フェイの家

第55話 人工精霊

 アルケイド街を出発した。赤獅子が見送りに来たりとやや想定より騒がしかったが、問題なく旅立った。

 とりあえずの行き先はフェイの実家だ。その次はベルカ領だが、その間の行程は長い。具体的にどのルートを通るか、そもそも行ってどうするか、何も決まっていない。

 とりあえず良いところがあったら住んで、見つかるまでは旅をすると言うだけだ。全く向こう見ずにもほどがあるが、旅立ちが決まったのも急な話なので仕方ないだろう。


「ねー、フェイ。フェイってさ、どうしてこんな人里離れたところで暮らしてたの?」


 歩くこと1日半。ここからさらに森に入っていき森の向こうの山を越え、さらに山向こう。その行程約1ヶ月。

 聞いていたとは言え、さすがに遠い。魔物除けのおかげで気は楽で、かつ身体強化で体力的にも問題ないが疑問には思う。そもそもどうやってそんなところで生活ができるのか。自給自足にもほどがある。


「うむ、よくわからぬ」

「……そうなの? 疑問に思わなかったの?」

「思ったし、聞いたこともあるが、答えてはくれんかった。事故があって、家族とは会えんことになり、お爺様と暮らすことになったとは聞いておる」


 二人暮らしとは聞いていたので何となく、フェイの両親は亡くなっているのだろうとエメリナは思っていた。あえて聞くことはなかったが、良い機会だ。

 事故がどういうものかわからない。もし簡単に会えなくなっただけでよそで生きているなら、探しに行くことを旅の目的にくわえてもいい。


「そう……ご両親とか、その、事故で亡くなったの?」

「そうじゃろうな。どんな事故なのか、よくわからんが、お爺様が物凄く申し訳なさそうな顔をするから、それから聞けておらんのじゃ」

「そう。言いにくいことを聞いてごめんね」


 フェイの話しぶりで十中八九そうだろうとは思ったが、今までにも割と会話のすれ違いがあったので確認したが、さすがに今回の内容では間違いがなかったようだ。

 口にさせて申し訳なくて謝罪したが、フェイはあっけらかんとしている。


「構わんよ。わしの家庭環境が特殊なのは自覚しておるし、気になるのも当然じゃ。わしも、エメリナのことは気になるからの」


 フェイにとって両親のことは殆ど何も覚えていない。確かに昔、記憶を遡ると実家ではないどこかにいた記憶はある。お爺様ではない誰かに抱き上げられたり、声をかけられた記憶はある。実家ではかいだことのないはずの、いい匂いの記憶がある。

 しかし抱き上げられてくれたり話しかけてくれたのが誰で、どんな顔だったのか、どんな声だったのか覚えていない。どこか別の場所の気がするが、曖昧で形にならない。いい匂いが何の匂いか全くわからないし、本当に事故の前か、そもそも本当にかいだことがあるのかすら不明だ。

 事故に合ったのはフェイが3歳になる前のことなので、明確な記憶がないのも無理はない。


 そんな状態なので、フェイにとって父母が亡くなっていると言葉にしてもその自覚はない。


「私? 私は、その、ごく普通の田舎の村出よ」

「どんなじゃ?」

「どんなって言われても………田畑があって、小さな小売店があって、うーん……ありふれた村ね。宿屋もないわ」

「エメリナの家族は?」

「……私の母は幼い頃になくなって、父と二人暮らしだったわ。父は狩人で、それに付き合っていたわ。父が再婚して、母と妹ができたけど、私はすぐにこっちで冒険者してるから家族って感じではないわね」

「そうか。そう言えば前に、寝言で父を呼んでおったぞ」

「えっ」


 エメリナはかっと頬を赤く染めて、だが別にフェイが無遠慮に寝室に来たわけではなく、単純にエメリナが油断しまくりで野宿中に言っていたのだろう。それを咎めることはできず、かといってあまりに恥ずかしい。


「べ、別に、そんなんじゃないわよ?」

「ん? どういうことじゃ? 仲がよいのはよいことじゃと思ったんじゃが、そうでもないのか? 悪いことを聞いてしまったか?」

「いや、そう言うんじゃないけど。……なんでもない」


 親離れができていないファザコンのようでとても恥ずかしかったエメリナだが、フェイが何も感じていない以上、墓穴を掘るだけだ。

 実際、エメリナは幼い頃は二人きりだったのもあり、父にべったりのファザコンだった。村を飛び出したのも、父の再婚がきっかけだ。大きな要素は義理の家族とうまがあわないことだが、父との関係が変化して自分だけの味方でなくなったのが嫌だったと言うのも小さくはない。


「とにかく、私の家族のことはいいじゃない。もっと他の話をしましょう」

「かまわんが、そう改まって言われてものう」

「えっと、じゃあ、フェイの好きなタイプは?」

「ん? 好きなタイプか。うーむ」


 話題に困って、以前のパーティーメンバーが恋バナ好きだったせいでつい振ってしまったが、フェイにこの話は難しかっただろうか。

 フェイは右手の人差し指を曲げて顎先にあてて少しうなってから答えた


「風属性が使い勝手がよいから多用するが、やはり派手な火属性が好きかのぅ」

「………ぁん? えっと、好きなタイプね。はいはい、そうね、私の聞き方が悪かったわね」


 確かに、何のタイプかは言っていない。当たり前のように略したが、考えれば好きな動物や食べ物のタイプとか、この言い方だけならそういう風に受け取れなくもない。

 ましてフェイは恋バナをしたこともないだろうに、急に目的語なくふられてその発想が出てこないのも仕方ないだろう。少し残念に思いつつもエメリナは話題をさらに変えることにした。


「む? 何か違ったか? タイプと言えば魔法属性かと思ったのじゃが」

「ごめんね、わかりにくくて。好きな食べ物について知りたかったの」

「おお、そうか。しかしそれは難しいのう」

「魔法属性より?」


 先ほどよりも決めかねて言いよどむフェイに、エメリナはからかう気持ちで尋ねたが、大真面目にフェイは頷いた。


「うむ。魔法属性は大ざっぱな分類じゃ。しかし、食べ物はそれこそ星の数ほどある。しかもどれも美味しい」


 途中から笑顔になるフェイに、エメリナは呆れ半分微笑ましさ半分で苦笑する。


「フェイって食いしん坊よね。昔からなの?」

「美味しいものは好きじゃが、そもそもお爺様の料理のテキトーなものしかなかったし、それが普通じゃったからな。ぶっちゃけ、食べ物とはこんなにも美味なものじゃったかと感激する日々じゃ」

「オーバーねぇ」

「特に、甘いものは少ないからの。幼い頃は花の蜜を吸いまくっておった」

「あー、それはわかる。私も山の中でちょっとお腹減ったら舐めてた。なんか癖になるのよね」

「最近はしておらんがな」

「そりゃ、売り物のお菓子の方がずっと美味しいもの」


 何だかんだ田舎育ち山慣れしたエメリナと、フェイの子供時代は割合に似たところもあり、または全く違うところもあり、話は弾んだ。









「ついた。エメリナ、手をかしてくれ」

「ん? どうしたの?」


 この山だと言われて気合いを入れ直して歩くこと4時間。フェイはふいに振り向いて手を差し出してきた。

 しかし行き先は目を凝らしても、まだまだ木しか見えない。首を傾げるエメリナに、フェイは右手をひらひらして催促してくる。


「手、手」

「あ、はい」


手をかしてくれって、引っ張るとかじゃなくてそのままの意味かと思いながら、エメリナは素直に左手を置いた。そしてフェイがその手をぎゅっと掴むと、景色がかわった。


「え?」


 数本向こうの木々より先にあった、鬱蒼と生い茂る木々がなくなっていた。それどころか、まだまだ上へ続くだろう坂道もなく平らでひらけた場所があった。


「知らぬ者が入ってこれぬよう、目くらましの魔法がかけてあるんじゃ」


 手を引かれて歩みを再開させながら、エメリナはきょろきょろと周りを見渡す。


「えー、すごい。でもこれ、見えないだけで、ここを越えたら足元の角度も違うし、人によっては気づくんじゃない?」

「いや、わしと一緒だから来れているが、基本的に人間は何となく近寄れないようになっておる」

「そうなの? あ、魔物除けの人間バージョンみたいなもの?」

「そうじゃよ」


 木々をぬけてフェイの家に入った。そこで手が離されたが、一度入れば問題ないのか家が見えたままだ。

 ごく普通の、山の中にあっても違和感のない木製の一軒家だ。周りの地面は畑をしていた名残でぼこぼこしていたが、今は何もなくただ茶色い土があるだけだ。

 真ん中の平らな部分を進むフェイに続く。何となくおっかなびっくりしたエメリナに構わず、フェイは気楽にドアを開けた。


「ただいま」

「おかえりなさい、フェイ」

「えっ!?」


 鍵をかけていないのか、と驚きを尋ねるより先に、聞こえた声にエメリナは思わず声をあげながら、家の中を覗きこむ。

 天井近くにある球体が光っていて室内は明るくよく見えるが、しかし誰もいない。


「親友のエメリナじゃ。これから旅をする仲間で、少し寄ったんじゃ」

「登録しました。フェイ、にも、人間、の、友達、が、できた、のですね。妄想、の、友達、から、の、卒業、おめでとうございます」

「大きなお世話じゃ」

「エメリナ、様。あなた、の、訪問、を、歓迎、します」


 中性的な、そもそも生物っぽくないかくかくした話し方ではあるが、フェイと会話をしていて個性があるように感じる。


「あ、ありがとうございます? えっと、フェイ? まさかとは思うけど、彼女? いや、彼が?」

「説明しておったじゃろ? この家付の人工精霊じゃ」

「初めまして、世界一、可愛く、て、賢い、精霊、ジン、と、申します。以後、よしなに」

「よ、よろしくお願いします」

「余計な修飾語をつけるでない。恥ずかしいのぅ。エメリナも敬語を使って格式張る必要はないぞ」

「フェイ、の、言う通り、です。敬語、は、不要、です。どうぞ、気軽、に、ジン、と、お、呼び、ください」

「は、はぁ」


 どこを見て話せばいいのかもわからず、エメリナには曖昧に頷くしかできなかった。









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