第32話 ミナイル山脈8

 炎輪熊の魔法炎がフェイの風刃を狂わせたなら、その対策は単純だ。揺るがぬほどにより魔力を込めればいい。

 フェイが先ほどまでいた短鹿の巣まであがってきた熊は、小さな炎を呼吸と共に吐きながら巨体を揺らしてフェイを睨みつけてくる。


 ぐるぉ!


 熊は巣から3メートルほど間をあけて空に浮かぶフェイへと炎輪を吐き出してきた。

 しかしそれこそ望むところだ! 先ほどは正面からかき消された。ならば次はこちらの番だ!


「はっ!」


 フェイは魔法陣にありったけとまではいかないが、瞬間的に出せるだけの魔力をのせて風刃を放った。

 がくっと、魔力が減るのを実感した。体内の魔力が揺らぎ、一瞬浮遊魔法陣が歪んで体が落ち掛けた。危なかった。


 おぉぉぉ


 しかしその危険を持ってしても、それだけの価値はあった。フェイの放った風刃は炎輪熊の炎を吹き飛ばして炎輪熊の方耳を切りとばした。


「むっ」


 そして慌ててフェイは先程の風刃を解除する。風刃は放った後は魔力は消費されるばかりなので基本的にそれほど遠くまで飛ばないが、さすがに魔力を込めすぎた。

 炎輪熊の後ろの大木とさらに一つ向こうの木まで切ってしまった。解除したので三本目まではいかずに済んだが、さすがにこれほど魔力を込めると流石に大変なことになる。

 今までは本気を出す必要はなかったが、これからも当分出す必要はなさそうだ。疲れるし、それに越したことはない。


 ぐおおおおっ!


 激怒した炎輪熊はフェイにどんどん炎を吐き出してくる。しかし先ほどの感触ではもっと、半分以下でも大丈夫そうだった。


「くらえ!」


 フェイは前に猛烈牛に魔力を込めた時よりもう少し強いくらいに調整し、炎輪熊が生み出した4つの炎より多く6つの風刃を放った。


 ごおっ!


 4つの炎とちょうど相殺しあって突風となり、残りの2つが炎輪熊谷へ向かう。炎輪熊はうなり声をあげながら風刃へ腕を振りかぶって殴りつけ、その右手を肩まで縦に切り裂かれて悲鳴をあげた。


 ぐごぉぉぉ


 そして最後の一つで炎輪熊の頭を脳天から真っ二つにした。しばらくびくびくと動いていた炎輪熊だが絶命し、ゆらめいていた残った耳も消えて体毛が黒く染まる。


「よし、後は持って帰るだけじゃな」


 当初の予定よりは多少汚いが、胴体部分は無事だ。問題ないだろう。

 フェイはよいしょとかけ声をあげながら、熊を抱えた。いくら軽くてもさすがに大きいので、周りの木にぶつけたりして損なわないように運ぶのには難儀した。









「おーい、エメリナ」

「遅か………遅かったわね、フェイ」

「うむ、ちと手間取った。すまんが、この解体も頼めるか?」

「はいはい、川に下ろして。毛皮が傷つかないようにそっとよ」

「わかった」


 言われたとおりにそっとフェイは炎輪熊を川に置いても、そのフェイが隠れるほどの巨体に水面はどうしても揺れた。しかし幸い川は幅5メートルほどあり、熊を置いたことでせき止められることはなかった。


「こりゃまた、立派なの取ってきたわねぇ」

「すごいじゃろう」

「すごいすごい、偉い偉い」

「ふふん」


 熊は通常であれば少女一人で持ち上がるものではないが、フェイに身体強化を施されているエメリナにとってもそれはそれほど重いものではない。


「よいしょっと」


 エメリナはかけ声をかけつつも軽々と熊を持ち上げて、ナイフを熊に突き立てる。ナイフ自体の切れ味もあるが、今のエメリナにとっては己よりもずっと大きな熊の解体して皮を剥ぐことも、布団のシーツをとるかのように容易い。


「やっておくから、フェイは短鹿の角の根元側あらっておいて」

「了解した」


 今度こそ忘れずに持ってきた袋詰めの角を出す。ちょっぴり血が滴っている部分を川につけて、指でこすって血を落としてから河辺の木にたてかけていく。

 それほど時間はかからず並べ終わったので魔法で乾かしてから、今度は袋を洗って乾かして角を再び詰めた。これで完璧だ。

 エメリナも見るとすでに皮は剥ぎ終わり解体の真っ最中だ。


「エメリナ、終わったぞ」

「ん。じゃあこっちももうちょっとだしお昼の準備お願いしていい?」

「任せよ」

「うむ。フェイ君、君に昼食隊長への就任を命ずる!」

「ははっ! 承りました!」


 ふざけながら返事をしつつ、さっそく手を洗ってからお昼の準備にとりかかる。

 といっても、お昼用にと拠点から出る前にパンを持ってきている。スープがなくても食べれるよう、朝のスープにひたしてから蒸し焼きにしておいた。このまま食べれる程度には味も柔らかさも十分だ。

 しかし折角準備を任されたのだからもっと何かないかとフェイは考える。


 とは言えさすがに鍋も調味料もない。最悪鍋などなくても、魔法で頑張ったとしても調味料がないのでは追加は難しい。

 わざわざテーブルをつくるのも、何となくだがおかしい気がする。テントの前は拠点だからいいが、森の中でいきなり机と椅子があるのはやはり変だ。

 仕方ないのでポケットの中に入れておいたパンを出して温め、同じポケットからカップを2つだして水を入れる。これで完了だ。物足りない。これでは隊長の面目たたない。

 とりあえず落ち着いて食べれるように魔物除けを展開してからエメリナを振り向く。


「エメリナー、パンと水ですぐ食べれるようにはしたが、後何かいるかの?」

「んー? そうねえ、特にないわね。こっちも、もう、終わる、からっ。よし、終わったー!」


 エメリナは部位ごとに切り落とした肉も袋に詰め、そのまま川の水で血が流れていくようにしてから手を洗ってポーチからハンカチを出しながら振り向いた。


「お待たせお待たせ」

「ご苦労じゃったの。ささ、どうぞ」

「ありがとー」


 手を拭いてフェイからカップを受け取り、一気に飲みほした。


「んーっ、冷たくて美味しい。魔法ってほんと、地味に便利よね」


 魔法で出す水は綺麗、新鮮、かさばらない。長期遠征で水源の確保が難しい場合なら喉から手が出るほど重宝されるだろう。今回のような山だと今まさにいるように川などがあるし普通に飲むが、衛生面で全く問題がないわけではない。


「わしとしては、もっと派手に活躍したいがな」

「飛ぶのも派手だと思うけどね。さて、お腹減ったわ」


 河辺の木陰に並んで腰掛ける。エメリナのカップに水を注ぎなおしてから、パンを渡す。

 今は別に祈りを口に出してもいいのだが、お互いに癖になっているので心の中で祈りを済ませてからパンを食べる。

 ふにゃりとしていて食べる分には問題ないが味が薄い。それでも野外でとる分には十分だ。2人とも味に関する感想は避けた。


「さて、お腹も膨れたし、荷物も膨れたし、いったん荷物をテントに運びましょうか」

「うむ。そしたら次は震え狐じゃな」

「ええ。震え狐は土の中にいるから、また探すの大変よ」

「そうなのか? わしがこの前見た時は地上を走っておったぞ」

「あくまで巣がってことよ」


 会話をしながらも持ち上げると、炎輪熊のせいか大量の荷物に前が見えないほどの量だ。

 エメリナは嬉しくなる反面、いくら軽くても帰りは大変だなと少しだけ憂鬱になった。









 震え狐は土の中に巣を作る。と言っても地下に穴を掘るわけではない。山の傾斜部分に横穴をあけて巣にしているのだ。また用心深くその入り口を隠しており、鳴き声もめったに出さない。

 狩りの時には外にでていて見かけることもあるが、巣については見つからないように細心の注意を払っており、外敵を認識していなくても入る前に追っ手を巻くようにあたりを動き回って巣に戻ると言うことをする。

 その為、震え狐の子供を狙う場合は巣を探した方が早い。震え狐は長くもこもこした体毛が特徴で、その中でも尻尾が特に長く、体と同じほどの大きさになっている。

 寒さに弱いのが特徴で、火の気がない場所で毛を全て刈ると全身を大きく震わせ、震えすぎて舌を噛んで窒息死してしまう。そんな繊細な生き物なのだが、その毛は非常に暖かく冬場に重宝される。


 今回の依頼はその毛と尻尾ごと採取と子供だ。子供は生け捕りにして連れ帰り、冬まで育ててから毛を刈るのだ。温かい部屋で刈り取り、服を着せるのだが生き残れるのは数少ない。


「むー、全然見つからんのー」

「そーなのよね。こればっかりは、怪しいところを触って巣がないか探すしかないのよね」


 巣は枝葉などで入り口が隠されてめったに鳴き声もあげない。巣をつくる条件も傾斜部分で特別土壌が緩いなどの悪条件さえなければ、どこにでも作れる。

 震え狐なりの条件はあるらしいが少なくとも人間にはわからないので、傾斜部分で草が生えていたり枝葉が重なっている部分をしらみつぶしに探すしかない。


「穴があったら、中を覗くのには気をつけてね。向こうから攻撃されることもあるから」

「わかっておる。んー、とりあえず攻撃すればいいんじゃろ?」

「いいわけあるか。生け捕りの意味わかってる?」

「おー、そうじゃった。ではどうするんじゃ?」

「うん。とりあえず説明終わる前に行動開始するの、やめましょうね」









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