第53話 さよなら

「えー、拠点移しちゃうんですか?」

「移すと言うか、まだ先が決まってないからただの旅ね」

「そうですか。では。えー、旅立っちゃうんですか?」

「言い直さなくてもいいわよ」


 先払いした今週いっぱいで旅立つことを話すと、カルメは大仰に驚いて肩を落とした。


「これから、ドラゴンキラーが泊まる宿として箔をつけようと思ってたのに。残念です」

「殺しておらんぞ」

「というか、泊まってた宿でもいいでしょ」

「むむっ……それもそうですね。むしろ初心者からドラゴンキラーに到るまでの宿の方が貴重ですよねっ」

「いやー、まぁ、そうなんじゃない?」


 商売の臭いに瞳を輝かせるカルメにやや引きながら、エメリナは曖昧な相槌をうって誤魔化す。


「カルメ、最後にお願いがあるのじゃが、よいか?」

「何でしょう、フェイさん? 耳と尻尾以外でしたら何なりと」

「耳を触らせてくれんか?」

「人の話は聞きましょうね」

「聞いておるが、一度言い出した以上言った方がよかろう。というか、カルメもわしが言うことをわかっておったのじゃろ?」

「わかってたから言ったんです」


 呆れた様子のカルメに、フェイはやはり意志疎通は難しいなぁと首を傾げた。

 フェイが言うことがわかっていたからカルメが牽制した、と言うことをわかっていたから言いかけたついでにフェイは言った。と言うことをカルメはわかっていて言ったのか。と考えると、少し意味がわからなくなってきたので、フェイは考えるのをやめた。


「まぁでも、フェイさんもですが、エメリナさんほど長くいてくださった方も珍しいですから。お得意様への最後のサービスとして、いいことを教えてあげます」

「おお、なんじゃ?」

「基本的に大人の耳はいけませんが、子供の耳なら触っても許されます」


 普通に頭を撫でて触れるなら問題ない。そもそもベルカ人でなくても成人していて他人に頭を触らせるのは普通ではないのだから、フェイのお願いがどれだけ非常識か伺える。しかし実際に、フェイのような反応をするのは特に子供では珍しくない。

 なのでカルメはフェイにも怒るではなく、希望を叶える方向でアドバイスをあげることにした。


「と言うことで、ベルカ人が沢山いるベルカ領へ行けば一人二人くらい耳が触れますよ」


 これが不細工で怪しい猫耳性愛者ならばもちろんこんなことは言わないが、相手はフェイで、かつ普通なら誰でも知ってることだ。けしかけても問題ないだろう。


「おおっ! そうか、では次の目的地はベルカ領じゃな!」

「いや、確かに目的地は決まってなかったけども。そう言うので決める?」

「いかんか?」

「うーん………まぁ、ちょっと遠いけどフェイの家とも方角は同じだし、いいけど」

「なら決まりじゃな!」


 ベルカ領のだいたいの位置はエメリナの頭の中にもある。ベルカ領はアルケイド街より東南の方向にある。フェイの家は東北東だ。

 地理的にはフェイの家の方がずっと近いので、大きな地図で見れば進行方向は同じと言える。さすがにアルケイド街を挟んで反対側だと面倒だが、どうせ同じ方向ならいずれ寄っていたかも知れない。それなら目的地の一つとしても同じだ。


「では出発は明後日ですね。あーあ、寂しくなります。代わりに何人かお客さん連れてきてくれません?」

「なんでよ」









「なに? お前らこの街を出るのか?」

「うむ。そうじゃ」


 一応世話になったので赤獅子団には伝えておこうと独りで教会へ行くと、教会前でちょうどセドリックがやってきたので説明した。


「へー、ん? てか、わしらとか言った? エメリナも? 固定パーティーくんだのか?」

「うむ。くんだ。一緒じゃ」

「かーっ、まじか! 二人っきりの固定パーティーとかまじか! くそっ」

「何を急にテンションあげとるんじゃ」


 自分の膝を叩いてオーバーリアクションで地団駄を踏むような動きをするセドリックにひきつつも、呆れ顔で問いかけるとふざけ半分ながらに半眼で睨まれた。


「羨ましいんだよ! あーあ、お前の年で恋人とか、羨ましい通り越して憎いんだけど」

「は? 何を言っておる。エメリナは恋人ではなく、パーティーメンバーじゃぞ?」

「似たようなもんだろーが」

「それならお主とジュニアスたちも恋人みたいなものなのか? 気持ち悪いの」

「気持ち悪いこと言うな!」

「お主が言ったんじゃろうが」

「そうじゃなくてよー。女ってのは警戒心強いんだよ。特に一人だとな。だから二人っきりの固定パーティーってのは相当心許してるってことなんだよ」

「うむ。わしらはただのパーティーメンバーではなく、親友じゃからな」


 今度は逆にセドリックがフェイに呆れたように、口をぽかんと馬鹿みたいにあけてから、頭をかいて一人納得して頷いた。


「……うん、まぁいいか。とりあえず、わかった。あいつらにも伝えておくから、とりあえず最後に依頼しようぜ!」

「うーむ、まぁ、よいか」


 いつも嫌々と言ってきたが、これが最後と思えば嫌悪感もない。フェイは気まぐれで頷いた。

 それには提案したセドリックが驚いて目を見開いたが、すぐににんまりと笑った。


「やっぱお前俺のこと好きだよな! な! 旅立っても寂しい時は俺のこと思い出してもいいぜ!」

「街を出た瞬間にお主のことは忘れるから安心せい」


 早まったかと思ったが後の祭り。了承した以上仕方ない。フェイは渋々セドリックと共に教会に入った。

 お約束のように騒がれたが、セドリックが持ち前のハイテンションでフェイが明後日に旅立つことを宣言したので、我こそは固定パーティーにという冒険者たちは諦めた。


「お主もたまには役立つの」

「お前はほんとに、照れ屋だなぁ!」

「……とりあえず、絶対に違うぞ」


 エメリナとは夕飯を共にする約束をしているので、あまり遅くまでやるつもりはない。セドリックと共にこなす依頼は近場で簡単な、赤尻豚と猛烈牛にした。


「おっ、フェイじゃないか」

「む? おお、エリックにアリシアではないか。久しいの」


 申請していると後ろから声をかけられ、振り向くとハンセン兄妹がいた。

 エリックとアリシアは基本的に採掘などなので、初期以降では共に依頼をすることもなく顔をあわせるのも二週間ぶりだった。


「フェイ、噂聞いたぞ。何でもドラゴン退治したんだって?」

「兄ちゃん、そんなのぜってー嘘だって。フェイがドラゴン退治なんてできるわけないじゃん」

「むっ。嘘ではない。見よ!」


 教会登録カードを提示する。そこにはドラゴンキラーの文字が、あるわけもないが、ランクは50と言う輝かしい数値を表示していた。


「うっわ、すっげぇ」

「えー! なにこれ!」

「ふふん、じゃろう」


 あの、ドラゴン退治だけで50は行き過ぎだとは思うが、50ランクに見劣らない実力はあるはずだと自負するフェイは、素直に賞賛を受け取って鼻を高くする。


「えー、フェイ、なんかずるしてない?」

「失礼な。しとらんわ」


 アリシアからジト目で疑われたので、負けじとジト目で睨み返す。少なくともズルをしたり虚偽を申請したわけではない。ありのままで50ランクの仕事をしたと見なされたのだ。その判断基準まではフェイの意志の及ぶところではない。


「前一回見かけたけど、あの女の子と一緒に退治したのか?」

「うむ。固定パーティーをくんでおる」

「そうなのか。ドラゴン退治したパーティーとか、それだけで凄いな」

「ふーん。でもでも、どーせフェイなんだから、ドラゴンったって、弱かったんじゃないの?」

「おい、アリシア。お前な、いくらなんでも僻みがひどいぞ」

「ゆがんでなんかないもん!」

「いや、僻み。えっと、羨ましいからってわざと悪く言ってるだろ?」

「そんなことないもん!」


 兄に叱られ涙目になってアリシアは否定してから、フェイのせいだとばかりに睨んできた。やれやれ。


「ああ、そうじゃ。あとな、わし、明日この街を出ることにしたんじゃ」

「えっ!?」

「そうなのか。どこに行くんだ?」


 余程予想外なのか目玉がこぼれそうなほど見開いて驚く妹とは対照的に、兄は微笑んで尋ねた。


「まだ決めておらんが、ベルカ領などあちこち回って、よいところがあれば定まるつもりじゃ」

「へぇ、いいな。俺らはこの街を出たことがないからな」

「フェ」

「おい、フェイ! いつまで話してんだ。依頼の後にしろよ」


 アリシアがフェイに話しかけようとしたが、手続きをすませてからしばらく待っていたセドリックがしびれを切らして割り込んできた。


「おっと、そうじゃった。すまんの。わしはこれからこの阿呆と依頼に行くんじゃ」

「ボクらも行く!」

「む? 構わんが、今日は赤尻豚と猛烈牛じゃぞ?」


 勢いよく手を挙げて力強く宣言するアリシアだが、とりあえずフェイはエリックに首を傾げて尋ねる。この二人なら主導権はエリックにあるからだ。


「うーん、まぁ、たまにはいいか。すまんな、いきなりで。えっと、あんたもいいか?」

「おう、フェイがいいならいいぜ。俺はセドリック・ノーランドだ」

「俺はエリック・ハンセン。こっちは妹のアリシアだ」


 この街最後の依頼は4人となり、登録し直して出発した。途中赤獅子団に会わなかったが、また縁があれば明日でも会うだろうし、いっかとフェイは諦めることにした。









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