第41話 ピクニック3

 サンドイッチを食べ終わり、食後に飲用で瓶にいれておいた飲料を飲み、んーと大きく伸びをするとあくびが出た。


「ふわぁぁ」

「大きなあくびね」

「うむ。お腹がいっぱいになったし、静かじゃし、何よりいい天気じゃしな」

「そうね」


 人も動物もいないので、聞こえるのはお互いの存在音と風のざわめきだけだ。ふんわりと花の香りが鼻腔をくすぐり、柔らかな風が頬をなで、エメリナもなんだか眠くなってきて、左手で口を隠しながら欠伸をした。


「ん? ……エメリナ、何故、欠伸する時にはいつも手を口にあてているのじゃ?」

「ん? そりゃ、えっと、大きな口開けているのを見られるのは恥ずかしいし、マナー、かしら」

「ふぅむ。そんなものか」

「まぁ、フェイは男の子だし、そんなに気にしなくてもいいけど」

「そうなのか。ならばよいか。ふわぁぁ、うーむ、む、そう言えばエメリナ」


 再度、遠慮なく大口をあけて欠伸をするフェイにエメリナは微笑みながら、眠気に目を細めつつ返事を返す。


「はいはい、何でしょう?」

「こんなに花は美しいのに、ここには蝶々がいないのじゃな」

「うん? ええ、そうね。確かに。確か教会が確認した限りでも、ここでは植物以外の生物が確認できていないのよ」

「植物以外とは、昆虫も全て含まれるのか。なんでじゃろうなぁ」

「そうね。不思議だけど、少なくとも100年近く何もないわけだし、別に困らないでしょう」

「………ふむ、それも、そうじゃな」


 フェイとしては不思議な現象であるしどうにも気になってしまうのだが、何年も組織で調べていてわからないというのなら、フェイが少し考えたくらいでわかる訳もないだろう。


 魔法的な何かを感じなくもない。この森は少しだが、空気中に魔力を感じる。基本的に空気中にも魔力はあるのだが、人間は全属性の魔力をその身に帯びていて魔力に対して鈍感だ。濃度が濃かったり、魔力を常に意識する人間なら少し感じたりする。

 今回は魔法使いのフェイであり、魔力濃度が濃いため違和感を僅かに感じている。

 しかし、だからどうしたと言う話になる。大気にも大地にも自然には魔力がある。場所により濃度には若干の差がある。魔力が多少濃いとして、魔物が寄り付く理由にはなっても生物が寄り付かない理由にはならない。


「この花畑を、ほんとの意味でわしら二人占めという訳じゃ。贅沢じゃのう」

「ほんとにね。………はぅ」

「うーむ……」

「……ほんとに魔物も動物もいないし、ちょっと、お昼寝しちゃう?」

「うむ……さんせーじゃ」


 二人は花畑の上に寝そべり、空に染まった視界をまぶたで遮り、香りと風の心地よさに身をゆだねた。









「うー……うーん、んん」


 何かが顔にあたるくすぐったさに、身をよじって目を開く。真っ白な花弁が飛び込んできた。

 驚いてびくっと体を揺らしながら目を動かして見渡す。


 (あ、あー……そうじゃ、ピクニックにきておったんじゃった)


 フェイは左手で後ろ頭をかきながら身を起こす。右手は体の下にひいていたのか、少ししびれていた。

 寝ぼけているからか、自分の右手が二重に見えた。最近、慣れてきていてすっかり忘れてしまう時がある。ある程度意識してから寝れば、無意識でも魔法は使えるが普通に寝てしまった。

 エメリナを見るとまだぐっすり眠っている。半分魔法はとけかけていたが、大丈夫だ。


 実のところ、もうエメリナには話してしまってもよいのではないかという気持ちがある。エメリナと固定パーティーを組みたいと思う。

 今のまま一緒にいてくれるならいいが、固定パーティーでない以上絶対の約束にはならない。もしかするとある日突然エメリナはよそへ行ってしまうかもしれない。そしてそれを固定パーティーでもないフェイに話す必然性はない。

 ならば、固定パーティーをくんでほしい。エメリナが拠点を移すならついて行きたい。だけど、勇気がでない。


 まだ20ランクに届かないので冒険者として半人前だとか、半人前ではエメリナの足を引っ張るとか、そう言うのは言い訳だ。

 本当のことを伝えて誘って、断られたらと思うと恐いのだ。エメリナなら、嘘を話しても許してくれるとは思う。だけどパーティーはまた別の話だ。


 (…また今度、ランクがあがったら、言おうかの)


 すでに何度目かわからない目標をたてて、フェイはとりあえず改めて魔法をかけなおす。


「と、ん?」


 ぐらり、と空気が震えたような気がした。何かとても嫌な予感がして、フェイはエメリナの肩を掴んで揺らした。


「エメリナっ、エメリナ! 起きるんじゃ!」

「う、うーん、やめてお父さん、あと五分したら起きるから」

「起きるのじゃ!」

「! へ? え、えぇ? ええ、なに? あぁ、フェイ………ああ、おはよう」


 寝ぼけて返事をしたエメリナだがフェイの叫ぶような声に目を開いて慌てて起き上がり、首を傾げてから挨拶した。


「おはよう」

「うん、どうかした? 慌ててるみたいだけど。あ、雨でも降り出した……わけでもなさそうね」


 しゃべりながらエメリナは視線を上に向けるが、天気はお昼寝をする前から変わらず太陽がのぞくお天気だ。


「どうかしたの?」

「う、うむ………何もないの」

「え? 何にもないの?」

「先ほど、空気が震えるというか、何か嫌な感じがしたのじゃが……何もないの」


 説明するときょとんとしていたエメリナは顔をこわばらせ、自身の短剣を取り出しながら周りを見回す。


「え、なに、震えるって、もしかして魔物? やだ、私短剣一本しかないわよ。弓持ってきてないわ」

「わしのもあるぞ」

「いや、二刀流もできるけど、長さ違うし。というか、何かわからないけどとりあえず、逃げましょうか」

「む? 正体を確かめにいかんのか? 多分あっちの方が震源じゃったように思うが」

「危ないでしょ」


 寝起きであるしフェイの言う震えが何かわからず、何が何だか何もわからないエメリナだが、フェイの先ほどの様子からひとまず危険だと判断する。

 もしフェイの勘違いだとしても、それならそれで困らない。最悪なのは勘違いだと楽観視して油断して魔物に襲われることだ。


「うーむ、でもほら、もしすごいのじゃったら街にも危ないって言わんといかんし。ほんとに魔物じゃったのかどうか、ちらっと見にいかんか? あ、ほら、結界はって空からいけば良かろう」


 しかしフェイは溢れる好奇心を抑えられずにそうおねだりする。

 もしかするとこの森の秘密がわかるかも知れないし、関係なくてただの魔物だとしても、先ほどのを考えると強そうだ。強い魔物とは戦ってみたい。


「えー……あの結界って、飛ぶ時以来だけど、どのくらい強度があるの?」

「具体的にはわからんが、魔力全開なら、上に家が乗っかっても大丈夫じゃ」

「具体的だけどほんとに?」

「うむ。家を動かすのに使ったことがある」

「状況が気になるけどそれはともかく、じゃあかなりの重さまで大丈夫ってことだし、万が一魔物で攻撃されても一撃くらい大丈夫ってことよね?」

「うむ。問題ない。例えドラゴンでもいける、はずじゃ」

「まぁ、さすがにそこまでは期待してないわよ」


 エメリナはちょっとフェイから視線をそらして考える。どんな魔物からわからないし、攻撃される勢いもあるが、家の重さ以上になることはそうそうないだろう。

 ならば確かに、もし大変な魔物なら街への報告義務もあるし、空を飛んで遠くから見るくらいなら危険というほどもないだろう。

 もし完全に勘違いで杞憂だったとしても、それはそれで安心してピクニックの続きができる。


「わかったわ。見に行きましょう。ただし高い空からちょっと見るだけよ」

「うむ! さすがエメリナ! 話がわかるの!」


 瞳を輝かせるフェイにエメリナは左手の指先をフェイに向けて振りながら立ち上がり、フェイを促す。


「はいはい、じゃあ早く結界して」

「した!」


 フェイは勢いよく立ち上がりながら挙手をしつつ、魔法を展開する。テンションがあがるまま魔力を可能なだけ込めた。


「全力で?」

「二重にしたぞ!」


 エメリナには不安が残っているようなので二重にさらに外側に展開する。魔力が減るのを感じるが、しかしそれでも総量からすればそれほどではないので問題ない。


「え、二重? ああ、まぁいいか。じゃあ、ゆっくり飛ぶわよ。ゆっくりよ?」

「うむ」


 エメリナが差し出した左手をフェイは叩くような勢いで握りしめ、にんまり笑うと魔法を使った。


「飛行っ」


 エメリナに飛ぶぞと宣言してから、飛行魔法を使用する。

 フェイの右手を左手で握りしめたまま、エメリナは右手の短剣を握る手に力をこめる。

 どうにもフェイには緊張感がない。今までにもそうだったし、ピンチと言うのを経験していないのだからそれも仕方ないのかも知れないが、全く危なっかしくてならない。

 エメリナは気を引き締めなおした。


「じゃあ、あっちの木々の向こうなのよね?」

「うむ。ゆくぞっ」

「その前に高度をあげてっ」

「おお、そうじゃそうじゃ」


 フェイはゆっくりと上昇を始めた。









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