第31話 ミナイル山脈7

 短鹿も上から狙われることはさすがに想定外だったようで、巣を見つけた後は100パーセント仕留めることができた。


「いたわ」

「どこじゃ?」

「あそこ、ほら、しかも脇に子供がいるわ」

「おお。確かに。これで子供は2匹目じゃの」

「今度は綺麗にしとめてね」

「さっきはさっきじゃ。任せよ」


 エメリナが指差した方向を覗き込み、目標を定めたフェイは右手を向ける。イメージとしては中指付け根の部分が重なるようにすると、ちょうどまっすぐ飛ぶ。

 ただ距離が距離だ。手で対象が隠れてしまうので、魔法を発射した後は目視で微調整しなければ目標のどこに当たるかわからない。

 狙いをつけること自体を魔法に組み込むこともできるが、それは少し時間がかかる。生き物なので相手を登録するのが面倒なのだ。それなら数打ちゃ当たる方がずっと魔力面でも楽だ。


 フェイは正確に命中させるため、あえて魔法のスピードを落とすことにした。それならば軌道の融通もきかせやすい。ただ逃げられる可能性もあるので、一度に2発打って挟み撃ちにすることにした。

 

「風刃っ」


 気合いをいれて二重展開した風刃を発射させる。指先で追加魔法陣を作成して方向の指示を出す。


 狙う先には寝そべる母親鹿と、その回りで歩く練習をしている子供鹿だ。


 キィッ


 風刃に気づいた短鹿が腰を上げ自分の子供の首根っこをくわえて立ち上がるが、まだ風刃まで距離がある。

 1枚目の風刃はそのまま真っ直ぐの軌道で、2枚目は先回りさせるべくスピードをあげて短鹿の下方へ回らせる。


 キーッ


 子供をくわえたまま甲高い音をたてる短鹿。角から発せられている音だ。仲間同士でのコミュニケーションに使われる。仲間を呼んでいるのだが、短鹿が何匹こようと空にいれば問題ない。


「はっ」


 植から上からの攻撃に対し下へ逃げようとする短鹿に、下からわざと外れるように勢いよく2枚目の風刃をで攻撃する。


 キイッ

 

 下にも敵がいるのかと短鹿がひるんだ隙に、追いついた一枚目が短鹿の胴体を上半身と下半身になるよう切り離した。

 まだ息があるようでキーッと甲高い音を角から出しているが、倒れ込み動くことはできない。角のない小鹿はきぃきぃ鳴きながら親の顔をなめている。


「どうじゃっ」

「うん、上出来よ。小鹿が逃げちゃわない内に降りましょう」

「そう急かすでない」


 そっと短鹿の巣に降りてきて結界を解除し、慎重に枝の上に立ってから手を離す。葉だけの部分でも鹿は立っていたが、だからといって歩き回るのは危険なので基本的に枝の上だけを歩く。

 きぃ、きぃと小鹿の声が小さくなっている。すでに体が二つになり大量に血を流している母親鹿は息絶え、角の音も止んでいる。


「…早く、楽にしてやるかの。エメリナ」

「ええ」


 エメリナは近づいても親から離れようとしない小鹿の頭を掴んで、ナイフを突き刺した。あっさりと小鹿は絶命した。

 基本的に小鹿の間は角もなく牙もなく体自体が非常に弱い。だからこそその肉質も大人と違い柔らかく美味しい。


「さて、じゃあ、ちゃっちゃと解体しますか。フェイ、角とっといて」

「了解した」


 うつろな目をした大人鹿に近寄り、角を左手で掴んで右手を根元に当てるようにして肉ごと切り取るようにして角を取り外す。

 より長いほど価値があがるため、頭皮ごとはがすのが一番いいのだ。もちろん見た目はグロテスクになるが。

 今は気にならないが後々匂いが気になるだろうなと思いながら袋に詰めて、ひとまず荷物を置いてエメリナを見る。


 エメリナは軽く血抜きを済ませてさっさと袋に小鹿を放り込む。もたもたしているとさっきの角音で呼ばれた仲間が集まってしまって面倒だ。


「こんなものかしらね。さすがにかさばってきたわね」


 これで大人鹿の角は7匹分、小鹿の肉が2匹分だ。


「そうじゃのう。とりあえず、お腹が減ってきた。昼食にせんか?」

「そうねぇ。でもできれば匂いがあるし、川辺で洗ってからにしたいわね」

「そうじゃのぅ。水は出せるが、川の方が楽じゃしの」

「そうね、せっかくだし川につけて血を流しましょうか」


 わざわざ下に降りるのも面倒なので、エメリナと手を繋いで再び飛び上がり、川を目指す。すでに昨日の時点で見つけているので、探すのは簡単だ。


 (お昼だと思うと、なんだか体が軽く感じられるのぅ? 我ながら単純じゃ)


 重さを軽くしているので当然だがフェイは己の身軽さに何となく違和感を覚えながら移動し、見えてきた川に向かって降り立った。


「よし、と。もう私、だいぶ空を飛ぶのにも慣れてきたわ」

「そうじゃの、さすがじゃ」

「ありがと。じゃあ、ちゃちゃっと川の中でむいて、血を流すわね。あ、角も流すから貸して」

「うむ?」

「ん?」

「………忘れた」

「え」


 道理で身軽に感じるはずだ。さっきまで腰にぶら下げていた角をいれた袋を置いてきたのだから。身体強化や浮遊魔法のせいで重さ自体は意識していなかったので気づかなかった。


「エメリナ、ちょっと取ってくるから待っておれ」

「もう、早くしてよ」

「もちろんじゃ。すぐに戻る」


 慌ててフェイは反対を向いて、ひょいと木より高くジャンプしてから風魔法で自分の背中を押した。独りなら飛ぶよりもはねた方がずっと早いし、飛びやすい。

 途中で足元に結界をつくって足場にしてさらに高く飛び、すぐに元の場所に戻った。


「ととっ」


 勢いよく巣に着地したため、大きく枝が巣ごとたわんで、フェイはたたらをふみながらも自分の荷物を手に取る。


「うむ、問題な」


 ぐおおぉぉー


「む?」


 すぐに飛び上がろうとして、下からのぶとい鳴き声が聞こえた。フェイは巣の端っこに立って下を覗き込む。



 ぐおー


 図体が大きく、足元が黒く徐々に赤くなり頭の上についている耳が真っ赤になっている熊がいた。


 ぐおおおっ


 フェイを見ると激しく声をあげている。短鹿がいないのはあいつが追い払ったのだろうか。そこにいたのは炎輪熊だった。炎輪熊は耳先が炎でできている、火属性を身におびた熊だ。

 魔物の全てがそれぞれ一つの属性をおびた魔力を体に宿しているが、攻撃に魔法を使用する魔物はそれほど多くない。消費しきると人間は疲れて力が入らなくなるだけだが、魔物は違う。魔物が魔力を完全に使い切ると存在を保てなくなるのでそれを防ぐために体の一部が失われ、魔力の代わりに当てられる。

 その為魔物の多くは魔法を使わない。しかし魔力を多く持つ個体や、絶体絶命の危機には使うことがある。炎輪熊はその耳が常に燃えているほど、体内における魔力の比重が高い。

 その為、割合魔法を使うことが多い。またその魔法は生き物以外が燃えないように指定された魔法となっていて、耳が触れても木々や草は燃えない。


 しかし当然フェイがくらえば燃えてしまう。


「ふむ。炎輪熊は毛皮と肉、じゃったな」


 この山でそう個体数が多くない魔物なので、見逃す手はない。それにエメリナを驚かすのも一興だ。

 毛皮なら、可能な限り綺麗に殺さなければいけない。ここからなら距離もあるので安全にじっくり狙える。


「………うーん」


 やはり定番は頭か。しかし獲物は完全にフェイを捉えている。真正面なら躱される可能性は低くない。近づいて狙うか。


 (うーむ、迷うのぅ)


 自分独りで受けた依頼なら、多少金額が下がったところで大したことはない。とりあえずやってみてから考える。しかしエメリナと一緒となれば話は別だ。それに折角驚かすならば、最高点で報告したい。


 ぐぉ、ぐぉ、ぐぉー


「むぉ?」


 鳴き声がかわり、改めて下に意識をやると炎輪熊はフェイのいる巣の大本となる木にのぼろうとしていた。爪をたてて木の皮を半ばはがしながら器用に登ってきている。

 鼻息も荒く鼻から火を吹いていたりしてとても怖い顔をしている。おちおち考えごともできない。


「ふむ…うむ、ま、とりあえずやってみるかの」


 (最悪、胴体を真っ二つにしなければよかろう)


 最高点を狙っていたフェイだが、面倒になったのでとりあえず最低点の基準だけつけ、とにかくやってみることにした。


「ゆくぞっ、熊公っ」


 フェイはまずストレートに風刃を首目掛けて放った。全くの無計画ではない。木登り中の今ならとっさに避けれない可能性を考えたのだ。


 ぐぉん!


 熊は口をあけ、一鳴きした。大きな声と共に、炎が勢いよく吐き出され風刃とぶつかり、風刃は方向性を失って四方への強烈な突風へと変化して消えた。


「な、なんと」


 光と闇を覗いた5属性ではそれぞれ相性があり、全く同じ魔法で同じ魔力量を込めた場合を比べると、火は風に弱いとされている。もちろん魔法陣により異なるが、しかし一属性しか持たない魔物退治において属性はそれなりに重視されている。

 その程度には相性の効果は実証されているので、フェイは炎輪熊に風刃が消されるとは全く考えていなかった。

 しかし実際には風刃は消えたわけではない。むしろ跡形もなく消えたのは炎だ。ただその熱による空気の対流によって風刃は方向性を狂わせられ、一方向への力でなくなったためにただ強い風となり、攻撃とは呼べない威力になったのだ。

 もちろんただの炎ならあの程度の大きさで干渉されることはない。しかし魔力によって作られた炎であるため、風刃に干渉したのだ。


「…ふむ、面白い」


 考えればフェイは魔法を使う魔物退治は初めてだ。

 フェイは不敵に微笑みながら、取りあえず熊の攻撃から逃げるべく、空に浮き上がった。











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