第28話 ミナイル山脈4
目暗蜘蛛はその名の通り、目が真っ暗闇のように黒い。学術的には色を識別できていないとして、見ている世界が暗いという意味もあるが一般的にはあまり知られていない。
ともあれ特徴なその黒い目は大きく通常蜘蛛は8つの目だが半分の4つになり、かつ頭の半分以上をしめているほどだ。
フェイは顔をあげて、キョロキョロしながら目暗蜘蛛を探す。お昼をとうに過ぎているので幸い直射日光で目をやられる心配はない。
木々の木漏れ日の隙間に、四方に足を突き出した塊が影をつくっているのが見えた。よく見れば輪郭は確かに蜘蛛だ。
「お、エメリナ、あれではないか?」
「どれ、あー、確かにそうね。よし、じゃあ、まず見本を見せるから見ててね」
「うむ」
「私は弓だけど、魔法も遠距離だし大丈夫でしょ」
エメリナは周りを少し見てからナイフをしまい、話しながら弓を頭上に構えた。
「、よしっ」
直角に近いほど上を向いたエメリナは、そしてすぐに矢を空へ放ち、目暗蜘蛛の頭を打ち抜いた。
「ほぅ」
先日も見たが、やはりエメリナの弓は凄いとフェイは感心した。狙いを定める時間が殆どない。その瞬間的な判断の早さは狩りにおいて非常に優秀だが、数をうつための早さを必要としないほどの命中力もある。
剣を使ってたとも聞いているが、まるで生粋の狩人のようだとフェイには思えた。
目暗蜘蛛はお尻から糸を出したまま、ゆっくり落ちてくる。
「頭を攻撃するのがポイントよ。で、こうして」
エメリナは落ちてくる目暗蜘蛛をキャッチして、フェイに振り向いて目暗蜘蛛を見えるようにする。
「まだ動くから、毒のある牙ごと頭を落として、手足ももいで」
左手でぴくぴく動く蜘蛛を抱いたまま、右手で素早く弓矢を引っこ抜いて地面に落とし、ナイフで頭部を切り落とす。そしてナイフをしまい、改めて手足を一本ずつもいでは地面に捨てる。
「これでもう万が一もないから、後はこうして、糸を回収するのよ」
左手で胴体を固定しながら右手の親指と手のひらでぎゅっと糸を掴み、返しながら手首から先を回して糸を回収していく。しゅるしゅると毛糸玉から取っていくようにとれる。
「おおー、死んでいるのにこんなに出てくるのか」
「中にためているのよ。一匹仕留めるとだいたい500メートルくらいとれるわね」
「そんなにか」
「ええ。ただ、一発で仕留めないとすぐに飛んで逃げちゃうのよ。そうしたら巣をなんとか回収するんだけど、短く切れちゃったりしてあんまりお金にならないのよね」
「ふむ。なるほどの」
話ながらもエメリナの手は段々と巻き取った糸で膨れていき、大きな糸玉になっていく。
「ん、これで終わりね」
そして引っ張ってもつっかえたように出なくなると、エメリナはしゃがんで蜘蛛の体を地面に置き、左手でナイフを使って糸を切った。
「これで完成よ。袋にいれましょうね」
右手をそっと抜いて、エメリナは袋に糸玉をいれて腰にさげた。結構な大きさだが、軽いので後ろ側に回しておけば気にならない。
エメリナは弓矢を拾ってしまってから、よしとフェイを促す。
「幸先いいわ。次を探しながら、あと夕飯になるような何か狩りましょう」
「おお、そうじゃな」
食事としてはパンや干し肉などは用意しているが、保存食はそれほど味はよくないし、狩れたならそれに越したことはない。
エメリナがいるので解体も問題ない。フェイは何を食べようかと、目暗蜘蛛のことを半分忘れながら探索を再開した。
○
それから目暗蜘蛛は一匹だけ見つかったが、フェイが魔法を放つと少しずれてお尻側をかすってしまったため、半分くらいしかとれなかった。
それぞれ縄張りがあるため一匹一匹が離れていて探すには時間がかかるので、そこで目暗蜘蛛は諦めて近くにいた回転兎を二羽しとめてテントへ戻った。到着したのは夕暮れになりかけていた。
「予定よりちょっと遅れちゃったわね。火をつけて、て? え、なに、なんか、テントの前に壁があるんだけど」
「うむ。不用心なので壁をつくっておいたのじゃ」
「ああ、そうなの。ありがと、じゃあ解除しておいて。私、火をつけるから」
見知らぬ現象に戸惑ったエメリナだがフェイがしたと聞いてあっさり納得した。
そしてエメリナは脇にまとめていた枝を、テントから少し間をあけた場所に焚き火をつけられるよう準備をする。
その間にフェイは右手を土壁に向け、強固魔法を解除する。自分がつくった魔法なので解除するのは簡単だ。壁自体は魔法が完結しているので、あらたに土魔法で土をどけた。
終わって振り向くとちょうどエメリナが火打ち石を構えていた。
「なんじゃ? その石は」
「え? ひ、火打ち石ですけど……まさか、知らないとか?」
「………ああ、そう言えば、なんかこう、魔法以外で火をつける時に、石を打ちつけてその火花で火をつけるんじゃったか」
「そうよ。でもその言い方は知らない人が聞いたら反感をかうこともあるからやめた方がいいわね」
「む? む、そうか。わかった」
わからないながらもエメリナは親切心で言ってくれているようなのでフェイは頷いた。
(しかし、理屈はわからんでもないのじゃが、どうやって石で火をつけるのじゃ?)
火花でうんぬんと記憶を掘り起こせばどこかで読んだ記憶があるが、しかし見たことはないので現実味がない。エメリナに言わせればフェイの存在こそ現実味がないのだが、それはともかく。
「エメリナ、次からはわしがつけるから、今回は見せてもらってもいいかの?」
「いいけど、そもそも魔力を無駄につかってもあれだし、いいのよ?」
「いや。前にも言ったが、魔力など気にすることはない。ちゃんと自分でわかるわ」
「ならいいんだけど」
ほんとに把握しているのかと疑わしげな顔をしつつも、さすがに魔法師として基本と聞いているし、少ないか余裕かくらいはわかるだろうとエメリナは追求しないでおく。
実際のところフェイは少ないと感じたことがなく、魔力の残りなど気にしたことがないが、多分少なくなったらなったでわかるだろうという楽天的思考だ。
「じゃ、見ててね。まず火口になるもの、燃えやすい細かいものならなんでもいいんだけど、枯れ葉でもこう、くしゃっとして毛羽立たせて」
エメリナはそう言いながらすでに用意して手に持っていた重ねた葉を改めてくしゃりとさせてから、左手で持った石に重ねて親指で押さえる。
「こう、位置としては石と石をぶつける箇所に触れるくらいの場所ね。で、右手の石と打ち合わせて」
かっ、かっと二度三度と素早くエメリナが石を擦り付けるようにぶつけると、火花が飛び散り木の葉の一部に落ちて赤くなる。
まだ火となるには弱いが、そこにエメリナはすかさず息を吹き込みながら、右手で石を離して用意しておいた細い枝を赤く染まる木の葉に押し付ける。ふーふーとしばらくそうしていると、枝の先っぽに火がついた。
「で、これをあとはこっちに火を移せば焚き火の完成よ。これを消さないようにするの」
ものの十数秒でついた火にフェイは目を輝かせながら息をつく。
「ほぉ、すごいのぅ。これなら確かに、着火の魔法がなくとも困らんな」
「そうよ。人類の知恵ってやつよ」
「……わしも人類なんじゃが」
「そうだったかしらねぇ」
「むー」
焚き火に火を移しながら言われ、からかわれているのはわかるが頬が膨らむのを止められないフェイ。
「さて、それじゃあ、回転兎の処理をしていくから、フェイは場所を何とかしておいて」
「うむ、了解した」
素直に頷きつつもフェイは何とかエメリナを驚かせてやろうと、気合いをいれて指示に従うことにした。
火を落ち着けたエメリナは腰にぶらさげていた荷物をテントにほうりこみ、夕食の準備を開始する。
それを横目にフェイは腕を組んで考える。さて、場所を何とかしよう。何とかとはなにか。状況からして、食事をする為に場所を整えろと言うことだろう。
(わしの魔法を持ってすれば造作もないことじゃ。エメリナよ、刮目せよ!)
フェイは右手をあげ、複数の魔法陣を準備してから高らかに声を上げた。
「成形!」
魔法の文句を口にするのは基本的に周りの人を驚かせたり、巻き込んだりしないためなので、実は割合テキトーだったりする。なのでセンスのない人は周りに魔法の種類も効果も伝わらず、全く意味がなかったりする。
フェイは基本的に魔法の名称を直接的に付けているが、少なくとも今回は全く伝わっていない。
「えっ?」
突然の大声にエメリナは顔をあげながら思わず声をもらす。
そこにはフェイの背中越しに、地面から椅子と机が生える光景があった。
「ふー、こんなもんじゃの」
それに固定化の魔法と、風魔法で表面をこすって表面を綺麗にする。
(うーむ、なかなかよいの)
魔法で家具代わりのものをつくるのは初めてだ。あくまで壁や踏み台の代わりだったりして、四角い土の塊だけだった。
理論上ではもっと細かいこともできるが、初めてにしてはちゃんと机や椅子の様子をとっている。
「どうじゃ? エメリナ」
「いや………え、あー、うん、いいんじゃないかしら」
「じゃろう。後何が必要かの?」
「じゃあ、調理場……折角だし、火を囲うようにして上に網とか、できる?」
「うむ、任せるがよい!」
エメリナとしては身体強化で怪力なのをいかして、座れるような大きさの石を運んでもらうくらいしか考えていなかったが、これはこれで別に悪くはない。それでも森の中を室内のようにしようというその発想には呆れるが。
(ふふん、エメリナめ、感心しておるな。存分に褒めるのじゃ!)
「こうかの? どうじゃ? どうじゃ?」
エメリナは呆れ半分感心半分なので、フェイの考えもあながち間違いではないが、自信満々などや顔をして魔法を使うフェイの考えは透けて見えて、エメリナは笑ってしまった。
「すごいすごい、フェイはすごい魔法使いね」
「うむ、それほどでもあるのじゃ」
○
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