第49話 フェイの秘密

 鑑定が終わり、チャックが呼びに来る頃にはなんとか礼拝室は落ち着きを取り戻していた。

 失礼なことに嘘か誠かと疑われてはいるが、一通り質問にも答えたので疲れた。これ幸いと二人は部屋を抜け出した。

 チャックにつれられて1の部屋に戻った。


「お待たせいたしました。確かに、ドラゴンの素材であることが確認できました」

「ありがとうございます」

「うむ、やはりドラゴンじゃったか」


 ドラゴンだとは思ったが、あまりにあれだったので少しだけドラゴンを語る蜥蜴ではないかとフェイは疑っていたが、その必要はなかったようだ。


「ドラゴンと遭遇した詳細についてお伺いさせてください」


 花畑で出会ったこと、水属性であることなど、一連を流れをわかりやすくエメリナが説明してくれた。

 逆鱗について話すと、チャックは驚きつつもそれは口外しないようにと二人に口止めをした。実は逆鱗についてはギルドの上層部には知られているが、極秘事項として扱われているのだ。契約についてはその魔法の存在については知っていたようで流された。


「わかりました。ありがとうございます。素材の金額については専門家も呼びますので明後日までお待ちください。依頼書は先に発行させていただきます」

「うむ。構わんよ。して、ポイントはどの程度になるのじゃ?」

「大きさと二人で討伐したと言うことを考慮して、50ランクまでのポイントとさせていただきます」

「………は? 50じゃと?」

「はい」

「………いや、それは、多すぎではないか?」


 フェイとしては30ランクくらいいくかなー、なんて思っていたのでまさかの50に困惑してしまう。寝起きで弱かったと説明していたのに、何故そうなるのか。


「そうでもありません。あれほどの巨体で会話ができる知能のあるドラゴンが、こんなに街に近くにいたのですから。もし普通に目覚めてから襲われたら、街が壊滅していたことも考えられます。たまたま目覚めに立ち会ったのは運だとしても、その功績は計り知れません」

「そうかのぅ」


 確かに強かったが、同時に阿呆だった。また虐殺をするようにも見えない。30以上から必要になるというランクアップするための条件も知らないままで、一気に50なんて、何だかずるをしている気持ちになる。

 そんな落ち着かないフェイに、エメリナは肩を叩いてチャックの言い分をフォローする。


「フェイ、もらえるって言うんだからいいじゃない」


 フォローと言うか、そのままだった。しかしフェイはむむっと眉を寄せて首を傾けて目を閉じ、三秒ほど黙り込んでから目を開いて元の体勢に戻る。


「それもそうじゃな」


 納得するフェイにチャックもこっそりほっとした。まさか多すぎると言われるとは想定していなかったからだ。

 基本的に何故35からランクアップに条件がかかるかと言うと、強さの基準を設ける為だ。地道に弱い魔物だけを狩って高ランクとなるのは具合が悪いのだ。教会のランクは今や世間的に強さの信頼とまでされている。

 なので条件として、一定ランク以上の魔物退治を何回こなしたかなどの条件が必要となる。しかし今回、いくら本人たちが弱かったと言おうが、相手はドラゴンだ。

 素材として渡された鱗には剣を当てても通らず、牙を間違って床に落とせば根元まで突き刺さった。少なくとも一級ランクのドラゴン素材だ。中身がどうであれ、強敵には間違いない。

 なのでランクをあげることには全く問題がない。むしろ納得してもらえるだけのランクをあげて、少しだが相場より素材の金額をさげさせてもらうのが、ドラゴン依頼発行の際の鉄則だ。それが断られては非常に困ったことになる。


「では、カードを。受付でポイントを加算します」


 こうしてフェイとエメリナは50ランクとなった。









「あっはははは! いやー! それにしてもむかつくなー! 俺がいれば俺がランク50になってたってのに!」

「お前、それ何回目だよ。酔いすぎだぞ」

「あはははっ! 酔いすぎ! 酔いすぎって!」

「いや何が面白いんだよ」

「おーい! こっちにも酒もってこーい!」

「俺も!」

「はーい!」

「ねえちゃん! こっちはつまみ頼む!」


 酒場を兼ねたお手頃な値段でそこそこのボリューム料理が食べられる、教会から少し離れたところにある牛焼き食堂は大賑わいを見せていた。

 50ランクのカードを受け取ったところで待ちかまえていたようにセドリックやトッシュ、その外知り合いや顔の覚えもない冒険者がいた。

 そろそろ良い時間なので夕食を食べようと無視してエメリナに話しかけた結果、何故かフェイの奢りでこの店で宴会となっていた。

 しかし今更そのことに文句をつける人間はいない。


「ぷはぁ、なんだかわからんが、このジュースはうまいのぅ、実に美味じゃ」

「やぁねぇ、フェイったら。お酒なんだから当たり前じゃない。ふふ、ふふふふ、やだ、訳が分からないくらいおかしい。あははっ」


 フェイは当たり前のように勧められて口にした、甘い果実酒に酔っ払っていた。初めて口にするアルコールに為すすべもない。

 エメリナはごく普通に成人としてそれなりに経験があるので、自分がそれほどアルコールに強くないことは知っていた。しかし今夜は、フェイに固定パーティーへの誘いをいつ言おういつ言おうと緊張していた。その為、景気づけにとフェイと同じ果実酒を口にし、その口当たりのよさについ飲み干してしまった。

 結果として本日の財布、もとい主役である2人は実に気分良く酔っ払い、約束された会計に文句を言う者はいなくなった。


「なぁ、坊主。俺にもドラゴンのこと教えろよ」

「おー! そうだそうだ! 俺も肝心のこと聞いてねぇぞ、ドラゴンはどのくらい強かったんだ?」

「魔法使いって話だが、やっぱ魔法がないとドラゴンは厳しいか?」


 タダ酒でいい気分の冒険者たちは遠慮なく質問をしてくる。ここに来るまでにも散々繰り替えされた質問だったが、フェイは赤らみ緩んだ顔を神妙な顔にかえて頷き、腕組みをする。


「うーむ、うむ、うむ。よかろう、わしがなんでも答えてやろう。えーっとじゃな、うむ、なんじゃったか」

「あははは、フェイったらいつもよりお爺さんみたいねっ」


 こてんと首を傾げるフェイに、隣のこれまた赤ら顔のエメリナは笑いながらフェイの頭を撫で回す。フェイは髪がくしゃくしゃにされながらもにこーっと笑う。


「そうなんじゃ、わしは御爺様のようになりたいのじゃ!」

「なれる! フェイならなれる! あはははっ、あー、うん、なれるなれる、ほんとになれる」

「うむ、なるぞー! わしはやるぞー!」

「……駄目だこりゃ」


 全く質問に答えそうにない2人に、真面目に質問した冒険者は肩をすくめる。


「わはは! しゃーねぇなぁ、まっでもそうだろ。50ランクになりゃ、俺だってはしゃぐわ」

「くっそー、羨ましい! 俺もドラゴン倒してー!」

「お前じゃ無理だ」

「んだとこら!」


 騒ぎはいつまでも続くかのように衰えずに続いたが、現実には終わりがある。閉店時間だ。


「ん、確かに。まいどありっ」


 店主に追い立てられるように酔っ払い共は店を出た。ついでに冒険者関係ない、元々店にいた一般客も一緒に騒いで奢らされているが、笑みを浮かべたフェイにはもはやエメリナ以外誰が誰だかわからない。元々知らない冒険者もいたのだから当たり前だが。


「じゃあな、若いの。ご馳走になって悪いな。また活躍したら奢ってくれ」

「またのー」


 図々しい台詞にもフェイは手を振って返した。そして会計を店にしまった店主は最後の仕上げにとエメリナをフェイに背負わせた。


「歩けるか? 宿はわかるか?」

「大丈夫じゃ。問題ない。では行くぞ」


 (おー、エメリナは軽いのー)


 慣れないフェイよりさらにお酒に弱いエメリナはすでに眠っていた。フェイはエメリナのお尻を鷲掴みにしておんぶして、その腕力でなんとか落ちそうな体勢のままエメリナを連れて帰った。

 宿屋の入り口はまだカルメがいた。といっても最後のゴミ捨てを終えてドアを施錠しようとしているところだった。


「おや、遅かったですね」

「おおっ、カルメかっ!」

「うわ、酒臭……」

「カルメ! カルメ!」

「はいはい、なんですか?」

「耳を触らせてくれ!」

「エメリナさんのお尻掴みながら何言ってるんですか。ほら、さっさとあがって寝てください」

「うーむ、残念じゃ」


 (さわりたいのー。うー、でも今は眠いし、また今度にするかの)


 背中を押されてフェイはエメリナを連れて二階へあがる。途中エメリナの足先が階段にこつこつ当たったが、うーんと唸ってフェイの肩から前にだしている腕を曲げてフェイに抱きついただけで、起きることはなかった。


 中に入り、土埃などで汚れたエメリナと自分を軽く魔法で綺麗にして、そのままエメリナをベッドにいれる。


「うーん、むにゃ」

「ふわぁ」


 景気よく眠るエメリナが改めて視界に入ってくると、ただでさえ重かった目蓋がさらに重くなってフェイはあくびをする。


「……おやすみなさい」


 ここまで何とか帰ってきたが、ふわふわしていて目を閉じればすぐに眠れそうで、戻るのも面倒だ。

 フェイはそのままエメリナのベッドに潜り込んだ。


 (ああ、そうじゃ。魔法を切っておかんと)


 エメリナの体温の温かさに、目を閉じるとすぐに意識が飛びそうになったが、なんとか最後の瞬間に魔法を解除した。


 もちろんそれは、酔っ払ってさらに寝ぼけてなければしないはずの選択だったが、今のフェイにはそんなことを考える脳味噌がなく、夢の世界へ旅立った。










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