第30話 ミナイル山脈6
エメリナがフェイに起こされた時にはすでに朝食の支度どころか、エメリナ用に顔を洗う水も用意されていた。至れり尽くせりだ。
声をかけられた時はフェイの存在に驚いて珍しく一気に目が覚めたが、起きてみればなんと言うこともない。改めてフェイはいい子だなぁと思っただけだった。昨夜は警戒なんかして申し訳ないくらいだ。
朝食をいただいて支度をすませ、フェイに身体強化の魔法もかけてもらい、さっそく依頼へ出発だ。
「今日の依頼は短鹿狙いで行きましょう。もちろん途中で他のを見つけたら別だから教えてね」
「うむ」
一応全ての特徴はフェイの頭にも入っているので、基本的に短鹿のいそうな辺りを探しつつ、他にいたなら効率よく狩っていくつもりだ。
短鹿は急な傾斜の岩壁などによく生息しているが、ミナイル山脈の短鹿は八分目より上の頂上にある高い木々の上に住んでいる。
上と言っても空中であると言うことではない。木々の枝を渡り歩き、子を産むときには大木の枝を巣として生きている。
短鹿は逃げ足が早く、木々を走っているのを見つけてもすぐに逃げられてしまう。そこで狙うのは巣だ。短鹿はつがいをつくって子供が大人になるまでは巣をつくる。独り立ちするまで約半年ほどで、今の時期であれば去年につがいをつくった夫婦の子供がそろそろ生まれるか、または気の早いものが巣をつくりだす頃だ。
依頼にある短鹿の子供の肉は時期のため見つからないこともあるので、最悪大人の角だけでも完了となっているが、できることなら完全に達成したい。
と言うことで探すのは子供のいる巣だ。つがいだけだと揃って狩りにでるが、子供がいると雌と子が残る。また子は大人と鳴き声が違う。
巣は太い木のギリギリ枝が折れない上の方に作られる。周りの枝を集めて、枝通しを絡めて太くして、その上に葉などをしきつめている。幹の真下から見上げてもたまたま枝が重なっているのかどうかは見分けることが難しい。
なので見つける為には木に登る必要がある。自分自身が短鹿と同じように木々に登って探す必要がある。
エメリナは手頃そうな木を見つけると登りだす。慣れた作業ではあるが、しかし身体強化のおかげがかなり楽だ。ジャンプして登って行くこともできるが、しかしあまり派手に音をたてるのは良くないので、普通に登る。
「よい、しょ。と。フェイー、ついてきてるー?」
「うむ、問題ない」
「わっ、と、ととっ」
中程より少し上、短鹿が巣をつくる平均より低めまで登ったところで枝にまたがりながら下を見ると、すぐそこにフェイがいて思わずエメリナはのけぞる。
「す、すまぬ。驚かしたかの」
フェイは腕を回してバランスをとろうとするエメリナの手を引いて落ち着かせ、そっとエメリナが座る隣に立った。
「いや、驚いたけど、そう言えば飛べたわね」
「うむ。あまり早くは無理じゃが、ゆっくりならできる」
「それ、飛行魔法よね? 空を飛ぶなんて、すごく魔法使いっぽいわ」
「うーむ、空を飛ぶと言ってものぅ。浮かして風で動かしておるだけじゃからの。そんな大したものではない。難しいから、使い勝手も悪いんじゃ」
「難しいの?」
「うむ、長距離を早く移動したいなら、結局走るのが一番早いの」
「なんだか、夢がないわね」
「それはわしのせいではない」
肩をすくめるフェイにエメリナもそれはそうねと同意しつつ、さて、初回にちょっと飛ばせてもらって感激していたが、すっかり失念していた。飛べるならばこんな風にちまちま木にしがみつく必要はない。
「フェイ、空飛ばせて。空から探しましょ」
短鹿の巣は上の方で、日当たりのよい場所につくられることが多い。つまり上から見れるならば探すことは簡単だ。
「うん? う、うむ。構わんぞ」
得意ではないが、しかしできないわけでもない。フェイは視線をエメリナから外しつつも頷いた。
そんなフェイの態度を不思議に思いつつ、エメリナからすればすでに一度10秒ほどだが飛ばしてもらったし、何よりたった今浮かんでいたフェイがそんな苦手意識を持っているとは思い浮かばない。
強化魔法もそうだが飛ばしてもらうのにも、基本的に直接触るのが一番魔力消費の効率がいい。フェイからそう教わっているので、エメリナはフェイに右手を差し出す。
フェイは気持ちゆっくりめに左手を出して、そのエメリナの手を握った。
「ゆくぞ、ゆっくりとな」
「お願い」
「浮遊、上昇」
体が軽くなり、体が木から浮かびあがるのを感じてエメリナはぎゅっとフェイの手を握り返す力を込める。
大丈夫だとはわかっているが、強く握らなければ手が離れて落ちてしまいそうな気がして、つい力が入ってしまう。
「エメリナ、今回は高くまであがるから、周りに結界をはるぞ。もし手が離れても見えない地面があるようなものじゃ。安心せい。せーの、結界」
「ど、どこに? 見えないけど」
「いや、そりゃあ、見えたら下が見えんから意味がないじゃろ」
「あ、そ、そっか」
ちょっと呆れた様子のフェイにエメリナは照れ隠しに意味なく数度頷きながら、下をちらっと見る。
会話をしながらも、ゆっくりと上に浮かんでいく。浮いている感覚はなんだがふわふわしていて慣れないけれど、おかしな感じではない。なんだかわくわくして、子供の頃を思い出す。
エメリナは無意識に口角をあげながら顔を上げる。
「エメリナ、ちょっと手を伸ばしてみよ」
「え? こう?」
エメリナは前方にぱーに開いた左手を突き出すが、もちろんそこには何もない。
「そうではない。横にじゃ。こっちの手も、伸ばして」
エメリナには感知できていないが、自分でつくった結界なのでその大きさは自分で理解している。
結界は自分を中心に2メートルほどの球体だ。中心はあくまでフェイなのだ。結界の大きさはエメリナが両手を伸ばせば結界の壁に届く程度だ。結界にも種類があるが、基本的に物理的に触れられる結界を使用している。
「あ、ちょっと、わ、え、かたい」
フェイに握られている手を伸ばされて少しびびったエメリナだが、その勢いで振った左手が結界に触れていきおいよく振り向いてその空間をまじまじと見る。もちろんエメリナには何も見えない。
「わ、ほんとに壁みたいね」
エメリナはその感触に興味津々で、繋いでいる右手に力を込めるのも忘れて、左手でこんこんと叩いたりしている。
「うむ。今回は魔法を通すようにしておるので、わしが攻撃をしよう」
「あ、そっか。これがあったら、私の弓が通らないものね」
「うむ。まあ前を解除することもできるがの」
前方だけを逆に魔法のみ通さない結界にタイプを変更すれば、落下防止に足元は触れられる結界があり前だけ壁がない状態になる。
しかしそうするとフェイが攻撃できない。横からでも魔法はだせるが、そうなるとコントロールが少し難しい。
「うん、じゃあとりあえず短鹿を探しましょうか」
「うむ。高さはこのくらいかの?」
現在は木々より少し高い位置で止まっている。フェイが朝にも飛んでいた高さでもある。
「それでは、わしがゆっくり前に進むから、エメリナは下を見ていてくれ。わしも見るが、前を見るのも必要じゃからな」
「ええ、わかったわ。任せて」
(それにしても、やっぱり慣れないわね。楽しいけど、ちょっとだけ怖いわね)
エメリナは高所恐怖症と言うわけではないし、むしろ高いところは好きだが、足元に何もない不安定な状況では何となく落ち着かない。
何か掴まる物が欲しくて、再びフェイの手を強く握りながら下を向く。するとふわりとした自然な流れで足が後ろへ流れるように浮き上がり、体全体が斜めになる。
「わ」
「大丈夫じゃよ。エメリナならじき慣れる」
(もう、簡単に言ってくれるんだから)
慌ててついフェイの左手を抱きしめるように右手を曲げて胸元に引き寄せるエメリナに、フェイは笑いながらそう言う。
その言葉が単なる慰めなのか、またはエメリナを必要以上に買っているのかわからないが、しかしエメリナの中にちょっとした反発心が生まれたのは確かだ。
(まず落ち着きましょう。軽く動いて、どうなるのか検証しないと)
エメリナは右手を伸ばして、フェイを振り回さない程度に動いてみる。少しの動きで思った以上に動く。反動も大きく、地上のように動いても体勢を崩すだけだ。
エメリナは少しずつ体を動かして、どの程度の力の入れ方がベストか動きを確認する。
(この、くらいかしら。うん。水面に浮かんでる時みたいに、力を抜いていた方がいいわね)
少しだが慣れてきたので、エメリナは改めて眼下を見下ろす。木々の隙間から下が見えるが、しかし木々は通り過ぎてしまって。じっくり見えなかった。
「フェイ、もっとゆっくりいきましょう」
「なに、もっとか?」
「ええ。そうね、一つ一つの木を見ていきましょうか。それが一番効率がいいわ」
「うーん、まぁ、そうか。わかった。ではまずこれから見ていくか」
結局、一つ一つの木の上に止まるようにして巣を探した。
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