第40話 ピクニック2

 以前にフェイが訪ねたことのあるオムレツを名物とかかげる食堂だが、今日行くと少し雰囲気が変わっていた。

 窓は布張りになっていて、入り口のドアは開け放たれ、中には数人の客がいた。


「すまんが、オムレツサンドイッチの持ち帰りなどはしておらんか?」

「あ、ありますよっ。いらっしゃいませ!」


 看板娘の少女は元気よく接客してくれ、難なく商品を手に入れることができた。


「待たせたの」


 それから飲み物も別の店で購入し、二人は街を出た。魔物除けを使いながらなので道中も全く問題なく、のんびりとしたものだった。

 依頼をする際には目標を探すことばかりに気を取られていたが、こうして娯楽目的として歩いているとまた違ったように見えなくもないから不思議だ。


「お、エメリナ。蝶々がとんでいるぞ」

「あら、ほんと。多分水吸蝶々ね。夏から顔をだすんだけど、今時分にいるなんて珍しいわね」

「ほう。思い返すみと、今までにもちらりと見かけていた蝶々とは色合いが違うの」

「春先によくいるのは黄色斑点蝶々ね」

「うむ。黄色でかわいらしかったが、このように水色の蝶々と言うのも涼しげでよいの」

「そうね。夏場には飼う人も多いわ」

「夏だけなのか?」

「ひと夏しかもたないんだもの」

「…それはなんとも、可哀想じゃの。ひと夏だけの人生を縛り付けられてはしまうのじゃから」

「まあ……でも、仕方ないわよ」

「わかっておるよ」


 可哀想だなんてこと、言い出してしまえば魔物や動物、昆虫に植物、全てに対して適応される。それでは生きていくことはできない。今だって、たまたま綺麗な蝶々だからそう思っただけだ。

 フェイは蝶々のことは忘れることにした。


「あの森か?」

「そうそう。手前の木々を超えたら、ひらけてるって話よ」


 森に入るあたりで魔物除けは解除しておく。実際に全くいないのか、確かめてみたい。

 中へ進むと確かにすぐに抜けた。


「わー……これは、食わず嫌いせずに、来た方がいいわね」

「うむっ」


 木々の向こうの空間では色とりどりの花々が咲き誇り、広く、そして空へと抜ける風景は絵画となってもおかしくないほど、美しい花畑だった。


「うーむ、走り回りたいような、入るのが勿体ないような感じじゃのぅ」

「そうね。でも、きっと花の中で寝転がったら気持ちいいわ」

「そうじゃの。ではお昼を食べたら、昼寝をしようかの」

「いいわね」


 とりあえずは何となく勿体ないのと、日差しを浴びたままなのもあれなので少し進んだ花畑に木陰がさしている場所に腰を下ろす。

 花に座るのは少し躊躇したが、座ってみるとなんとなく綺麗な絨毯に座っているような気持ちになる。


 無性にわくわくしてテンションがあがる。それはエメリナも同じようで、にこにこ微笑みながら花を見ている。


「さて、いつまでも見てても仕方ないわ。食べましょうか」

「うむ。あ、手を綺麗にするから出してくれ」

「ええ」


 エメリナの両手を握って魔法をつかう。下に水が流れても困るので、今回は水なしで綺麗にする。


「ん? これで綺麗になったの?」

「うむ。いつもは水をだした方が洗った気持ちになるじゃろうからしているが、これでも十分じゃ」

「ふーん?」


 エメリナは自分の手を裏返したりして見て、確かにちょっとついていた土汚れなどが綺麗になっているのを確認する。


「相変わらず、魔法って便利よねぇ」

「うむ、じゃがわしとしては、もっと凄い魔法をほめてほしいがな」


 各々祈りをすませ、フェイのポケットにいれておいたサンドイッチを取り出して、二人の間にひろげたハンカチにサンドイッチを並べた。

 エメリナにとってはポケットから食事をだすというのは、最初は変な感じというか、はっきり言うとなんとなく汚い感じさえしたが、すでに慣れた。

 鞄にいれるよりも潰れないし綺麗なままだ。一度ポケットに手をいれさせてもらうと中は広く、その前にいれた物にも触れられなかった。


「んーっ、美味しいっ。ふわっふわね」

「うむっ」


 フェイの魔法で温められたサンドイッチは、表面はぱりっとしたパンだが中のオムレツがふわふわだ。オムレツの中には細かな野菜と少量の肉がはいっていて、ボリューム的にも満足する逸品となっている。


「美味しいのじゃ」

「なんてお店だっけ? 帰ったらまた行きましょう。お店で食べたくなっちゃった」

「む、確か……小鳥、ではなく、そう。ひよこじゃ。ひよこ食堂じゃ」


 失念してしまっていたが、今日購入した際に看板を見ていた。ひよこの絵が書かれており、名前を思い出したフェイは右手の人差し指をぴんとたてて答えた。


「ひよこね。うん、覚えた」


 エメリナは笑顔で頭の中にメモしながら、サンドイッチを頬ばる。


「でも、美味しいけどそれもこの暖かさも大きく貢献してると思うのよ。フェイは不満かもだけど、私としては派手な魔法より、こういう生活に役立つとすごいなって思うけどね」

「それはそれでいいんじゃが、わしの目標の為にはもっともっと魔法使いっぽいのが必要なのじゃ」

「目標?」

「うむ。御爺様から引き継いだ、わしの夢みたいなものじゃな」

「へぇ、どんな?」

「うーむ……言ってもよいが、壮大な目標じゃ。笑わんでくれよ」

「夢なら、壮大な方がいいでしょ。笑わないわ」


 エメリナもかつて幼い頃は冒険者になりたいとか、なってすぐは大儲けして名前を売って見返してやろうとか考えたりもした。今では堅実に生きることが第一目標だが、例えばフェイが世界一強い魔法使いを目指してると言っても驚かない。冒険者なら少なくない人間がビックになろうと願うものだ。

 優しく微笑んで促すエメリナに、フェイは少しだけ恥ずかしそうにしながらパンを飲み込んでから口を開く。


「わしは……一流の魔法使いになりたいのじゃ」

「一流? ……一人前、ってことじゃないわよね?」

「うむ。一人前は独り立ちできる状態じゃ。一流は、真に魔法使いじゃ。エメリナは、魔法使いと聞けば何を想像する?」

「え、そうね。やっぱり杖とか、ロープとか、長い髭?」

「童話じゃろ。まぁよい。わしは、魔法使いと聞いた時、わしを思い出してほしい。この世界の皆が魔法使いと言えばフェイ・アトキンソンを思い浮かべてほしい。それがわしのなりたい一流の魔法使いじゃ」

「それは……」


 エメリナには全く笑えなかった。だけどそれはあまりにも荒唐無稽だからだ。いっそ世界一強い魔法使いと言うなら、フェイならできるとさえ思えたかも知れない。だけどフェイが言っているのは、いっそ次元が違う願いだ。

 有名になりたいという願望はありきたりだが、その上位互換がすぎる。世間に名前を轟かしたいとか歴史に名を残したいより、なお深い。魔法使いの間の歴史書があり、そこに名前を残すのでもそれはもちろん簡単ではないだろうが、誰もが魔法使いと聞いて一瞬で頭に思い浮かべるなんて、それよりもさらに無謀だ。


「エメリナは、わしには無理じゃと思うか?」

「……無理、と言うか、凄すぎて想像がつかないわね。どうやってそんなに、有名になるの?」


 例えばインガクトリア国の国民に竜殺しと言えば誰かと問えば、ヒヒイロの名前が出るだろう。ヒヒイロはソロなのだが竜の角を容易く取ってくるとして、全てを殺した訳ではないらしいが竜殺しとして非常に有名だ。

 しかしこれはあくまでインガクトリア国でだ。例えば隣の国、ウーレリータ国では竜殺しと言えば前時代に王族の血を引くアランが都を強襲した竜を殺したことであまりに有名だ。

 世界中の人間に名前を覚えてもらえて、かつ魔法使いとして連想するほどの実力も世に知らしめる必要がある。そんなことが人間に可能なのか。


「わからん。明確に方法なぞないじゃろ。じゃが、わしはなる。一流の魔法使いになるんじゃ」


 すでに決心しているのか、フェイは躊躇うことなくそう口にする。その瞳は力強く意志が込められていて、格好良いな、とエメリナは思った。

 エメリナは冒険者に憧れてはいたが、固執するほどの野心や目的があったわけではない。ただ逃げてきただけだ。

 自分よりも年若く、真っ直ぐに大きな夢を持つフェイのことを、心から応援したいと思った。誰より自分が支えたあげたいと、側にいてフェイのことを見ていたいと思った。


 胸がひとつ、高鳴った。


「そう。フェイならきっと、なれるわよ」

「本当にそう思ってくれるか?」

「もちろん」


 エメリナにとってフェイは、すでにそれなりの時間を共に過ごしたこともあり大切な友人と思っているが、慣れもあるのかふとしたときに普通に女友達のように気安く扱ってしまう時もあった。

 だけど今、改めて男の子なんだと思って、エメリナの控えめな胸は鼓動を早くした。それは名前をつけるほどの激情ではないけれど、少なくとも一歩踏み出そうと思う程度には、はっきりとした気持ちだった。


 このピクニックから帰ったら、固定パーティーにフェイを誘うことを決意した。理由は聞いているし、ずっと誘わなかった。

 だけどもう、それでは嫌だ。どんな嘘なのか皆目見当もつかないけど、ちゃんとフェイのことを知って、一緒にいたい。

 まだそれほど長いつきあいではないけど、人となりも一緒に依頼をこなす上での相性も悪くない。ならば、固定パーティーに誘うだけならなんの問題があろうか。


「フェイの夢、すごく素敵だと思うし、フェイならできると思ってる。私も応援するわ」

「……ありがとう、エメリナ」


 はにかんで嬉しそうに微笑むフェイはとても可愛らしくて、だけど少しだけ、格好良く、エメリナの目に映った。


「フェイ、パンくずが頬についてるわよ」

「う、うぬぅ」


 恥ずかしがるフェイは、可愛らしさだけで構成されていたけれど。









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