第34話 声掛け事案
ミナイル山脈を出発して街へ帰りついたのはちょうどお昼を回ったところだった。二泊三日の楽しい行程で忘れがちだが、そもそもバカ男との遭遇を避けるためだった。
幸いセドリックは居なかったがその友人であるジュニアスがいた。しかしジュニアスはセドリックよりはまだ話が通じた。
「わしはお主らと一緒に依頼をする気はないぞ」
「この間は悪かったって。俺は別に、せっかくならと思っただけで、無理に誘う気はねーよ」
「それならよいが……セドリックはどうしたのじゃ?」
「あいつならもう出てるだろ。今日は安心していいぞ」
「……お主、えっと、ジュニアだったか」
「ジュニアスな」
「すまぬ。ジュニアス、ちと聞きたいことがあるのじゃが」
セドリックとは何としてでも一緒にしたくないので、恥を忍んでジュニアスにセドリックの受付平均時間を聞き出すことにした。
そして時間をずらすことに成功してから一週間経過した。
「あのー、すみません」
「ん? なんじゃ?」
今のところ順調に遭遇を避けているとは言え、セドリックが気まぐれに時間を変えれば見つかってしまう。依頼書を見ていて声をかけられたフェイは、警戒しながら振り向いた。
「あの、あなたフェイさん、ですよね?」
「……そうじゃが」
そこにいたのはセドリックとは似てもにつかない、華奢そうな少女3人組だった。
「やっぱり。お噂はかねがね」
「……そうか」
噂、と言われてやはりセドリック絡みかとフェイは眉をしかめた。
「あ、その、悪い噂ではないですよ。あなたが、すごい魔法使いだって聞いて」
少女は長いウェーブの髪をかきあげながらフェイのよいしょをしてくる。
露骨ではあるし、そもそもの噂がセドリック原因ではあるが、すごい魔法使いと言われて悪い気はしない。
考えてみれば悪目立ちはしたくないが、フェイの最終目標としては名前を売っていくことも重要だ。セドリックのことは許してあげよう。
「うむ、いかにも。わしは魔法使いじゃ」
胸をはって笑顔で答えるフェイに、少女三人はほっと胸をなで下ろす。先ほどから話している三人組のリーダーであるアビーがフェイの手をそっと掴む。
「ここでは邪魔になるから、少し座ってお話しませんか?」
「うーむ、構わんが、なんじゃ?」
「まぁまぁ」
強引とは感じないがさりげなく引かれてフェイは依頼掲示板の前から離れ、並んでいる椅子の一つに座った。フェイを挟むように少女は別れて左右に座った。
「改めて自己紹介するわね。私はアビー・オールディン。こっちがキャスト・ビーン。右の子がコリンナ・クックよ」
「そうか。わしはフェイ・アトキンソンじゃ」
ふわふわつり目がアビー、小さなおかっぱがキャスト、大きい剣を持ってるのがコリンナ、と一度に三人の名前を聞いたのは初めてなのでフェイは頭の中にメモをした。
「フェイさん、お願いと言うのはですね。少し相談にのっていただきたいんです」
「相談? それなら別に構わんが」
てっきり依頼を一緒にと言われると思っていたフェイは拍子抜けしつつも了承した。特に今は急いでいるわけでもない。
「実は私たち、最近うまくいかなくて、魔法を取り組もうかと思ってるんです。よければ魔法について、簡単に教えていただきたいのですが」
「魔法を、の。しかしの、魔法とは一朝一夕にできるものではないぞ。魔力の操作ができなければ話にならんのじゃ」
魔法について知りたいと言うなら、何でもと言うわけにはいかないが少しくらい、魔法使いにとっての魔法についての一般常識くらいなら教えても構わない。
しかしだからって簡単にできると思ってもらっては困る。エメリナにも言ったが、魔力を扱えることが大前提だ。
「もちろん、簡単とは思ってません。キャストは幼い頃に魔法を習っていて簡単な着火魔法くらいなら使えるんです。それと同じ程度の魔法で、何かいいものがあれば教えてほしいなって」
「今まで戦闘では使ってなかったんですけど……着火魔法でも、戦闘に役に立ちますかね?」
要するに下地はあるので簡単な魔法を教えてほしい、または魔法を戦闘に役立つ方法を教えてほしいと言うことだ。
しかし戦闘に魔法を使う方法と言っても、ないとしか答えられない。もちろん世の中にはそれを戦闘に使うのかと言うような魔法も、組み合わせることで戦闘に使ったりしている人はいるだろう。
だがフェイにとっては魔法攻撃は今のところ風刃しか使っていないし、ぶっちゃけると魔法による戦術も何もなく魔力を込めたごり押しだ。
「……キャストは、魔力はどのくらいかの?」
「な…760…です」
「う、うーむ。少ない魔力で使うこともできるが、戦闘のメインに持ってくることを考えると、厳しいの」
確かフェイの聞きかじりの知識では魔法使いは少なくても1000と聞いた。それより低いとなると、フェイにとってはどのくらい魔法が使えるのかすらわからない。
「あ、メインじゃなくて、あくまで私、剣士なので、その、補助に使えたら……いいかな、と」
「ふむ………補助で使ったことがないので、何とも言えんの」
「そうですか」
「ひとまず、やってみようかの」
「え?」
「じゃから、依頼をしてみると言っておる。わしがお主の使える魔法だけで補助ができるかしてみる。それでどうじゃ?」
凄腕魔法使いと言うことで魔法の相談を受けたのに、何もしないというのは魔法使いの名が下がる。面白そうだし、フェイは魔法研究も兼ねて三人と依頼をすることにした。
内容は最近三人が受けているものということで、赤尻豚の足狙いとなった。
○
道中、話を聞くとキャストが使える魔法は着火魔法と風を起こす魔法だけだった。びっくりするほどレパートリーがない。というか風を起こせるならそれを強くすれば風刃の習得は簡単なはずだ。着火ができるなら持続して火玉をつくるのも、基本原理が同じなので難しくないはずだ。
魔法は簡単なものではないが、一つできたならば基礎を習得したも同然だ。連鎖的に魔法を使うことはできるし、基礎からの強化程度の応用はそれほど難しくはない。
しかしそれはあくまで魔法使いであり体系的に魔法を学んだフェイの視点から見た考えだ。
キャストは魔法陣全て個別のものであるとして学んだらしい。それでは本当に理解したとは言えないし、だからこそ応用もうまくいかないのだろう。
「今、使えるか? 魔法陣を見たいのじゃ」
「あ、はい。これです」
依頼をこなす以上対等な関係なので敬語はいらないと言ったのだが、キャストだけは教えてもらうからと続けている。
「魔法陣はみんな一緒じゃないんですか?」
「いや、確かに広く使われるものもあるが、大抵その家ごとに微妙に違うものじゃ」
実際に魔法を使用して見せてもらおうと思ったのだが、キャストは左手人差し指と中指にはめている指輪を外して差し出してきた。
二つだけの上、魔法がメインでないなら魔法具にしていて当たり前かとフェイは黙って受け取り、魔法陣を確認する。
「ふむ……なるほど」
「なにか、わかります?」
「いや、少なくともこのままでは、着火を目くらましにするくらいしか使えんの」
魔法具の魔法陣は当然だが魔法陣の形が決まっている。フェイのように魔力だけで魔法陣をつくるなら自由に変えられるが、このままなら強弱や範囲を変えることもできない。
もちろん魔法具の魔法陣に重ねる形で変更はできるが、一つの魔法陣で表現するより少しだが魔力をくう。キャストには魔力量もだが、恐らく能力的にも使えないだろう。
「そうですか…」
「まぁ、とりあえずわしが補助をやるから、それで新たな魔法陣を学んででも使う価値があるか、確認するがいい。お主の魔力量なら、使わない方が楽かも知れん」
身体強化なら使い勝手もよいし、必要な時だけの使用なら魔力量的に問題ないだろうが、キャストでは難しいだろう。そう考えると、キャストの魔法を実用レベルにするのは相当難しい。
「はい。お願いします、フェイ先生」
「む? うむ、うむ! わしに任せるがよい」
しかし気分は悪くない。三人は同い年でフェイより二つ上と聞いたが、キャストは特に小柄でフェイと変わらない。何となく嬉しくなってフェイは鷹揚に頷いた。
キャスト自身はそれほど意識していなくて、教えてもらう立場だから言ったにすぎないが、フェイのその態度にはこっそり微笑んだ。
「フェイ、向こうに赤尻豚が見えてきたわ。どうする?」
振り向いたリーダーのアビーが声をかけてくる。
「うむ。そうじゃな、簡単な魔法と言うと着火魔法と風魔法以外では………」
戦闘を補助できる魔法は実践で使ったことはないが、頭の中にはある。例えば浮遊魔法と逆に重力を重くする事で動きをとめることができる。しかしこれはかなり面倒だ。加減を間違うと潰れて死んでしまう。そもそも割と複雑だ。眠らせる魔法などもあるが、対象に干渉するので難易度も魔力消費も低くはない。
(うーむ、簡単で役立つ魔法のぅ。地面を盛り上げて足止め? よければいいだけじゃし。風刃を改めて教えた方がマシか?)
駄目だ。魔法から選ぶとなると数が多すぎる。となると、難易度で選んだ魔法をいかに戦闘に使うかを考えたほうがいい。
キャストの習得している魔法陣は二つとも、魔力そのもの変換させるのではなく魔力を動かして事象を起こしている。そうなるとそれと同じ理屈のものなら新しい魔法陣を使いやすいだろう。
キャストの使用している魔法陣理論なら、例えば近接している際に魔力を使って対象の片足元だけ土をどけて姿勢をくずす。ならそれほど無理なくできそうだ。
対象からの距離と魔力消費量は比例するので、戦いながらその相手にならキャストでも数回くらいは使えるだろう。着火で目くらましと組み合わせれば、相手の隙を誘うくらいはできるはずだ。
「うむ、決めたぞ。着火で目くらましと、土魔法で足元をすくう。それで隙を作ってみるから、三人は普通に戦ってみよ」
「わかったわ。じゃあコリンナ、キャスト、いつも通りいくわよ」
「ん」
「わかりました」
○
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