第36話 猫耳

「なんと、確かに可愛らしく動いてはいたが、まさか本物じゃったとは」

「いやぁ、それほどでもありますよ」

「触ってもよいか? あ、尻尾も見たいのじゃ!」

「だっ、ダメですよ!」

「ケチケチするでない。あれか? 料金がかかるのか?」

「う………い、いくら積まれてもダメです!」

「今ちょっと揺れたでしょ」

「そんなまさか……子供だし、下心なさそうだしとか、考えてませんよ?」

「考えてるんじゃない」


 一般的に小さな子供ならともかく、成人したベルカ人が耳や尻尾を人に触らせることはない。子供なれば普通に頭をなでるように触ることはあるが、成長と共に敏感になり、人によっては触られている間は力が入らなくなるため、よほど親しい間柄でなければ触ったりはしない。

 それが転じて今では耳や尻尾を触らせるのは恋人か夫婦くらいであり、特に女性がみだりに触らせるのは破廉恥だと言われている。


 カルメもそれなりに妙齢の女性ではあるので、つい心が動きかけたことを誤魔化すように耳を伏せながら視線を逸らした。


「フェイ、耳や尻尾を触るのは、よっぽど親しくないとダメなの」

「よっぽどとはどのくらいじゃ?」

「恋人とか家族よ」


 呆れながらもエメリナが説明すると、フェイはうーむと腕を組みながら仕方ないかと諦めた。


「わしはカルメとは家族ではないし、恋人にもならんからのぅ」

「何故だかふられたような気持ちになりました」

「む? いや、別にカルメがどうと言うわけではないぞ? 好きだぞ?」

「ほんとですか?」

「うむ。好きじゃ。ちょー好きじゃ」

「……て、照れますね」

「うむ。ところで耳を…」

「ダメです」


 (意外と諦め悪いのね)


 今度こそはっきり断られて肩を落とすフェイに、慰めるべくそっとフェイの頭を撫でつつエメリナは声をかける。


「ほら、フェイ。あんまり言っちゃ失礼だからやめなさいって」

「うむ……わかった。すまんかったな、カルメ」

「いえいえ、いいですよ。それにしてもフェイさんが山にこもって生活してたとは知りませんでした。人と話すのも大変じゃないですか?」

「お爺様らと話していたから問題ない」

「ら? お爺様と二人暮らしじゃないの?」

「二人じゃが、動物もいたし、お爺様のつくった人工精霊もいたからの」

「人工精霊?」

「うむ。人間とは違うが、話す家みたいなもんじゃ」

「へぇ、そんなものもあるの」


 (すごいけど、喋る家って、想像つかないわね)


 相槌をうちつつも、もはや想像外のことだし当たり前のようにフェイが話す以上、魔法師だか魔法使いだかにとっては当たり前のことなのだろう。


「しゃ、喋る家ですか? え、それは生きている、的な!?」


 しかしエメリナと違いフェイの突飛さに慣れていないカルメは驚愕と共に尋ねた。


「いや、生命体ではない。例えば誰かが家に帰ればおかえりなさいと言って明かりを灯す、と言うように決められた通りにするものじゃ」

「音声を話す機械と言うことですか」

「うむ。学習していって会話ができるようになれば、段々愛着もでて家族のように思うが、生きてはおらんな」

「なるほど、じゃあ家の掃除をしてくれたりということじゃないんですね」

「魔法を組み込めばできんことはないが、普通はせんな。普通より魔力をくうし、自分でやるほうが確実じゃ」


 カルメはなるほどー、と納得しているが、聞いているエメリナにはやはりよくわからない。話す機械と言われてもピンとこない。

 それは一体何の意味があるのだろう。と言うのが正直な感想だ。


「そうですか、残念です」


 自動で掃除をしてくれるなら欲しいと思ったが、違うなら仕方ない。しかしカルメに魔法への興味が湧いたのは事実だ。


「フェイさん、また魔法のこと教えてもらってもいいですか?」

「構わんよ。じゃが今日はもう遅いからな。また今度にしてくれ」

「もちろんです。お二人とも、お疲れ様でした。ごゆっくりお休みください」

「ありがと。カルメもお疲れ様。お休みなさい」

「うむ、お休みなさい」


 カルメと別れて階段をあがり、フェイとは部屋の前で別れた。


「ふー、疲れた」


 ため息をもらしながら、エメリナは朝の内にくんで排水場においておいた桶の水でタオルを濡らして体を拭き、着替えをすませて寝た。










「そう言えば、二人はいつ休んでおるのじゃ?」


 エメリナと朝食を食べながら、フェイはふと疑問に思ったことを鍋を見ているマールに尋ねた。


「ん? 私とカルメのことか?」

「そうじゃ。毎日働いておるようじゃが」

「まあね。基本的に休みはないけど、日々交代で休憩や休みをとってるし、半日休みくらいならそれなりにとってるよ」

「では、丸一日休みと言うのはないのか?」

「病気になったら別だけど、そうだね」

「大変じゃのう」

「仕事だからね」


 フェイは毎週休みをとっているが、客商売となればそうもいかない。特に宿は今日は休みだから休業ともできないので、仕方ないと言えば仕方ない。


「では、カルメに魔法の話をするのも休みの日にとはいかんな」

「ん? そんな話を?」

「うむ」

「それなら、夜はどうだろう? 夕食の片付けが終わった後なら時間はあるし、それなら私も聞けるしね」

「それもそうじゃな」

「ねぇ、フェイ」

「なんじゃ?」


 黙って食べていたエメリナが声を上げた。視線をやるとちょうど食べ終わったところだった。

 エメリナと教会まで一緒に行くのが恒例となりつつある。フェイは促しつつ、食べ物を口に運ぶスピードを速めた。


「私も、一緒にその話聞いてもいい?」

「む! もちろんじゃ。しかし、それはいいのじゃが、別にこれといって話す内容は決まっておらん。あまり期待されてものぅ。がっかりせんでくれよ」

「魔法自体に興味があるんだから、大丈夫よ」

「私たちは夜なら基本いつでもいいから、時間がある時にでも来てくれカルメにも伝えておくよ」


 昨日と同じなら恐らく今夜でも可能だが、もしかしたら遅くなる、という可能性もないではない。確実には約束せずにおくことに同意する。

 そしてようやく食べ終わった。フェイは食器を揃えて置いた。


「わかった。さて、今日も美味であった。ごちそうさまじゃっ」

「お粗末様です。二人とも、行ってらっしゃい」


 エメリナと共に宿を出た。さて、今日はどんな依頼をしようか。フェイは現在累計3887ポイントの14ランクだ。次のランクまで1932ポイント。先日エメリナと二泊三日で2人で手に入れたポイントが730で1人365ポイントだった。

 ランクアップするためにはひとりで5泊分は働かないといけない。モチベーションがあがらない。

 さりとて、ポイントの為にだけに機械的にポイントの高いものをするというのも、やる気のでない話だ。フェイはランクをあげたいが、あげること自体が目的ではない。

 しばらくランクのことは考えずに、依頼をしよう。


「エメリナ、今日、一緒に組まんか?」

「あら、いいの?」

「む? 何故じゃ?」


 いいも何もフェイから誘っている。エメリナの反応に問いかけ返すと、エメリナは視線を前にやりながら、さらに問いかけてきた。


「昨日組んでた子たちは?」

「ん? ああ、見ておったのか。別にまた組む約束はしておらんよ」


 昨日はエメリナが先に教会を出ていたが、その時にまだ三人組といたフェイを見ていたのなら納得だ。しかしだからといって勘違いしてもらっては困る。

 否定したがエメリナは振り向いてフェイをじっと見ながらさらに問いかけてきた。


「そうなの……でも、あっちは待ってるかも知れないわよ。固定パーティーに誘われたりして」

「わしは誰とも固定パーティーを組んだりせんよ」

「? それはまだ慣れてないとかじゃなくて? まあ、まだ1ヶ月ほどだけど」

「それはある。しかし………まあ、組むことはないじゃろう」

「何か事情があるってこと?」


 いやに食いついてくるエメリナに面食らう。エメリナはいつも適度に距離を保ってくれていたのに、どうしたのだろうか。

 フェイは今更だが嘘をついていることが気まずくて、足を早めて自然に顔をそらす。


「まぁ、何でもよいではないか。エメリナには関係なかろう」

「…あー、そーですね。関係ない人間がずかずか聞いて、ごめんなさいね」


 しかしその言葉はまずかった。むっとして眉間に皺を寄せたエメリナは、唇を尖らせながらフェイよりさらにスピードを上げて歩き出した。


「む、いや、いや、お、怒ったか?」


 その態度と声の調子から察したフェイは慌ててエメリナの服の裾を掴んで追いかける。


「別にー、関係ない私が怒ってるかどうかなんて、フェイには関係ないでしょ」

「う、うーっ。エメリナは意地悪じゃっ。今のは間違いじゃ。えっと、話す。話すから、許してくれ」

「……別に、無理して話さなくてもいいわよ。確かにさっきのはいらっとしたけど、実際、パーティーだとしても何でも話さなきゃいけないってわけじゃないんだから」


 おろおろしながら服を引っ張るフェイに、さすがに大人気なかったかとエメリナはため息をつきながらスピードをゆるめ、フェイの手を握って服から離させた。


「うー……わし、嘘をついておるんじゃ?」

「嘘?」

「うむ。お爺様からの言いつけでな。じゃから、パーティーはくめん」

「何か、大変なことなの? 例えばその、ど、どこかから逃げてきた、とか?」

「ん? いや、そう言うわけのわからんことではない」


 フェイがあまりに深刻そうなので、まさか犯罪者の汚名を着せられているとか、誘拐されて逃げてきたとか、何かしらもの凄い差し迫った秘密があるのかと思ったが、そうではないらしい。

 エメリナはほっとしながらひそめていた声を普通の声量に戻してさらに問いかける。


「じゃあどういう嘘なの? バレたら困る嘘なの?」

「うーむ、困ることはないかも知れんが、嘘は嘘じゃしのぅ。まぁ、そういうことじゃから、嘘をばらしても秘密を守ってくれて、かつ許してくれるものとしかパーティーはくめんからな。今のところ固定パーティーが必要とも思えんし、くむ予定はない」

「そうなの。ごめんね、無理に話させて」


 秘密が何かは見当もつかないが、そういう事情があるなら、パーティーをくまない理由自体を言い渋るのもわかる。秘密がある、自体が秘密にしなければいけないものだ。


「エメリナなら、秘密は守るじゃろ? じゃから別にいいんじゃが……嘘ついて、すまんの」

「亡きお爺様の指示なら仕方ないわよ。気にしないで。フェイはフェイなんだから、それでいいじゃない」


 嘘をつくこと自体が後ろめたくてさっきのような態度になったのなら、それも仕方ないことだ。

 エメリナは流れで握ったままだったフェイの手をぎゅっと握って励ました。


「うむ! ありがとう、エメリナ」


 フェイの返事と共に飛び出た笑顔は、とても可愛らしいものだった。









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