第27話 ミナイル山脈3

「こんなもんかのぅ」


 ミナイル山脈へと到達したフェイとエメリナは一番手前の街道近い山の、少し中へ入ったあたりで拠点を構えることにした。

 テントを張るエメリナの命により焚き火の火種となる枯れ枝を、できるだけたくさん拾うことになったフェイ。


 両手で抱えてこぼれたので、浮かせて持ち運んでいたが、そろそろ視界の中で邪魔になってきた。枯れ枝とのことだが、魔法を使えば乾かすことは簡単なので目に付く端から拾った結果、かなりの量となった。

 もっとも、単にどれが火のつく枯れ枝でどれだと使えないのかわからないという理由もあったりするが。


 持てるだけ持って、残りは自分の前方で浮かせて歩みに合わせて移動させ、エメリナの元に戻る。


「待たせたの」

「ううん、ありがとー…って、ええ? 浮いてない?」

「うむ。持ちきれなかったのでな」

「そうなの。じゃあ、こっちにまとめて置いてくれる?」

「うむ」


 ぷかぷか浮かぶその様に目を丸くしたエメリナだが、驚くことに慣れたらしく気を取り直して指示を出す。

 エメリナに指定されたテント脇に枝で小山をつくる。火種のために葉っぱもいくつかとってきたのでそれも置く。


「ご苦労様」

「うむ、エメリナこそ。テントをたててくれたのじゃな。最初はてっきり野宿かと思ったのじゃが」

「ええ。場合によってはテントも危ないけど、大丈夫ならできるだけテントがいいものね」


 フェイの魔法はあくまで魔物だけだが、通常の獣なら火の一つもあれば問題ない。通常人数が多いとかよほど魔物のいない場所でしかテントは使わないが、使えるものならテントに越したことはない。

 その分荷物にはなったが、その全てが問題ない。フェイ様々だ。


「わし、テントは初めてじゃ。中に入ってもよいかの?」

「どうぞ。大きめを借りてるからゆったり寝れると思うわ」


 中を覗き込むと、真ん中に区切るように荷物が置いてあることにフェイは首をかしげ、そう言えば自分とエメリナであることを思い出した。


 (親しき仲にも礼儀ありということじゃな。これならわしも気楽じゃ)


 靴を脱いで中に入ろうとすると、エメリナが不思議そうに隣に来て問いかける。


「靴脱ぐの?」

「いかんかの?」

「いかんというか……あー、そっか。飛び起きないからいいのか。ごめん、なんでもないわ」

「うむ」


 エメリナが以前にテントを利用してきた時は大人数での利用だったが、突然の襲来に対して靴ははいたままが当然だった。しかしその心配がないからテントにしたことを思い出し、なんでもないと首をふった。

 頭ではわかっていても、無意識にやりなれた動作をしようとしたり、違和感を感じるのはなかなかやめられないものだ。


「ほほぅ……地面、案外柔らかいの」


 フェイは靴を脱いで中にはいり、荷物の左側へ寝転がる。頬を床につけると小さな小石の存在もいくつかあるが、全身の寝心地は悪くない。


「そう言うところを選んでるのよ」

「ほほー、エメリナは有能じゃのぅ。さすがじゃのぅ」


 もっと固く冷たいものだと思っていたので、その新鮮な感覚が楽しくて、フェイは嬉しそうに笑いながら体をゆらすようにゴロゴロした。

 年よりさらに幼く見えるその動きにエメリナは笑いつつも、いつまでもこうしてはいられない。フェイに声をかける。


「はいはい、ほら、また夜になれば嫌でも寝るんだから」

「うむ。そうじゃの。次は何をやるんじゃ?」

「まだ時間早いし、依頼しに、回り見て回りましょ。あ、荷物置いておくから、ここに魔物除けかけといてくれる?」

「ん? うむ、わかった」


 人数が多いならともかく、少数パーティーならば普通は日が暮れる直前にするものだが、しかしそれも魔物除けがあるなら問題ないというエメリナの判断だ。テントなので入り口さえ固定してふさげば、動物には荷物を持って行かれる心配もない。

 魔物除けが万能すぎるような、そもそも魔物が邪魔すぎるような、それはともかく。


「では、こうするかの」


 魔物除けの魔法は腕輪の魔法具で魔法陣を作成している。魔力をこめてしばらくの間持つようにして、魔法具ごとテントに置いておけば問題ない。

 フェイは腕輪を外して、テントの荷物の上に置いた。


「え、魔法具ごと置かなきゃいけないの? それだと魔法使えないわよね?」

「何を言うか。魔法具はあくまでよく使う魔法や面倒な魔法の補助であって、魔法具がなくとも魔法の行使には問題ないぞ」

「え、そうなの?」

「そうじゃよ。まぁ確かに、この腕輪の魔物除けは少々複雑じゃし、自力で作ろうとするとちょぴっと時間がかかるが、できんことはない」


 万が一の際にはそのちょぴっとが問題になるのはわかっている。魔法を行使できると胸をはるには、タイムラグが限りなく0に近く魔法陣をつくれるようになってこそだ。

 そう高祖父に教育されているので、使えると胸ははれないが、しかし少しばかり見栄をはってしまった。フェイは視線をそらす。


「そうなの。うーん、私、根本的に魔法のこと誤解してたみたいね」

「そのようじゃな。まあ、世間にあまり魔法使いがいないというなら、それも仕方あるまい」


 (わしにとっては、魔法使いが少ないという自体が予想外ではあるがの)


 フェイにとって魔法は本当にあって当たり前だ。高祖父からも特に魔法使い人口が少ないとも聞いていなかった。なのでエメリナが驚く度にフェイこそ、そこまでかと驚いていたりする。


 エメリナに突っ込まれなかったのにほっとしながら、腕輪に魔力を込める。


 (よし、こんなもんじゃな)


「エメリナ、よいぞ」

「ん。じゃあ、入り口閉めましょ」


 エメリナはテントの入り口上部で止めていたボタンを外して、布を下ろして蓋をする。そして先端についている金属金具を地面に突き刺す。

 これで簡単に動物除けになっている。あまり大きな動物には意味がないが一応だ。


「よし、じゃあ、行くわよ!」

「おー!」


 元気よく右手を振り上げてから歩き出すエメリナに続きつつ、フェイはちらりとテントを見る。


 (これではちと、心許ないの)


 歩きながら右手をテントに向け、土魔法にて入り口を塞ぐように壁をつくり、強固魔法でかためる。これで少しはマシだろう。

 フェイは一つ頷いてから、振り向かず歩くエメリナに並んだ。


 気づかれないほど音なくできたことにフェイは内心にんまりしながら、フェイは依頼について尋ねる。


「確か、目暗蜘蛛から探すんじゃったな」

「そうよ。中腹以下に多いからちょうどいいし、とりあえずさっきの腕輪の魔物除けの範囲から出ないとね。どのくらいだっけ?」

「1キロくらいかの」


 (範囲より持続力と強さに重きを置いておいたし、そんなものじゃろ)


「そ、そうなの」


 エメリナの予想より広かったが、実際魔物除けはある程度範囲がないと効果がない。最低でも百メートル範囲が普通だ。

 エメリナ自身、自分が魔法に詳しくないことを自覚しているので突っ込みはいれない。


「じゃあもうちょっと歩いてからね。木々の上の方に巣を作るから、首が痛くならない程度に捜してね」

「何か目印はあるかの?」

「大きくて、と言っても30センチくらいの蜘蛛なんだけど、普通の蜘蛛は一本の木の枝の間につくるわよね?」

「その口振りでは、複数の木の間に作るということかの?」

「正解。じゃあ、どう探せばいい?」


 試すように目を細めて問いかけるエメリナに、フェイは人差し指で顎先を引っかくように撫でて一呼吸分考えてから答える。


「木の枝と言うより、空間を探すということかの?」

「よくできました。木々の中間地点に目暗蜘蛛がいるから、その影を探すといいわ。糸は遠くて細いから見つけるのは難しいからね」

「うむ、了解じゃっ」


 笑顔で褒められ、フェイはにっこり笑って拳を握り意気込みを示した。

 それから少し歩き、魔物除けの範囲を抜けた。


 (む、今、出たみたいじゃの)


 自分で意識してきったのではなく、範囲を抜けるという体験は初めてだ。魔物除けの魔法はあくまで魔物に対してのみ効果を発揮するので空気の変化を意識していなかったフェイだが、こうして不意打ちに変化を体感すると少しだが違いがわかった。


 (うーむ、まだまだ魔法は深いのぅ)


「エメリナ、範囲を抜けたのでここからは魔物が出るぞ。気をつけていこう」

「あ、そうなの。ありがとう。よし、じゃあ気を引き締めて行くわよ。特にここは見晴らしが悪いから」

「わかっておる。草原と違い、接近されることもあるからナイフを構えておけというのじゃろう。さっきも聞いたぞ」


 フェイの声かけに気合いを入れ直して表情を引き締めたエメリナはさらに続けてフェイに指示を出そうとするが、それなら道すがら聞いたことだ。

 二度同じことを言われるのは何だか子供向けに言われているみたいで、あんまり気分はよくない。

 そんなフェイの気持ちを尖らした唇から察したエメリナは、眉尻をさげて誤魔化すように笑う。


「つい、心配で。というかわかってるならほら、ナイフ構えて」

「うーむ、わかってはおるのじゃが、使うのが勿体無くてのぅ」

「えー? ……もしかして、まだナイフ使ってないの?」

「実戦にという意味ならの。汚れるから魔物にはのぅ」

「いやいや」


 魔法はそれはもちろん便利なのはわかっているが、だが万が一がある。エメリナも獲物を見つけて、周りを確認してからしかナイフを戻して弓を構えない。

 エメリナの説得にフェイはちょっとだけ渋りつつもエメリナの


「せっかくあげたんだから、使ってくれた方が嬉しいわ」


 という言に納得してナイフを左手に装備して、目暗蜘蛛を探すことにした。












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