第42話 ピクニック4
「このくらいでよいかの?」
「もうちょっとあがって。下から攻撃されても届かないくらい。そう、そのくらいかしら」
「うむ、よいじゃろ」
地面から10メートル以上はあがっただろう。この森の木々はそれほど高くないので、木々よりずっと上に二人はいた。森のさらに奥は山とは言えないが丘のようになっている。
「あの、丘あたりかのぅ? しかしこうして見ても何もないの」
木々に埋もれないほどの大きな魔物だったらいいなぁと考えていたフェイとしてはがっかりだ。
丘部分には木々はなく、先ほどの花畑のようにひらけていて草が生えている。
「んー、まぁ、なかったらなかったでいいし、とりあえず丘まで行ってみましょうか」
不思議そうなフェイに、エメリナはフェイの勘違いだったのかと少しだけ警戒をゆるめながら促す。
「うむ。そうじゃのぅ。あー、ドラゴンとかおらんかのぅ」
「いや、困るわよ」
「エメリナも、ドラゴン見てみたいじゃろ?」
「見てみたいし、素材も高く売れるからいつか倒してみたい気もするけど、今はちょっと……」
たった2人でましてなんの準備もしていない。例えドラゴン種の中で最弱と言われる、知能の低く蜥蜴のようなドラコスでさえ、通常30ランク以上のベテランが集団で徹底的に準備をして行うものだ。
いくらフェイの身体強化によって2人で10人分は腕力があったとして、そうそう勝てるものではない。腕力だけで勝てるほど、ドラゴン種は弱くない。だからこそその素材は法外なほど高価なのだ。
「大丈夫じゃろ。ドラゴンは魔法に弱いんじゃし」
「え、え? そ、そうなの?」
「うむ。少なくともお爺様からはそう習っているぞ。知性が高く高魔力を秘めた個体になればなるほど、属性弱点が際立つのじゃ。なのでもし出会っても、わしがいれば楽勝じゃよ」
「………じゃあ、その時は頼むわよ?」
「うむ!」
さすがにドラゴンは冗談だし、習ったと言ってもドラゴンのエキスパートと言うことでもないだろう。話半分にエメリナは頼んだ。
任されたと判断したフェイは左手を握り込みながら元気よく頷き、胸元に引き寄せた左手の人差し指と親指で輪っかをつくり、眼前かざした。
「どれ、丘は……ん? よくよく見ると緑色の生き物がいるようじゃな」
「え、どんなの?」
「あまり大きくないが、まぁ、近づけばわかるじゃろう。少しスピードを上げるぞ」
「お、お願い」
不用意に近づいてもと思ったが、空を飛んでいるのだからすでに向かうからは見えている可能性がある。
エメリナの許可の元フェイは一気にスピードをあげ、この時ばかりは苦手意識も忘れ去られた。
エメリナの視点では流れる景色が早すぎて理解できないほどの早さで丘の上に到着するその瞬間、二人のすぐ前が空色にそまった。
「なっ!?」
混乱するエメリナにフェイは片腕で抱きつきながら、さらに結界内部に結界を展開する。
地面にいる魔物から水魔法による攻撃が仕掛けられたのだ。そしてそれが発射され、結界にぶつかるまでの時間が短すぎて2人には突然目の前に出現したように見えたのだ。
「ふむ、驚いたが、しかし威力はそれほどでもないの」
攻撃は一撃だけで、結界が水で覆われたのは僅かな間だけだった。したり顔のフェイに抱きしめられているエメリナは、あまりに一瞬のことに呆気にとられてぱちぱちとまばたきを繰り返す。
「……な、なに?」
「攻撃されたようじゃ。落ち着け、エメリナ。結界は一枚も破られてはおらんよ」
「そ、そう。大丈夫、落ち着いてるわ。落ち着いているわよ。大丈夫」
抱きつかれたことで自由になった左手で無意味にフェイの頭を撫でながら無駄に言葉を重ね、徐々に落ち着こうとするエメリナ。
「くかかっ! 混乱しているようだな!」
「!??」
だが、突然聞こえてきた高いのだか低いのだか分からぬ不可思議な声に息をするのも忘れて驚愕し、抱きついてきているフェイを片腕で抱きしめ返す。
「エメリナ! あの蜥蜴じゃ! 言葉を話すぞ!」
「誰が蜥蜴じゃこらぁ!」
丘にいる動く緑色の生き物を指差すフェイに、声は怒鳴り声をあげてきた。間違いなく丘の上の魔物が魔法で二人に話しかけてきており、また言葉を理解するだけでなく意思を伝える魔法を修得しているということは、かなりの高知能であり強大な力を持つ魔物と推測できる。フェイが感じた違和感を発していたのはあの蜥蜴で間違いないだろう。
「俺様は、ドラゴンじゃあああっ! くかっ、かかかかかっ! 人間よ! 恐れよ! 我こそはお前たちの、捕食者だ!」
「!」
自称ドラゴンの蜥蜴だった魔物は、雄叫びを笑い声をあげながらぐんぐんとその姿を巨大化させ、木々を超えて空を飛ぶフェイ達に鼻先を突きつけられるほどの大きさになった。
(おっ、おおおおおっ!? ドラゴン!? ドラゴンかっ! ドラゴンなのじゃな!? 初めて見たのじゃ! 思ったより格好良くないのじゃ!)
驚きで固まる二人にドラゴンはにんまり笑っているのだが、あいにく二人には爬虫類の表情はわからない。そんなことはお構いなしに高らかにドラゴンは二人に思念を送る。
「くかかかかっ! まんまるに目をあけて、間抜け面だな! お生憎だな!」
「フェイ! 逃げるわよ!」
「逃がさんよ! すでにお前らが逃げられねぇように、結界かけちまいましたー! 残念でしたー! くかかかっ!」
「ふぇっ、フェイ!?」
慌てるエメリナに対して返事をせず、フェイは空へ向かって風刃を放った。空高く飛んだ風は、だが途中で見えない壁にぶつかって消えた。
「うむ、事実のようじゃな。結構な魔力行使を感じたから、効果は高そうじゃし、解除するには骨が折れるの」
普段使う程度の魔法なら、使ったからと一々察したりはできないが、しかしドラゴンが捕食者だ!と叫んだ瞬間に広がる魔力は多すぎて、この距離で気づかない魔法使いはいないだろうというほどだった。
それを平然と行使したのだから、これはもしかするとかなりのピンチかも知れないとフェイは思いながら、左手人差し指の爪先で鼻の頭をかきつつテンションをさげる。
期待はしたがさすがに本当に叶うとは予想していなかったドラゴン遭遇にテンション急上昇していたが、さすがに今から戦闘が始まることも相手が強大であることも理解している。
とりあえず落ち着こうと、フェイはエメリナと元のように手を繋いで抱き合うのをやめる。
「くかっ、なにが骨が折れるだ。人間ごときが解除できるはずない。なにせこの、完璧なるドラゴン様の全魔力の半分を込めた結界だ。我の許可なく解除されるなぞありえんわ!」
(こやつ、あほじゃの)
ドラゴンは高度な知能を持つ魔物と言うことだが、所詮魔物は魔物なのか、または自身の強さを優位さを疑わぬ余裕からか、自ら半分の魔力を失うとは愚かとしか言えない。
得意そうな声をあげるドラゴンだが、すでに半分使っているということは先ほどのと同じほどの魔力を込めた魔法はもうないということだ。
もっと言えば、普通に考えればこれからドラゴンが使う攻撃魔法は先ほどの魔力の50から100分の1ほどだろう。先ほどの水魔法程度なら結界に全く傷をつけていない。これなら結界でなく、身体強化で硬度を上げて防御力をあげても、大怪我は防げるだろう。
「よし、エメリナ。当初の目的通り、あやつを倒そう」
「ほっ、本気!?」
「うむ。というか、逃げられぬ以上そうするしかあるまい。大丈夫じゃ。エメリナはわしが守る」
「………わかった。あなたを信じるわ」
「うむ。まず、固まっていては的になる。それぞれ動けるようにエメリナには強化魔法をかけよう」
「朝かけてくれたのは?」
「あれよりも強化して、防御力もあげておく。これで大丈夫じゃとは思うが、いざとなれば結界も使うから安心せい」
「あれ、自分の周り以外もできたの?」
「球体ではなく面であればできる」
フェイの返答にエメリナはほっとした。フェイのことを信じることを決めたが、いざこの結界を出ることは怖い。しかし遠くてもいざとなれば、すでに魔物の攻撃を防いだ実績のある結界が守ってくれるなら、安心して攻撃に集中できるというものだ。
「またあやつは水属性のドラゴンじゃ。弱点である火属性を短剣に灯そう」
言いながらフェイはエメリナの持つ短剣に手をかざす。
「属性付与」
ぽっと火がつき、短剣全体から炎が立ち込めてエメリナは慌てて腕をのばして短剣を体から離した。
「わ、これ、危なくない?」
「問題ない。触っても大丈夫じゃ。攻撃する対象にしか影響せん」
「確かに熱気はないけど……えいっ、あ、ほんとだ。熱くない。不思議ー」
意を決して炎に指を触れさせると、全く炎なんてないようにすら感じられ、短剣にまで触れて指全体が炎の中にあるが全く熱くない。
「これでよかろう。わしは飛び回ってエメリナに注意がいかぬようにするから、エメリナは悪いが地面から頑張ってくれ」
「わかったわ。いざとなったら頼むわよ?」
「うむ。任せよ」
「くかかっ! 打ち合わせは終わったかぁ? 誇り高きドラゴン様である我は、矮小な人間ごときのためならもう少しくらい待ってやってもよいぞ。ま! 勝つのは俺様なんだかな!」
「うるさい蜥蜴じゃな。もう十分じゃ! いくぞ!」
「だから蜥蜴なんかと一緒にしてんじゃねーぞこらぁ! くそ人間がっ!」
怒鳴るドラゴンにフェイは、はっと鼻で笑って、結界をといてエメリナの手を離し、ドラゴンへ向かって突進した。
「えっ」
落とされたエメリナは一瞬困惑したが、冷静に考えればフェイの身体強化ならこの程度なら余裕だ。慌ててエメリナは体勢を整えて着地した。ドラゴンの足先まであと少しだ。
○
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