第48話 ピクニック10

「くかかっ! さらばだ! 小さき人間どもよ!」


 ドラゴンは元気よく浮かび上がってからくるりと回転して、二人を振り向いてそう挨拶をした。


「うむ、さらばじゃ」

「まあ、別にもう呼ばなくてもいいけどなー」

「死ぬまでには呼ぶから安心せい」

「ちっ」

「舌打ちをするでない」

「人間に従う我ではないわ! くかかかかかっ!」


 ドラゴンは巨大な姿のまま飛び去っていった。それに騒ぎにならないかとエメリナは少し焦ったが、よく考えれば今から持ち帰れば、否が応でも騒ぎになるのだから構わないだろう。


「さて、とエメリナ」

「え、ええ、なに?」

「少しばかり疲れた。ピクニックは惜しいが、今日はもう帰るとするか」

「えっ」

「ん?」


 ピクニックだなんて、そんなことすっかり忘れていた。だが確かに、ピクニックに来ていたのだ。なんだかもはや遠い昔のことなようにすら感じられる。

 驚いたエメリナに対して、フェイはまさかすっかり忘れていて突然出てきたピクニックという言葉に驚いたとは思わず、その意図を掴みかねた。


「なんじゃ、エメリナはピクニックの続きがしたいのか? どうしてもと言うなら、そうするか?」

「い、いいえ、そうね。早く帰りましょうか」

「うむ。すまんの。そこまで疲れているわけではないのじゃが、何じゃか、のんびりする気分ではなくなってしまってのぅ」


 それは全くエメリナも同じだ。体が熱くて力が余っている。理性を失うほどではないが興奮しているのを自覚している。なんだか走り回りたいくらいだ。今更花畑で寝転がったりなんて、そんな気分ではない。


「持って帰って、ドラゴン依頼が発行されれば、きっと大騒ぎになるわよ」

「そうか、それは、楽しみじゃのぅ」


 2人で尻尾を持ち上げる。エメリナが一番太い部分を、フェイが少し離れて先端が地面につかないぎりぎりの位置を持ち上げた。


「思ったより軽いわね」

「いつもより強く身体強化をかけておるからな」

「そうだったわね」


 そして2人で森を出た。まだまだ太陽は沈まない時間だ。森の木陰を通ったせいか、森を出た瞬間は妙にまぶしく感じられた。


「フェイ、ありがとう」

「ん? どうしたんじゃ? エメリナ?」

「どうしたと言うか、こんないきなりドラゴンに出会うなんて予想外で、死ぬかと思ったけど、フェイのおかげでこうして助かったわけだし」

「何を言っておる。それならわしもありがとうと言わねばならんではないか」

「え? どうして?」


 エメリナ一人では確実に殺されていた、いやあのドラゴンの言葉を信じて殺されることだけはなかったとして、それでも勝ってこうして部位をもらえるなんて、一人ではけして出来なかっただろう。

 こうして今尻尾を抱えていられるのも、フェイの魔法と逆鱗と言う知識があったからに他ならない。だからこそお礼を言ったのだが、フェイは怪訝な顔をエメリナに向けていた。


「わしとて、一人では決め手がなく、持久戦となれば負けておったよ。エメリナがいたから、勝てたのじゃ」

「そんな………それは、そうだけど、でも何というか」


 フェイの言うこともエメリナは理解している。知識や能力があっても一人ではどうにもならない。エメリナという伏兵がいたから勝てたのだ。フェイ一人で陽動と主力とを二役することはできない。

 だがそれでもエメリナの中のもやもやは晴れない。エメリナの感情を端的に表現してしまえば、情けない、だった。


 フェイの魔法は他には使えないが、エメリナの役は他の人でもできる。それがたまらなく悔しくて、力の無さが歯がゆくて、フェイとパーティーをくむなんておこがましいのではないかという落胆。そう言うものが混ざり合って、情けないと自分を卑下する気持ちだ。


「? なんじゃ、エメリナ。何が言いたいのかわからん。はっきり言ってくれんか?」

「………私じゃなくても、フェイと一緒なら、誰でもドラゴンを倒せたわ。だけど、私はフェイ以外とでは、倒せないの」


 複雑な己の心中はエメリナ自身ですら把握しきれていなくて、エメリナはそう事実だけを答えた。しかしそれはあくまでエメリナにとっての事実だ。

 フェイにとっては事実ではなく、むしろ、意味がわからないくらいだ。


「何を言っておる。エメリナ以外の誰が、わしを信じて戦ってくれるのじゃ? エメリナ以外の誰が、わしの元に来てくれるのじゃ?」


 フェイだって、エメリナが思ってるほど世間知らずではないつもりだ。今回、ドラゴンを探しに行くと言ったのも、戦うと決めたのもフェイだ。

 フェイがそう決めたのに、エメリナは戦ってくれた。エメリナでなければ、自分だけでも助かろうと逃げたかも知れない。エメリナでなければ、尻尾で地面に落とされたフェイのところへ来てくれなくて、作戦を伝えられなかったかも知れない。


 何より、エメリナでなければ、フェイは信じてドラゴンの気を引くことに全力になれなかっただろう。逃げるときのことを考えて及び腰になっていれば、ドラゴンはそれを察してエメリナに意識を割いていたかも知れない。

 だから、誰でもいいなんてことはない。エメリナでなければならないのだ。技量や技術は確かに、魔法をつかうフェイは珍しく、剣術自体はありふれていてエメリナと同じ程度の動きをできる人は少なくないだろう。だがそんなことは問題ではない。

 本当に重要なのは、そんなことではない。


「エメリナでなければ、勝てんかった。エメリナのおかげじゃ。わしと戦ってくれて、ありがとうと言わせてくれ」


 真剣にフェイなりの意志を伝えると、その力の込められた瞳と言葉でエメリナに届いた。エメリナの強ばっていた体は柔らかくなり、フェイに精一杯微笑んだ。


「フェイ……うん、ありがとう。そうね、ごめんね、気弱になってしまって」

「かまわんよ。そうじゃ、エメリナ。最初にした約束を覚えておるか?」

「え? 約束?」


 きょとんとして繰り返すエメリナに、フェイは記憶を掘り起こすように視線を一瞬右上に走らせてから、説明する。


「うむ。ほら、一番最初に会った日のことじゃ。依頼でたくさん稼げたら、わしが食事をご馳走することになっておったろう?」

「……あー、ああ、確かに。そんな約束も、したかも知れないわね」

「なんじゃ、忘れておったのか?」

「ごめんごめん。だってほら、出世払いなんて、よくある文句だもの」

「そうじゃけど。わしは覚えておったぞ」


 ちょっとだけ唇を尖らすフェイだが、ほんとに怒っているわけではない。エメリナが口約束とも言えないような、軽い気持ちでごまかし文句として言ったのはわかっている。

 エメリナもフェイの拗ねてみせるパフォーマンスとはわかっているので、少しだけ眉尻をさげながら軽く謝罪する。


「はい、ごめんなさいね」

「うむ。許す。で、今日はどうじゃ? ご馳走しよう」

「……そうね、お願いするわ」

「うむ!」


 フェイは笑顔で元気よく頷いた。今日と言う日はまだ終わりではない。









「チャック、ちょうどよいところに。依頼の発行を頼みたいのじゃがよいか?」


 街に入ったその時から、周りからは注目を集めていた。巨大な素材はもちろんのこと、それをたった二人で特に苦もなく運んでいるのだから当然ともいえた。

 休日でかつ微妙な時間帯であったからか、特に知り合いに遭遇することもなく教会についた。


 カウンターに付くと壮年のベテラン職員のチャックがいた。彼は素材を視界に入れつつも動揺を毛ほども見せずにフェイに応える。


「おや、珍しいですね。どうかされましたか?」

「うむ、ドラゴンを倒して素材を手に入れたので、ドラゴン退治の依頼をもらいたい」

「わかりました。ではまず素材を確認させていただきますので、1の部屋へどうぞ」

「うむ」

「ネリー、変わりに受付をお願いします」

「は、はーい」


 女性職員のネリーはあからさまに動揺してはいるが、さすがに割り込んで尋ねてきたりはしなかった。それなりにフェイは顔を合わせていて何度か雑談をしたこともあるので、チャックがいなければ聞いてきたかも知れないが。


 対魔物の依頼ではよほど大量の素材をとってこない限り、別室を使うことは殆どない。よく使う用途としては対人間の依頼で、依頼人との面接や犯罪人を捕まえたなどが多い。

 フェイも四回、素材の多さから検分のため通されたことがあるが、1の部屋は他の部屋より大きいので思わずフェイはきょろきょろしてしまった。 


「ではこちらにその尻尾をおいてください」

「チャックさん、ほかに牙とかもあるんですけどだしていいですか?」

「どうぞ」

「うむ。並べるぞ」


 フェイはポケットから残りの素材も全て並べた。


「ではこれから鑑定させていただきます」


 一時間ほど時間がかかると言うことなので部屋から一旦出て、礼拝室にはいって時間を潰すことにした。というか周りからずっと遠巻きに見られている状態で大手を振って街を歩いて回ろうなどと思えなかった。


「フェイっ! なんかすっごい話聞いたんだが! ドラゴンとか嘘だろ!?」

「おお、なんじゃセドリックか。耳が早いの」


 端っこの席に並んでつくと、そこに騒がしくセドリックが飛び込むように部屋に入ってきて、フェイに声をかけると、その瞬間から急に人が寄ってきた。


「さっき運んでたのはやっぱりドラゴンなのか?」

「どこにいたんだ!?」

「君がフェイ? 赤獅子団に誘われてるって噂の?」


 周りの人間は殆どが冒険者だ。ドラゴンかも知れないとなればどうしたってみな声をかけたかったのだが、キッカケがなかった。そこにセドリックが気安く声をかけたものだから、我も我もと知らぬ人が声をかけてきて、二人は目を白黒させる。


「あ、あのっ、すみません! ちょっと落ち着いてください!」

「うむっ、一度に聞かれても何を言っておるかわからんぞ!」


 しかしその二人の、話を聞き入れてくれそうな受け入れ体勢に、人々はますます興奮して話しかけるものだから、場は混乱を極めた。










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