第29話 ミナイル山脈5

 夕食はエメリナが処理して焼いて塩をふった回転兎のステーキと乾パンとスープだ。

 日持ちするように乾燥させた乾パンは固くて、水分を含ませないとそうそう食べられるものではない。塩と余った回転兎だけの簡単なスープでも、乾パンをつけて食べるには十分だ。

 野宿ではスープを作るのが難しいことも少なくないので、これでもかなり贅沢な食事だ。ちなみにスープがない場合はひたすら乾パンが唾でふやけるまで口の中で転がさなければいけない。割と辛い。


 夕食を済ませてから片づけをして、腕輪の魔力が十分朝まで持つ程度残っていることを確認し、眠りについた。

 いつもよりは少し早いが、2人とも疲れていた。魔物除けにくわえてエメリナの希望によりテントは土の壁で囲まれてさらに安全になったので、2人とも何ら気にかけることなく熟睡した。


 朝、フェイは目を覚ますと見慣れぬ光景に一瞬頭にクエスチョンマークが浮かんだが、ベッドに比べて固い背中の感触に野宿していることを思い出す。


「んー」


 初めこそ興味深かったが、やはりベッドに比べると寝心地は天と地だ。微妙に眠気が取れづらい。寝ぼけた頭を起こすため声を出しながら起き上がる。


「む」


 荷物の向こうにエメリナが入ってるらしき布の膨らみが見えたので口を閉じる。

 そっと入り口のめくり、外の壁を一部だけ崩すと光が差し込んできた。光でエメリナを起こさないよう、気をつけながら表にでる。


「まぶっ」


 予想以上に強い日差しにフェイは目を一度閉じ、左手をかざして影をつくって細目を開いてテントの入り口をしめた。


 特に無くす必要もないのでそのままにしていた椅子と机の下に魔物ではない普通の鼠が数匹いたが、出てきたフェイに驚いて逃げていった。


「んー!」


 慣れてきたので左手の日除けを止めて、両腕を天に向けて背伸びをする。ばき、と左肩がなった。


 さて、とフェイはテントを振り向く。エメリナはまだ寝ている。昨夜はエメリナに夕食をつくってもらったので、朝ご飯はつくろう。

 と決めたはいいが、さてどうするか。昨日の兎は食べきった。持ってきている食料は日数より多めの乾パン、干し肉、塩くらいだ。それ以外にもいざという時にと持ってきているらしいがフェイには公開されていない。

 実際にはエメリナ用の私物で買ったお菓子なのだが、高価なので秘密にしている。もちろんいざという時には分け合う気持ちだが、いざとならないなら独り占めしたいのが乙女心だ。


 朝ご飯の支度だが、これから狩ってくるというのもできない。フェイには処理ができないからだ。パンはあるので朝は軽くてもいいだろう。

 ならば作るのはスープくらいだ。スープと言っても塩だけだ。それではあまりに寂しい。味付けは仕方ないとしても、何か一つくらい具が欲しいところだ。


「そうじゃ、卵じゃ」


 ふと思いついたがなかなか名案ではないか。卵なら処理は洗う程度だ。美味しいし、焼いてもいい。

 フェイはさっそく卵を探しに行くことにした。


 テントはエメリナが出てくることを考えて、入り口の前のスペースを少しあけて土壁をつくり、外にでてからまたいで出られるようにした。


 そしていざ出発だ。









「ううむ、なかなか見つからんのぅ」


 鳥の巣を探しに出てきたはいいが、それらしきものが見つからない。というかどうやって探せばいいものか。


 フェイは山奥に住んでいた。山奥であり森の奥でもあり、辺りは木々ばかりで高祖父が強力な魔物除けをしていたので魔物があまりいない自然に溢れた、というか自然しかない場所だった。

 しかし食料の調達は殆どしたことがない。というのもフェイが物心つく前に高祖父が数十年単位で引きこもれるように大量の食料を買い込み、しかも長期保存できるように特殊な魔法をかけた保管庫に保存していたのだ。どれも新鮮なまま食卓にあがっているので、改めて狩ったり取ったりする必要がなかった。と言うわけで、自力で食料を手に入れる方法は全くわからない。

 山歩きは慣れているが、あくまで散歩や魔法の練習のため、庭にでている感覚だ。鳥の巣を見つけたことはあっても、意図して探したわけではない。


「そうじゃ。鳥を探そう」


 (巣は動かんから見つけにくいのじゃ。動く鳥を探して鳥を追えば、巣までたどりつくのじゃ)


 同じものを探すのでも動いているものなら意識もいくし気づきやすい。鳥を見つけたからと行ってすぐに巣に戻るとは限らないが、現状見つかっていない以上方法を変えるのも手段の一つだ。


「お、いたのじゃ。あれの巣を…あれ」


 飛んでいく鳥を見かけたので追いかけて走ろうとして、鳥は木のさらに上を飛んでいて枝葉に隠れて見えなくなった。


「むぅ、なかなか難しいの」


 早くしなければエメリナが起きてしまう。どうすれば鳥を見失わないのか。


「……あ、そうじゃ。もっと近づけばよいのか」


 見つかりにくいのは、遠くて見えにくいからだ。ならもっと近づけば鳥ではなく巣も見つけられるのではないか。盲点だった。

 フェイは魔法を使いふわふわと浮かび上がる。この魔法は土魔法の一種だ。重さを操り、軽くしている。そして風魔法で周りの空気の流れを止めて自身が風に飛ばされないようにしつつ、さらに別の風魔法で体を押して移動する。

 飛行魔法と呼ばれるのは以上3つの魔法を組み合わせたものだ。


 (そーっと行けば大丈夫じゃろ)


 世の中のイメージとして御伽噺の魔法使いは空を当たり前のように飛ぶ。しかし実際は自由自在に飛ぶ、とはなかなか行かない。高すぎると呼吸や気温の問題もある。そもそも目に見えているものを風で動かすのは簡単だが、自身の姿を客観的に見ることはできないので操作自体が難しいのだ。


 触らずに物を動かす移動魔法と飛行魔法は基本的な構造は殆ど同じだが、フェイは飛行魔法はどちらかと言えば苦手だった。過去に一度力加減を間違って大きなたんこぶをつくることになったので、スピードを出すのが苦手になったのだ。

 浮かび上がっている今も無意識に頭を左手で押さえているが、自分では気づいていない。


「このくらいでいいじゃろ」


 木々より少し高い程度の高さまであがり、さらに念入りに自分を中心に球体の結界をつくる。

 まだ左手は頭上だがそのままゆっくりと前方に進みながら、下を見やすいように寝そべるような姿勢になって鳥を探す。


「む」


 (いたぞ! 気づかれぬようにそっと追いかけるのじゃ!)


 前方の少し離れた木から、さらに前の方へ向かって飛び立った鳥の後をつける。口には何かを加えているらしく、何かが風で揺れているのが見える。獲物を持っているなら一度巣に戻る可能性が高い。


 追いかけること数十メートルほどで鳥は木々の中へ飛び込んだ。慌てて自分も位置をさげると、慌てすぎて木々にぶつかった。

 結界のお陰で痛くはなく宙にぶつかったような状態だが、鳥に聞こえる物音をたててしまった。


 ちちちちち


 鳥が鳴き声をあげながら飛んでいくのが見えた。追いかけようかと思ったが、ここの辺りに巣がある可能性がある。フェイは回りの木を一つ一つ巣がないかを探した。


「おおっ、ちょうど卵もあったか」


 そして巣を見つけた。鳥の種類によってはまだ生んでいないものもいるが、ちょうどよかった。

 手のひらより少し小さな卵が5つある。これだけあれば十分だ。


 (スープだけでなく、目玉焼きにしてもいいのぅ)


 フェイはご機嫌でテントの場所に戻った。方向はもちろん覚えているが、それ以上に腕輪を置いている。あれはフェイ専用の登録がしてあり、何となく場所はわかるようになっている。

 戻ったがまだエメリナはいない。テントの中を覗くとまだ寝ていた。


 (思いの外エメリナは寝坊助なのじゃなぁ)


 思わぬ弱点を知ったような気になってにやつきながら、フェイは荷物から食料だけ取り出してテントを出る。


 出る間際にエメリナはうーん、と一度寝返りをうったがそのまま数秒待っても起きてこないので、当初の予定通りそっとしておく。


 一応エメリナのことをフォローしておくと、確かにエメリナは元々少し朝には弱い。しかしいくら幼く見えるとは言え少年とテントを共に過ごすと言うことで昨夜は少しは気をつけていたのだ。だがすぐに熟睡しだしたフェイの様子に安心しきってしまった。

 そしてフェイも今日は地面に寝ているということで自覚していないが、いつもより早く起きている。なので大幅に寝坊しているということはない。


「さて、手早く終わらせて、エメリナを起こすかの」


 しかしそんなことを知らないフェイは、エメリナに内心苦笑しながら気合いをいれて腕まくりをする。

 魔法でつくった簡易かまどの消えている火を付け直し、さらに木をくべて、朝食作りを開始した。










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