第39話 ピクニック

「じゃーな! また遊んでやるぜ!」

「いらんわ。じゃが、時が合えばまた、付き合ってやらんでもないぞ」


 意外に思われるかも知れないが。しかしフェイは案外トッシュと気があった。セドリックとよく似ているようなテンションだが、しかしトッシュはちゃんとフェイの話を聞く。

 すぐに手が出るのは大きな欠点だが、フェイには馬鹿だと思うだけで遠ざける欠点というほどではなかった。そしてトッシュは確かに大人数での戦闘に慣れていて、そのリーダーに長けていた。


 雪鳥の狩りは数が多いほどよく、10単位での受付になるので多く狩るほどポイントもあがる。街の飲食店が共同でだした依頼であり数の上限もない。

 群れの狩りであり人数が多いほど楽だが、それにしても赤獅子団は的確に雪鳥を威嚇して最小限しか取り逃さないようにしていた。

 攻撃を担当したのはそのチームの動きに慣れていないフェイとセドリックらで、赤獅子団は補助に回ってくれて非常にやりやすかった。


 トッシュはトッシュで、フェイの全く鍛えていないにも関わらず高い身体能力であるその補助魔法に。高い命中率を誇るその攻撃魔法に。フェイを高く評価し、改めてその実力を認めて勧誘した。


「すまんが、断る。お主らとくむことはできん」


 二度目の勧誘は丁寧なものだったので、フェイもまたしっかりと頭をさげて断った。

 トッシュは諦めきれなくてまたフェイを殴りそうになりつつ、パーティーメンバーになだめられつつもまた依頼をする約束をした。

 フェイもそれなら構わないと約束を了承し、赤獅子団とは別れた。


「ふーっ、今日もうまかったのぅ」


 依頼を共にした後はエメリナと共に夕食を共にするのが恒例となっている。今日は仕方ないので赤獅子団とセドリックらとの食事で、いつもより肉やボリューム重視だった。トッシュのおごりで、中々おいしかった。


「フェイは毎日、ご飯を食べるたびに幸せそうね」

「うむ。美味しいご飯を食べることは幸せなことじゃ」


 (ああ、お爺様にも食べさせてあげたいのぅ)


 闇夜を見上げて、フェイは遠くきらめく星々に亡き高祖父の姿を重ねた。けして祖父の料理に不満があったわけではない。だけどフェイもだが魔法の研究に明け暮れる日々において、美味しさは二の次だった。

 それでもまれにフェイが気まぐれに料理を作ったときは美味しいと喜んでくれた祖父は、世にこんなに美味しいものがあることを知っていたのだろうか。

 享年163歳にして、山に引きこもってフェイを育てる前は、ずっと妻や娘たちがつくる美味しいものばかり食べていたブライアンが聞けば、泣いて謝りそうなことを考えながら、フェイは思いをはせた。


「ふう、それにしても、明日はようやく休みか」

「そうね。明日は午前中に洗い物と軽く部屋の掃除したら、のんびりしましょうか」

「うむ」


 先月から休日にはエメリナと共に掃除洗濯をするのが習慣になりつつあった。

 一人ではついつい来週回しにしてしまいそうになるが、エメリナがいると思うと不思議と嫌にはならない。


「うむ。そうじゃ、エメリナ。明日はどこか出かけぬか? 観光のようなせわしなくはしゃぐものではなく、のんびりと、散歩とか」


 午前中は一緒だが、午後まで共にいる約束ではない。共に過ごすこともあれは、普通に別れてそれぞれ行動することもある。

 フェイの提案にエメリナは頷きながら考える。


「散歩ねぇ。いいんだけど、知らない街ってわけでもないし」

「気乗りせんか? 無理にとは誘わんが」


 エメリナとしても散歩自体は別に悪くはないのだが、もっとのんびりとしたいという気持ちがある。具体的には午後から昼寝をしたり、風を感じたりとか、そういうことだ。喫茶店の店先でそういう午後を過ごしてもいいのだが、何となくそういう気分ではない。


「……あ、そうだわ。じゃあ、ピクニック、なんてどう?」


 エメリナだけなら絶対にその発想はなかったが、フェイが共にいるなら話は別だ。きっとフェイなら経験がないだろうし、喜ぶだろう。


「ピクニックか! おー! いいのぅ!」


 案の定、フェイは目を輝かせて拳を握って肘を曲げて、エメリナを見上げて歓声をあげた。


「あれじゃろ? お弁当を持って、ちょっと遠出して自然の中で友達とご飯を食べるんじゃろ? 学び舎のイベントじゃろ?」

「学び舎? うん、それかどうかはわからないけど、遠出して野外でお弁当を食べるわね」

「おーっ! いいのっ。それは実によいっ」


 やる気満々になって先程までの疲れを浮かべた表情から一転して笑顔を振りまくフェイに、エメリナは微笑んで頭を撫でながら頷いた。


「ええ、じゃあ、明日は出かけましょうか」

「しかし、どこに行くんじゃ? 野外に行くとなると、普段も出てはいるが」


 ピクニックという言葉にテンションがあがったフェイだが、野外で食べるだけなら普段から依頼をこなす際に外で食べるのは珍しくない。

 少なくとも、近くの草原なんかならいつも行っている場所だ。もちろんそれでも、仕事として外に出るのと遊びで出るのは全く気持ちが違う。それでも構わない。構わないのだが、どうせなら気持ちを変えるためにも違う場所がいい。


「普段と言っても、フェイの魔法があるからともかく、普通は魔物がでる場所ではのんびり食事とはできないわよ」

「では、街の中でと言うことか?」

「いえ、というか、知らなかった? この街の西側に、小一時間ほど行ったところに、魔物が全然いない森があるのよ」

「なに、まことか?」

「ええ。まぁ何があるわけでもないし、動物も殆どいないしめったに人は行かないけど、その分のんびりするには十分よ。中程に開けた花畑もあるらしいし」


 初耳だが、それ以上に驚きなのはそんな珍しい場所が見向きもされずに放置されていることだ。フェイにしてみれば、魔物がいないと言うだけで価値があるように思われる。


「何故そこは放置されているのじゃ? 魔物が出ないなら、何かしら有効活用があるのではないか?」

「ん? 例えばどんな?」

「……街をつくる、とか?」


 何となく価値がある気がしたが、しかしこれと言って思いつくわけではない。安全ということしか思いつかない。


「塀をつくればいいわけだし、なによりその森も、魔物がいなくなったのは100年前くらいだって話だしね。すでにある街の隣になんてつくらないわよ。そもそもなんで魔物がいないのかとか、全然わかってないわ」

「しかしわしらのように遊びに行く者はおらんのか?」

「んー、というか、遊びに行くには魔物のいる道を通るもの。冒険者でかつわざわざ休暇に出かけようっていう物好きはそうそういないわよ」


 エメリナだって、こんな機会でもなければ存在を知っていても行こうなんて思わなかっただろう。

 魔物がいないと言うのは話としては聞いているし、たまに教会の人間が調べに行っているらしいが詳しくはわかっていないらしい。だが確かに魔物も動物もいない。しかしだからといって珍しい植物が咲くこともなく、薬の材料にもならない普通のありきたりな花々咲き、ごく普通の木々が並ぶだけだ。


「ふーん、そういうもんかのぅ」

「そういうものよ」

「まぁ、それならそれで、花畑を独占できるんじゃしいいじゃろ」

「そうそう。細かいことはいいじゃない」

「そうじゃな。うむ、楽しみじゃ!」


 気にしていないエメリナの様子に、ならば自分が気にしすぎなだけだろう。フェイはとりあえず明日を楽しむことに決めた。









 翌日、フェイは大張り切りで目を覚ました。エメリナの部屋に突撃をかけて起こし、朝ご飯を食べてから掃除等をすませた。


「よしっ、では後はお昼を買えばOKじゃな」


 時刻は10時半を回ったところだ。お昼を吟味してからゆっくり行けばちょうどお昼ご飯の頃合いにつくだろう。


「エメリナ、昼は何がよいのじゃ?」

「うーん、折角だしちょっと贅沢しちゃいましょうか」


 フェイとの冒険者生活はやはり独りでやるより効率がよく、それなりに稼ぎはあがっている。

 いざというときのために貯金に余念のないエメリナだが、別にケチるつもりはない。たまの贅沢もできない枯れた生活なんて意味がない。


「ほう、贅沢とな。どんなものじゃ? 普段行っている店も充分に美味しいものばかりじゃったが」

「まぁ、そりゃそうだけど。普段行かない北側の高級地のお店とか?」

「うーむ、悪くはないが、あまり店に時間をかけるのものぅ」


 贅沢な食事と言うのも実にお腹がすく話題ではあるが、しかしそれに時間をかけ過ぎて肝心のピクニックがないがしろになっては意味がない。


「それもそうね。じゃあ食べたいものいって。ここから街の入り口までで目に付いたものを買いましょう」


 宿を出て、やや大回りになる道を通って普段から見慣れすぎている店とは少し変わった店を探す。


「食べたいもののぅ。そう言えばこのあたりで以前美味しいオムレツを食べたことがあったぞ」

「あら、そうなの? いいわね。パンに挟んでも美味しいし」

「うむ! いいの。よし、ではお弁当がないか聞いてみよう。わしの記憶が確かなら、確かこっちのあたりにあったの」

「確かならねぇ」

「なんじゃ。わしの記憶力はバッチリじゃぞ?」

「いや、ま、本人がそう思ってるならいいけど」


 エメリナとしてはフェイはちょいちょい抜けていることがあるし、興味がないことはすぐ忘れているのではないかと疑っている。

 実際には忘れていることもあるが、フェイは割合記憶力自体はいいほうだ。ただ夢中になると目の前のことしか見えず思い出さないだけで。冷静に思い出そうとすれば、ちゃんと覚えている。


「あ、あったぞ。聞いてくる!」










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