第47話 ピクニック9

「えっ」


 エメリナが目を開けると、そこには最初ほどではないが犬サイズから馬ほどに大きくなったドラゴンがいた。

 ドラゴンもまたサイズが変わったことに驚き、くるりとその場で尻尾を追うように一回転した。


「おおっ、すげーじゃん。お前、こんな魔力くれんの?」

「一応名目は貸与なのじゃが」

「いやー、さすが、俺様が認めたやつだ」


 ドラゴンは巨大化するつもりはなかったが、実行した瞬間に魔力が体内に流れこみこのサイズになっていた。つまりこのサイズにならなければ入りきらない程度には魔力が送られたのだ。

 フェイとしても最初から魔力を返してもらうつもりはなかった。もし自分が動けなくなるほどに魔力を吸われてしまった場合に取り戻せるようにしただけだ。

 フェイはドラゴンの相手をするのはやめ、エメリナに話しかける。


「エメリナ、契約魔法は問題なく完了したぞ。安心せい」

「それはよかったけど、問題なくって、まるで問題ある可能性があったみたいな言い方ね」

「うむ、本来は互いに同時に使うものじゃからなぁ。というかこの魔法、練習のテンプレを一度やっただけじゃし」

「……ちなみに、失敗してたらどうなるの?」

「うむ? ………まぁ、問題なかろう」

「……まぁ、いいけど」


 基本的に魔法は成功することが前提だが、陣が間違っていれば想定と異なる結果がでたり、魔力が足りなければ不発だったりする。しかし特に多くの魔力を必要とする魔法であれば失敗した時は思いも寄らないことになることがある。

 今回は対象が対象なので少しばかり失敗した時が想像できなかったが、成功したのだから問題ない。


「エメリナ、どの部位をもらえばよいのじゃ?」

「そうねぇ、牙と皮膚、できれば目ももらいたいんだけど」

「問題ない。牙全てと眼球と、尻尾を全て切り落とす程度なら、こやつなら自力で回復できる」

「おいおい! おまっ、ひっ、ひでぇこと言うなよ!」


 淡々と持ち帰る部位を相談する2人だが、当事者であるドラゴンからすればたまったものではない。冗談ではない。確かに完全とは行かないが、何度か完全回復魔法をつかう余裕はあるので、たとえ手足をもがれて頭を潰されても問題ないが、それとこれとは別だ。

 

「治せるじゃろ?」

「治せても痛いものは痛いんだよ!」

「さっき格好つけて尻尾をちぎっておったではないか」

「やせ我慢してたんだよ!」

「ならもう一度我慢せよ」

「やだ!」


 だだをこねる子供のような300歳オーバーのドラゴンに、2人は呆れて顔を見合わせる。


「フェイ、もっと大きくさせて、牙何本かと尻尾の先っぽだけでいいんじゃない? 目は痛そうだし」

「エメリナ、甘やかすでないぞ」

「うっせぇばーか! お嬢さん、よく見たら人間にしては可愛いじゃないか」


 ドラゴンがまた茶々をいれてくるが、もう面倒なのでエメリナは無視してフェイに返事をする。


「甘やかすというか、ドラゴンはどこも高いから、目とそれ以外もそんなにかわらないし。それなら大きくなってもらってその一部のほうが、バラバラより運びやすいわ。総量が同じなら同じよ」

「ふむ。そういうもんかのぅ」

「つぅかお前ら、さっきからドラゴン様のこと甘くみすぎじゃね? 完全にただの魔物扱いしてね?」

「目は数が少ないから何となく言ったけど、確か牙や角、鱗や皮なら武器や防具になるし、換金はしやすいわよ」

「ふむ……なるほどの。なら、尻尾多めの方がよいの」

「……おーい、無視してね?」

「そうね。鱗はどこの部位でも同じ、よね?」

「そうじゃのぅ。逆鱗は貰えんじゃろうし、同じじゃろ」

「無視すんなこらぁ! し、尻尾なら全部やるから、無視すんなよぅ」


 (……こやつ、ほんとにメンタル幼すぎじゃろ)


 泣きがはいるドラゴンにフェイはため息をつきつつも、しかしこれで話の進みもよくなったのでドラゴンに話しかけてあげることにする。


「ドラゴン、では最初のように巨大化し、尻尾と牙を、そうじゃの。半分くらい折るのはどうじゃ? 回復はできそうか?」

「最初ってあの浮かんでたお前らに合わせたやつだろ? 割と魔力くうんだよな……うーん、牙を根元から抜くんじゃなく、折ってくれんならいける」

「どう違うんじゃ?」

「人間だって、爪を切るのと爪を全部はがれるのは違うだろ?」

「なるほどの。ではそれで」

「おう、わかった」


 話しかけられたらことで気をよくしたらしいドラゴンは従順に頷いてから、ピンと手足をのばすようにして背をそらす。


「踏まれないように気をつけろ」


 そしてそのままぐんぐんと大きくなる。近くにいた2人を超えて、足の位置もずれていき2人は腹の下にいつの間にかはいり、空を遮るように巨大なドラゴンが立っていた。


「どうだ? 確かこんなもんだっただろ」

「そうじゃの」

「ねぇ、フェイ。尻尾全部は多すぎるんじゃない? 持って帰れる?」

「うーむ、確かに、ちょっと面倒になってきたの。よし、ポケットにはいるように爪を全部もらって、尻尾は減らそう」

「勝手に決めるな。爪の先ならいいが、全部めくったら殺すぞ」

「では切っていくから大人しくするんじゃぞ」


 と言うことで、ドラゴンの爪きり作業が始まった。

 とは言え、2人とも自分の爪きりはともかく、ドラゴンどころか人でも爪を切ってあげたことなんてない。


「エメリナは普段爪はどうやってきっておるのじゃ?」

「どうって、普通に、専用のハサミで。昔は全部ヤスリでやってたころもあるけど」

「なんと、専用のハサミがあるのか。わしは魔法でやっておるから、知らなんだ」

「フェイはほんとに思いも寄らないことを魔法でするわね。で、どんな魔法なの?」


 少し呆れつつも慣れた様子で尋ねるエメリナに、フェイは左手の人差し指をぴんとたてて他の指を握り込んだ状態で実演してみせる。


「普通に風刃なのじゃが、小さくして指に沿わせて、こう、する」

「わ、なんか怖」


 こう、とフェイが言うタイミングで指の周りにひゅっと風が動き、先っぽがわずかに切り取られたのが見えたが、エメリナにとっては風刃なんていう物凄い威力のものを指先で振り回すなんて恐怖を感じざるを得ない。

 顔をひきつらせて本音をもらすエメリナに、フェイは頬を膨らませて抗議する。


「なんでじゃ。刃を使うのはエメリナも一緒じゃろう」

「いや、うーん。そう、かしら」


 自分の手足のように使うのだから、フェイにとっては同じなのか。しかしエメリナにとっては風刃は手から離れて動いている上、間違えれば簡単に指ごと飛んでいく威力なのだから、やはりぞっとする。


「おーい、なんでもいいから早くしてくれ。それか俺様のことを讃えながらしろ」

「はいはい、じゃあ私はナイフで、フェイは風刃でやりましょ」

「うむ。エメリナ、手を。炎ではなく、切れ味をよくしておこう」

「え、そんなこともできるの?」


 首を傾げつつも差し出されたフェイの手に、右手をのせながら尋ねる。フェイはその手をぎゅっと握って魔法陣を展開させる。


「いや、実際には単に、炎ではなく風刃が刃の先から出るだけじゃ。直線にしか出んから、気をつけてくれ」


 最近はエメリナと一緒の時は面倒がって、攻撃魔法以外のかけ声をかけるのを怠けるフェイだが、エメリナも慣れてきたのでフェイの視線や挙動と感触で何となく魔法がかけられたと察せられるようになってきた。


 魔法をかけ直した風刃剣を、試しに足元の草に、地面に対して寝かせるようにして草の側面に当ててみると、すっと短剣をすべらせたかのように刃の方向へ向かって五センチほどの草が切り落とされた。


「なるほどね」


 とりあえず使い勝手は把握した。これなら自分の爪ならともかく、大きなドラゴンの爪を切るにはちょうどよいだろう。


 二手に別れてさっさと爪を切り落としていく。指から出ている先だけだが、一つ一つがエメリナの手首から指先ほどのサイズなので16個でも結構な量になった。


「よし、では次は牙じゃの」

「……し、慎重にしろよ。ごりごりするな。一瞬で綺麗に切り取れよ。歯茎に衝撃こさせるなよ。口の中に破片飛ばすなよ」

「そうびびるでない」

「びびってなんかないぞよ」

「わかったわかった。ちゃんと丁寧にやるから。ほれ、口をあけよ」

「……ん」


 びびりまくってただでさえおかしな口調がさらにおかしくなったドラゴンに、フェイは仕方ないので浮かび上がって一つ一つ丁寧に、負担にならないよう歯の半分くらいのところで切り取った。

 数は決めていなかったのでとりあえず前から見える上下全てにした。奥歯の方が数が多いだろうし妥当だろう。


「こんなもんかの。では最後に尻尾じゃの」


 先ほどの爪とは違うポケットにわけていれ、いよいよ次が最後だ。フェイは浮かんだまま尻尾へ向かって移動する。エメリナも地面の上で移動している。

 今のところ歯も先だけだからか痛みがないようで、ドラゴンはかちかち歯を鳴らしながら急かしてきた。


「早くしてくれ。前歯がないとすーすーしてたまらん」

「せかすでない。痛いのはお主じゃぞ」

「む……慎重にな!」

「というか、トカゲって自分の意志で尻尾を切れるわよね? ドラゴンはできないのかしら?」

「トカゲと一緒にするんじゃねぇよ。確かにな。見た目はちいとばかし似ているが、それはお前ら人間が猿や熊に似ているようなもんだ」

「……熊に似てる?」

「あ? 似てるだろ」

「そ、そうかしら。そう言われるとそうかも知れないわね。で、どのあたりを切るの」

「そうじゃのぅ。風刃で一息に切れるのがよいし、運ぶことも考えると、このあたり、かのぅ」


 フェイはドラゴンの尻尾の半分あたりを撫でる。そこから先に向かってだけでも5メートル以上で太さも丸太ほどある。


「くすぐってぇ」

「このあたりでよいか?」

「ん? そこでいいのか? 感覚としてはだいぶ下だぞ?」

「構わん」

「ならいいぜ」

「では、風刃!」


 フェイは右手を尻尾に向けて突き出し、魔法陣を展開する。たっぷり3秒ほどかけてから、魔法が発動する。


「……」


 尻尾が切り落とされるとドラゴンは声にはださずに少しだけ顔をしかめ、すぐに回復させた。体が一瞬光ってから、すぐに尻尾が生えた。

 生え替わるとほぼ同時に切り落とした尻尾は地面に落ち、ずしんと音をたてた。

 









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