第56話 人工精霊2

「では、では、お、二人、は、休憩、して、いて、ください。腕、に、より、を、かけて、ご馳走、を、作り、ます」

「いやいや、お主に料理機能ないじゃろ」

「やる、気、だけ、は、あります」

「ジン、はしゃぎすぎじゃ」

「だって、仕方ない、もん。一人、で、寂し、かった、ん、だ、もん」

「かわいこぶるでない。と言うか基本的にスリープ中は止まっておるじゃろ」

「起き、て、すぐ、時間、が、経過、した、こと、把握、しました。なので、寂し、がっ、て、みま、した」

「やらんでよい」


 片言ではあるがフェイとジンの会話は普通に人間同士が話しているように、エメリナには感じられた。確かに家が話すとは聞いていたが、もっと冷たいものだと思っていた。こんなにも会話をするとは予想外だ。


「騒がせてすまんの。こやつは基本的に大したことはできんから、気にしないでくれ」


 ジンにできることは少ない。この家の維持のため、地場から自然魔力を吸い上げて魔物除けなどの魔法

を常に行使している。その機能が大きいため、他にジンにできることは灯りと家の施錠のオンオフくらいだ。

 会話ができるので、目覚ましや火にかけた鍋を見ていてふきこぼれを教えてくれる、と言う声だけですむことならできるが。基本的に口だけと思って問題ない。


「そ、そうなの?」

「フェイ、訂正、を、求め、ます。私、の、頭脳、には、世界、の、理、が、つめられ、て、います。世界一、役立つ、精霊、です」

「役立たんとは言っておらん」

「フェイ、に、褒め、られ、ました。わ、あ、い」

「えっと、可愛い子ね」

「明るい性格なのは認めるが、100歳以上じゃし、可愛い『子』とは言えんじゃろ」

「ひゃくっ!?」

「うむ。そうでなければ、これほど人格ができたりせんよ」


 人工精霊はあくまで人工的につくられた存在で、生き物ではない。学習により会話を覚えていく。ジンのように場合によってふざけたり冗談を言えるような、人間のような会話は、長時間に渡る様々な人とのやりとりを学習し蓄積した結果だ。


「私、は、若い、です」

「精霊にしては、の。もうよいじゃろ。エメリナ、荷物はそこに置いてくれ。わしは風呂をわかしてくる」


 エメリナには驚くばかりだが、フェイにはジンの存在は当たり前のものに過ぎない。フェイはジンとの会話を切り上げ、部屋の奥へと向かった。

 ここまでの移動では当然お風呂には入れなかったので、すぐにでも入浴しようと決めていたし、エメリナにも話していた。


「わかったわ」

「全く、フェイ、は、相変わらず、連れ、ません。エメリナ、ちゃん、遊び、ましょ」


 振り向きながら指示されて頷くエメリナに、ジンは構わず話しかける。ジンは基本的に家の中と庭まではどこにいても話しかけられるが、うざがられているフェイよりは面白そうなエメリナを選んだ。


「い、いいけど。えっと、どこに話しかければいい?」


 荷物をフェイに指し示されたダイニングテーブルに置き、その前の椅子の一つに座りながら、エメリナは視線をせわしなく動かしながら尋ねる。


「どこ、でも。落ち着、か、ない、なら、こちら、へ」


 エメリナの前にぽわんと、小さな光が浮き上がる。照明の一つだ。ジンには物を動かすことはできないので、照明である光の玉は唯一動かせるものた。


「わ、わかったわ。あの、聞いてもいいかしら」

「はい、なんなり、と。フェイ、の、スリーサイズ、です、か?」

「いや」


 知ってるから、と答えようとした口をエメリナは自分でふさぐ。ごく普通に下着を買うときに知っただけだが、この人工精霊に言うと話がずれていきそうだ。

 抑えた右手を下ろしてにっこり笑ってエメリナはごまかす。


「フェイのこととか、お爺さんとか、この家のことを教えてもらおうかと」

「ふむ、構、い、ません、が、条件、が、あり、ます」

「え、何かしら?」

「あなた、と、出会っ、て、から、の、フェイ、の、こと、を、教え、て、ください」

「もちろん、いいわよ」

「エメリナー! お風呂をわかしたが、一緒に入らんかー?」


 奥の部屋からフェイの声がした。ここには地図もあるのでここで改めてルートを決めるつもりで、元々一泊以上は滞在する予定だ。とりあえずいつ出発するかも決めていない。

 だから焦ることもないが、フェイがいてはジンも話しにくいこともあるだろう。ここはジンとの会話を優先することにした。


「後でいいわー!」

「わかった! 好きにくつろいでくれ! わからんことはジンに聞いてくれ!」


 そう言ってからぱたんとドアが閉まる音がエメリナのところまで聞こえた。


「ただいま、入浴、の、ため、脱い、で、います。覗、き、ます、か?」

「覗かないから」

「冗談、です。話、の、前、に、お茶、でも、入れ、て、ください。こっち、です」

「あ、はいはい」


 光の玉に誘導され、エメリナはキッチンへと移動した。









「ふー、あがったぞー。エメリナはどうじゃ?」

「あ、寝る前にいただくから、今はいいわ。それより夕食つくったわよ」

「おー! いい匂いがすると思ったのじゃ!」


 ジンとの話がてら、せっかくなので夕食をつくった。キッチンでの機能が通常と異なり、全て触れるだけで機能する魔法具だったので楽しくなったのだ。

 家の機能で使用する程度の魔力はジンが確保しているので、魔力行使のできないエメリナでも使用可能だ。


 ジンに言われるまま倉庫からだしてきた食料はいずれも新鮮さを保っていて、パンも焼きたてとはいかないが朝焼いて夜に食べるくらいの柔らかさだ。

 エメリナはまた魔法だろうと気にすることなく納得したが、実際その通りだ。倉庫内では食料が腐食しないよう、時間の流れが遅くなっている。


 風呂からあがって戻ってきたフェイは、目を輝かせながら近寄り、席に着いた。


「すまんのぅ。客人にさせてしまって」

「気にしないで。仲間なんだから、客とか関係ないわ」


 フェイの家族が住んでいるならともかく、少なくとも二人きりなのだから客だなんて気にする必要はない。人工精霊はお話ができるだけで、生き物ではないというフェイの言葉に基づいてノーカウントだ。


「さすがエメリナじゃ」

「よかった、です、ね、フェイ。いい、カモ、もとい、いい、パートナー、が、見つ、かっ、て」

「やめんか。相変わらず、口が悪いの」

「では、保護者?」

「む……いや、いや! 適材適所というやつじゃ」

「エメリナ、フェイ、を、よろしく、お願い、します」

「ええ、任せて」

「ぬ?」


 ジンの言葉にさらりと返すエメリナに、フェイは首を傾げ、すぐに納得する。入浴中、ジンからのちょっかいがなかったので少し不思議に思ったが、エメリナと会話していたのだろう。

 家中の様子を全て把握できるジンなので、同時に2人から話をきくことはできるが、発音は同時にはできない。なので会話は1人としかできない。


 ジンはとてもお喋りだ。フェイもお喋りが嫌いではないが、集中したりゆっくりしたい時もある。ブライアンがいた頃には、2人で魔法の講義をしている時もだが、本を読むのに集中している時も、なんとなく考え事をしている時も、2人してジンを無視することはすくなくなかった。

 別にジンを蔑ろにしている訳ではないが、2人とも考え出したり夢中になると、返事をするのを忘れてしまうのだ。そんな時はジンは音楽をならす。ジンの歌声、ではなく過去に聞いた音楽を再生している。

 お喋りというより、常に音を発して存在をアピールしているとも言えるが、とにかくそんなジンなので、フェイに話しかけなかったと言うことはエメリナと話をしていたのだろうとはすぐに想像がついた。


「さ、冷めない内に食べて」

「うむ」


 祈りを済ませ、エメリナと向かい合って夕食を開始する。客人が来ることを考慮していなかったので、席は二つしかなく、必然的にエメリナはブライアンのものだった席に座っている。

 なんとなく、それはフェイにとってむず痒いような、恥ずかしいような気持ちにさせた。


「うん、まぁまぁね。ねぇジン、あなたご飯は食べないってことだけど、何をエネルギー源にしてるの? 木の蜜とか?」

「エメリナ、私、は、昆虫、では、ありません」

「でも、精霊なのよね?」

「精霊、の、エネルギー源、は、魔力、です」

「そうなの。なんとなく、こう、花とか舐めてるイメージがあったわ」

「花びら、に、つ、いた、朝露、は、大気中、の、魔力、が、多分、に、含ま、れて、います。木、では、ありません。ぷん、ぷん」

「あぁ、なるほど。蜜だと思ってたわ。なら木ではないのね」

「木、も、種類、に、より、ます、が。ですが、昆虫、扱い、は、ノー、です」

「ごめんごめん」


 ジンと仲良さげに談笑するエメリナ。実によいことだ。ジンは生きていないが、ずっと一緒で、フェイが生まれた時には個性が形成されていて、フェイにとっては当たり前のように家族である。幼い頃は生物だと信じていたこともある。大切な存在だ。

 そしてもちろんエメリナは唯一無二の親友で仲間で、最初からいた家族とは違い自力で手に入れた初めての人で、大切な存在だ。

 甘えもありついジンにはそっけなくしがちだが、どちらが上とかなくどちらも大切だ。その2人が仲良くしているのはいいことなのだが、なんだか、ちょっと疎外感を感じるフェイだった。


「その魔力は大地から吸っているのよね。それだけで十分なの?」

「はい。この、場所、は、自然魔力、が、濃い、ので。十分、です」

「へぇ、フェイから自然全てに魔力があるとは聞いてるけど、場所によってそんなに違うの?」

「はい。例え、る、なら、海、と、湖、くらい、違、い、ます」

「えーっと、ごめん。海見たことないからわかんない」

「おや、そう言えば、世間、では、魔法使い、は、絶滅危惧種、でした、ね」

「その言い方はともかく……まぁ、そうね」


 エメリナとは街でたくさん人がいたので、一緒にいてもフェイ以外と話すなんて珍しくもないし今までは問題なかった。しかし相手がジンだと何とも言えない感情が浮かんでくる。

 フェイはどちらに対しても嫉妬するという器用なことをしながら、黙って会話を聞いていた。










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