第26話 ミナイル山脈2

 森側に面している街道の左端にある2つ並んだ石に腰を下ろす。


「ふぅー」


 荷物を下ろしたエメリナは大きく息をついた。それほど長い日数ではないとは言えそれなりに荷物はある。小柄なフェイ相手に荷物を押しつけるのは抵抗があり、半分ずつにしている。

 今まで遠征となれば大人数であったりして、大柄の男性のいるパーティーと組んだりして荷物を持ってもらったりしていたエメリナには少々きつい。


「エメリナ、疲れたのか?」

「ええ、少しね。野宿ようの荷物があるから」

「ん、ああ、そうじゃった。すまん、すっかり忘れておったが、エメリナは身体強化ができないんじゃったな」


 魔法が使える人間が少ないと認識してはいても、フェイにとって身体強化は当たり前にいつも使ってる魔法すぎて、もはやいちいち魔法を使っているという意識すらしない。なのでどうも無意識に他の人も使ってるように考えてしまう。


「エメリナにも魔法をかけておこうかの。手をだしてくれ」

「あら、いいの?」


 期待していなかったと言えば嘘だ。本人が平気と言っていたとは言えどの程度の負担になるかわからず、またこれからの依頼でどうなるかわからない以上、魔力消費は減らすべきだ。なのでエメリナから言い出さなかったが、フェイが平気ならば是非ともお願いしたい。


 エメリナの手を取り、フェイは身体強化の魔法をかける。エメリナはにんまり笑って、フェイの手を離してから意味なく鞄を持ち上げる。


「わー、軽い軽い」


 もっと早く頼めば良かったと後悔する程度には効果はばつぐんだ。両肩に背負えば運べたが、しかし片手で軽く振り回すことができるならそれに越したことはない。これでここからの負担はぐっと減るだろう。


「気づかずにすまんかったのぅ」

「いいのよ。その気持ちだけで十分よ」


 笑って許してくれるエメリナにフェイは何となくむずむずした。嬉しいのだが、それだけではなく何か柔らかいものに触れたような、居心地は悪くないが慣れない椅子に座ったような感じだ。

 優しくされるのに慣れていない訳ではない。むしろ高祖父には日常的に甘やかされていた。しかし相手が高祖父ではないだけで、何故こうも違う感じがするのか。

 現状ではそれが高祖父とそれ以外の違いなのか、エメリナだけのことなのかわからない。フェイは自覚していないがそれこそが、少し大袈裟な言い方をするなら友情や友愛と言う感情だった。


「じゃあ、もうちょっと休憩したら行きましょうか。あんまりゆっくりしてると、日が暮れちゃうものね」

「うむ。今どのくらいなのじゃろう?」

「今で、4分の1くらい、かしら。多分」

「む、遠いの。走らなくても平気かの?」


 (明かりの魔法があるとはいえ、日が暮れてからの移動は大変じゃしの)


 歩きだとどうしてもゆっくりしたスピードになる。ミナイル山脈に行ったことがないフェイとしてはペース配分が気になる。

 しかしフェイの提案にエメリナはないないと眼前で右手首から先だけを振って否定する。


「いやいや、走らないわよ。向こうまで走りつづけられるわけじゃないし、無駄に体力使う形になるだけよ」

「向こうまで走りつづけられんかの? 言うて、100キロもないんじゃろう?」

「え、まぁ、あと50キロくらい? ……え、走れるの?」


 エメリナは信じられないとばかりに目を見開いてフェイに尋ねる。フェイは自分の感覚を思い出しながら答える。距離を測って走ったことはないが、多分いけるのではないか。


「この間サンドラ山まで走った時も、ものすごく疲れると言うことはなかったから、もうちょっと頑張ればいけるのではないかの」

「……ちなみに、どのくらいの速度で?」

「む、さすがに全力疾走ではないが、このくらいに」


 フェイはぱたぱたと走ってみせて、また戻ってくる。言葉の通り全力ではないが、早歩きよりも早い、小走り程度だ。

 しかしこのペースで何時間も荷物を持って走れるものではない。そこまで考えて、エメリナははっと口を押さえた。


「そうか、それも身体強化の魔法のうちなのねっ」


 思いのほか勢いよく聞かれてたじろぎつつ、フェイは先ほど座ってた石に腰をおろしながら頷く。


「うむ? まあ、全力疾走なら身体強化の効果もあるが、小走り程度ではあまり速度は関係ないぞ」

「いや、体力的に」

「……あー、言われて見ればそうじゃな」


 (直接的な効果として魔法陣に組み込んではおらんが、補助的には持久力にも繋がっておるの)

 

 身体強化しているのが当たり前のフェイの感覚では単純な腕力は目に見えるが、実感しにくい体力はわざわざ説明するというのを忘れがちだ。

 身体強化は単純に腕力だけではなく身体全てなので、内蔵や呼吸などの動かなくても使う部分にも影響しており、またフェイの身体強化は多少だが頑丈さもあげているので、持続力も相応にあがる。

 頑丈さに関しては別の魔法があり、あくまで体を使う上での補助程度だが、体力に関しては大きく貢献している。


「元々の目的が持久力ではないが、結果としては影響しておるの」

「そうなの。………じゃあ、ちょっと走ってみましょうか。この間ので瞬間的な動きはわかったけど、まだ慣れてないしね」

「うむ。そうじゃの! わしはいつでもよいぞ。…エメリナはもうちょっと休憩するか?」

「うーん………そうね、じゃあ、行きましょうか!」

「うむ!」


 疲れてはいるがペース配分も考えて歩いていたし、何より魔物の心配がいらないのが大きい。まだ余裕がある。

 そわそわして出発したそうにしているフェイを見ていては仕方ない。フェイにつられるようにエメリナは元気よく立ち上がった。









「フェイ! そろそろ止まりましょ!」

「わかった!」


 前方を走っていたエメリナがスピードを緩めながら大声でフェイに声をかける。フェイも同じくらいの大声で応えつつ、スピードをゆるめた。


「はぁ、ふーっ」


 急に止まると負担が大きいので、ゆっくりしたスピードにゆるめてから、歩きに移行する。それでも落差は大きく、フェイは口を開けて呼吸をする。


「はぁ………さすがにちょっと疲れたわね」

「うむ。スピードをあげすぎじゃ」


 深呼吸を二回ほどすると息も落ち着き、エメリナを叱咤する。エメリナはテンションがあがっていた恥ずかしさを誤魔化すように頭をかきながら笑う。


「ごめんごめん。だって、あんまりに早く走れるから、気持ちよくて」


 全力疾走をすれば息がきれるのは当然だ。いくら魔法で強化しようと、強化した全力を出しているのだから。もちろんその全力は強化していないときとは差が大きい。

 走る足に力をこめるとどんどんあがるスピードに楽しくなったエメリナが、どんどん早く走るのでフェイも夢中でついてきた。


 おかげで時間はかなり短縮できたが、いかに魔法で強化したとは言え限界がある。限界の全力疾走で1時間も走りつづけたので足がだるく重く感じるのだが、フェイには慣れない感覚で疲れているのかいまいちわからなかった。

 フェイは歩きながらも途中、意味なく片足立ちになって膝から下の足先を2、3度振るという動作を左右交互に挟む。


「何してるの?」

「うーむ、なんじゃか、足が変なんじゃ。しびれるとはちと違うんじゃが?」

「疲れたの?」

「そうかのぅ」


 その奇行にエメリナから尋ねられるがフェイは首を傾げる。

 長時間の運動による体の疲労というのを経験したことがないフェイはだるさが妙に落ち着かず、右に左にふらふらしながら歩く。


「もうすぐミナイル山脈だし、休憩する?」


 予定の半分以下の時間でここまで来ているので、余裕はたっぷりある。後は歩いても一時間ほどで、山に入って今日中に一つは依頼をこなせるくらいには余裕だ。


「いや、エメリナは平気なのじゃろ? なら構わん」


 同じように強化魔法をかけて同じ速度で同じだけ走ったのだが、基礎体力などが違うのでフェイの体は疲れているがエメリナはまだ平気だ。

 それは年齢的にも魔法便りで体を鍛えていないことも考えれば当たり前なのだが、しかし少し悔しい。身長が小さいのも初心者なのも変えられない事実だが、気持ちだけでも負けたくない。格好の悪いところを見せたくない。


 それは見栄だが、強がっているのが見え見えのフェイは、エメリナにとっては可愛らしくすらあった。年上からすれば、年下の背伸びほど可愛いものはない。


「そう、でも私もちょっと疲れちゃったから、後はゆっくりおしゃべりしながら行きましょうか」

「うむ! それはよいの」

「じゃあ、せっかくだし今回の予定とか段取りについて話しましょうか」

「ん? 段取り? 魔物除けを解除して、見かけた端から魔物を狩ればいいのではないか?」

「いやいや」


 エメリナが主導するつもりではあるが、全く持って行き当たりばったり思考にもほどがある。

 確かにフェイの魔物除けは便利だ。だからこそ2人で遠出も気楽にできるというものだ。普通はもっと入念な準備がいるし、野宿の拠点探しやその外、重要なことがたくさんある。

 しかし最も大きな脅威である魔物が全く寄ってこないなら、殆どの心配が問題なくなる。魔物の心配がないならばどこだって野宿できるし、神経をすり減らして移動したり、交代で見張りをすることもなくのんびり休憩も睡眠もとれる。


 とは言え、完全なる行き当たりばったりよりはやはりキチンと物事を決めた方が苦労は少ないに決まっている。

 依頼だって、こなす順序がある。生け捕りは最後が手間がかからないし、熊も後半がいい。


「あのね」


 そう言ったことを教えるとフェイはふむふむと目を輝かせてかぶりつくように聞いてくれる。教えがいのある生徒に、エメリナも熱が入った。

 後輩を育てるという楽しさに目覚めそうなエメリナであった。










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