第54話 さよなら2

「ああ、そうじゃ。アリシア」

「なにさ」


 自分から着いてきたがった癖に、アリシアは何故だか挙手をした時からずっと仏頂面だ。

 アリシアたちは冒険者だし、外に出ている以上魔物との遭遇は避けられない。しかし対無生物の依頼ばかり受けてるのだから、自分から魔物に敵対したことはないだろう。

 経験の無さから緊張しているのだろうと察したフェイは、アリシアに身体強化の魔法をかけてやることにした。正直に言うとアリシアは小柄で弱そうだし、最後だから少しくらいいいだろうと言うのもある。


「手を出してくれ」

「え、な、なんで?」

「強化魔法をかけてやろう」

「あ、ああ。そう。じゃあ」


 久しぶりだからか、アリシアはどこか戸惑うようにおどおどしながら、差し出したフェイの右手の平にそっと右手の指先だけをのせた。

 それを軽く握って、フェイは身体強化の魔法をかけて手を離した。


「どうじゃ? 動きにくくなっても困るから、軽めにしたが」

「うん、よくわからないけど、ありがと」


 アリシアは右手をぐーぱーしてその感触に首を傾げてから、はにかんでフェイにお礼を言った。どうやら緊張はほぐれたようだ。


「ん? なんかしてたか? なんだ? 強化って聞こえたぞ?」

「お主には関係ないじゃろ。しっしっ


 前を歩いて獲物を探していたセドリックが、目ざとく振り向いて尋ねてきたが、セドリックに話してやるつもりはないので手を振って前を向かせる。


「んだよー」

「おいっ、セドリック、あれ、猛烈牛じゃね?」

「お、そうそう。そうだ。静かにな。おい、フェイ! 風刃の出番だぞ!」

「声が大きいんじゃ、阿呆」


 猛烈牛はフェイ達から前方右側100メートルほどのところにいた。全6頭の群れだ。

 ここから風刃をしろとは、セドリックもむちゃを言う。できなくはないが、距離が遠い分気づいて逃げ出されそうだし、そうするとここら一帯の草を刈ることになる。


「もっと近づかんとな。お主ら、反対側から回って猛烈牛がこっちへ逃げてくるようにせよ。わしとアリシアが待ち構えて倒す」

「わかった。行くぞ、エリック」

「ああ、アリシアもそれでいいな?」

「うん。大丈夫」

「わかった。フェイ、アリシアを頼む」

「任せよ」


 2人は群れに近づきすぎないように大回りするため、走り出した。


「アリシア、わしの強化は覚えておるな? 全身にしたから、猛烈牛の体当たりくらいは無傷でとめられるから、逃げようとするやつがいたらとめるんじゃ」

「えっ、待ち構えるって、そう言うこと!? そんな、強化とか言われても。どんなくらいかわかんないのに」

「大丈夫じゃ。わしを信じよ」

「………うん、わかった」


 またまた緊張しだしたようで固く口を一文字に結んでから、アリシアは神妙に頷いた。さすがのアリシアも今日は素直だ。

 これなら問題もないだろう。戦力としてなら正直、フェイとセドリックだけでも十分だが、群れを相手にするなら人数はいればいるだけ気持ちが楽だ。慌てなくても見逃して取り逃がす心配がない。


「こっちじゃ。もう少し近づいておこう」

「うん」


 猛烈牛から気づかれない程度に少し前に進んでから、アリシアはそこに残してフェイは右側へと向かう。


 ンモーー!


 猛烈牛達が騒ぎ出したが、フェイたちのところへ走ってこない。これは失敗して、猛烈牛との戦闘になったなと判断したフェイは走ってアリシアの元に戻る。


「アリシア、猛烈牛のところまで走るぞ」

「わっ」


 言うが早いかその手を引いて走り出す。ようやく強化した感覚に気づいたようで慌てたアリシアだが、すぐに声をあげるのはやめてついてきた。


「アリシアは左に!」


 手を離して指示を出すとアリシアはこくりと頷くと左側に向かって走り出し、猛烈牛に向かって武器を構える2人とは反対側でフェイと平行の位置で足をとめる。

 それを横目で見つつフェイも移動し、三角形で猛烈牛を囲む形になった。


「魔法を使うから、逃げられぬようにな」


 魔法で三人に指示をとばしてから、返事を待たずにフェイは右手を前にかざして魔法陣を展開する。


「風刃!」


 まずは手前の二匹に向かい風刃を放つ。魔法を感じ取ったのかフェイに気づいた猛烈牛が振り向くが、逃げ出すより早くフェイの風刃が二匹の足を切り落とす。


 ブォッ!


 牛たちが騒ぎ出し、方々へ走り出す。まずは強化をかけていなくて慣れていないエリックだ。エリックの方向へ逃げ出す牛を風刃で仕留める。

 セドリックとアリシアが一匹ずつ前に回っている分は大丈夫なので、先に誰もいない方へ逃げる牛を仕留める。


「くっ」


 次に、牛の体当たりをくらって吹っ飛ばされた情けないセドリックだ。セドリックの上を通り抜けようとする猛烈牛も、同じく風刃で足を吹き飛ばす。


「んぎゃっ!?」


 セドリックが押しつぶされたが些細なことだ。最後にアリシアだ。アリシアは牛の角を掴んで押し合う体勢で膠着状態となっている。


「アリシア!」


 アリシアの牛の足も切り落とし、これで全部だ。やれやれとフェイは汗を拭う動作をしながら、最後まで頑張ったアリシアに近寄る。


「アリシア、最後になってすまんの。じゃが、大丈夫じゃったじゃろ?」

「う、うん。怖かったけど、猛烈牛、思ったよりは強くなかった」

「わしの強化魔法じゃ!」

「……うん、すごいね」


 どや顔をするフェイに、アリシアは仕方ないなとでも言うような珍しく年上らしい微笑みを浮かべて頷いたが、どや顔に忙しいフェイはその些細なことには気づかない。


「では、解体じゃな。わしは一休みするから後はお主らでしてくれ」

「えっ? ちょっ、フェイ、なにサボる気でいるんだよ!? ズルっ!」

「ずるくはない。わしは攻撃メインでやったじゃろ。特にお主には強化しておるんじゃ。セドリックを見てみよ。嬉々として働いておる」


 言いながらフェイが指さすのでアリシアが見ると、確かにエリックの手を借りて猛烈牛の下から出たセドリックは妙な奇声をあげながらも満面の笑顔で、四肢がなくなって地面にころがりうごめくしかできない猛烈牛にとどめをさしている。


「あの人のことなんか知らないもん」

「なら、わしだってお主のことなんか知らんもん」

「もー! いいよ! ばーか!」


 フェイはセドリックらはもちろん、エメリナともいつも解体はしない。魔法で担当しているし、それ以外ならやるからと自然と役割分担で見逃してもらっている。

 なのでアリシアがなんと言おうと、できないのだから仕方ない。やる気がないのでやり方を全く覚えていない。


 肩をいからせながらも、ごく普通の冒険者らしく小さな魔物なら普通に解体経験のあるアリシアは、ナイフを取り出して解体にとりかかった。









 そして猛烈牛の処理を終え、赤尻豚を探して5匹を倒した。まだ時間があったので、もう一群れの猛烈牛を探して倒した。


 夕暮れ前に切り上げて帰り、教会に報告した。当然だが51ランクまではまだまだ遠い。フェイはカードを複雑な目で見てから、懐に片付けた。


「では、これにて失礼しよう。元気でな」

「っ、フェイ!」

「? どうした? アリシア。ああ、強化ならさっき切ったぞ」

「それは知ってる。そうじゃなくて…………まぁ、なんだ。元気でね、コーハイ」

「うむ。先輩もな。エリックも、ついでにセドリックも。あとの者にもよしなに伝えてくれ」


 三人と別れてから、フェイは少しだけ後悔して、小さく嘆息した。

 こんなに早くこの街を旅立つとは思っていなかったのもあるが、友人を作るために街に来たわけでもないから、一人エメリナを友人としてから積極的に友人作りをしなかった。

 フェイの中の友人の定義として、仕事関係なく関わった相手となる。なのでアリシアやセドリックたちはその範疇ではない。依頼後の食事は仕事の延長としてグレーなので、あくまでフェイにとって友達はエメリナだけだった。


 だけど、アリシアの態度を見るに、アリシアなら誘えば簡単に休日に応えてくれて、友人になれたかも知れなかった。そう思うと少し残念だ。


「いや……よしあしじゃな」


 フェイは頭を振って自分の考えを否定した。

 イフのことを考えても意味はない。まして、友人になれたとしてもアリシアはこの街出身で根を張っている。連れていけるわけもなく、ここでさよならをするのは変わりがない。

 ならこれで良かったのだ。成り行きで友人になるぶんにはどんどんなりたいが、意図的になるほどアリシアに興味があったわけではない。


 それを考えると、やはりエメリナと出会えたのは幸運だ。

 出会った瞬間、エメリナは仕事中だったがフェイはそうではなく、またエメリナの仕事内容としてフェイを助ける必要はなかった。そしてフェイから仕事に関係なく食事に誘い、エメリナが応えてくれた。

 だからこそフェイにとってエメリナは間違いなく、気持ちだけでなくフェイの中の定義にも沿って正しく友人だ。


 フェイの目に狂いはなく、エメリナは頼りになり、優しく、フェイを受け入れてくれた。少しばかり頼っている気はするが、それはこれから頑張っていけばいいことだ。

 エメリナに秘密を共有する、真の友となれた喜びを改めて胸にてかみしめ、フェイは少しばかりの感傷を振り切って宿へ帰った。


「あら、おかえり、フェイ」

「ただいまっ」









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