは見てる他の人間に対してのもので、その結果自分へかえってくるものだ。


「そ、そのようなこと、考えたこともなかったのじゃ。確かに、わし、自己中じゃ。リナ、すまなかった」

「そんな本気で謝らなくてもいいけど」


 フェイは別に見ていて嫌になるほど見栄えを構っていないわけではない。簡素な格好だが、魔法で常に綺麗なので好感を与える。だがあくまで男の子ならだ。女の子としてはあまりに洒落っ気がない。

 リナとしてはせめて二人の時くらいとの思いなので、それほどフェイを大改造したいわけではないし、今までの格好を責めることでもないのだが、リナの想定以上にフェイはショックを受けていた。


 フェイは対人経験が薄いが、自分ではきちんとできているつもりだったので、自己中と言われたショックは大きい。まして相手がリナなのだ。


「リナの言うように、2人の時は多少は女らしくするよう、努力しよう」

「ほんとに? 嬉しいけど、その、そこまで無理しなくてもいいからね?」


 真剣な面持ちのフェイに、リナは先ほどまでとは逆に及び腰になりながら言った。










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