第25話 ミナイル山脈

 翌日、セドリックをどうやって避けるかを思案しながら朝食を食べているとエメリナがやってきて解決した。

 別に一人としか組めないというルールはないが、断る口実にはなる。エメリナに事情を話してお願いすると、二つ返事で了承してくれた。


「どれがいいかのぅ?」

「そうねぇ。そろそろ衣替えで色々入り用だし、ちょっと遠出してみる?」

「む?」


 そして教会に来て依頼書を検分している。

 昨日はハンセン兄妹と一緒に採掘に行ったので今日はあなぐらではなく明るい外がいいが、それは殆どの依頼に言えることだ。

 エメリナがやりたいことがあるならそれに従うが、遠出とはどれほどのものか。基本的に日帰りで受けられる範囲内のものばかり受けていた。


「遠出となると、例えばこのミナイル山脈の依頼などか?」

「そうそう、片道半日以上かかるから最低3日くらいかけて。道中野宿になるし、さすがに一人じゃあれだけど、二人なら問題ないし」

「ふむ」


 一応、遠方の依頼もあることは知っている。例えば他の街への護衛や買い出しや荷物運び、遠く人里離れた辺境での採集。

 フェイにとっては意外なことだが、魔物の被害にあったのでなんとかしてほしいという依頼は少ない。魔物退治も採集目的のものが殆どだ。

 魔物もまた生物である以上、生態系があり生息地が異なる。山の魔物と海の魔物は違うし、それぞれに縄張りも持っていたりする。


 当然、特定の魔物からの採集依頼においては近場に生息しない魔物が対象になることがある。手に入れたければ近場の街へ行って買うか、遠い分割高になる金額で依頼を出すかだ。

 大きな商店でよほど大量に必要になるならともかく、そうでなければ魔物によっては買い出しに行くほうが金額がかかる。また買い出しとなればそれなりに大きな街に行くことが多く、かなり距離がある。

 割高とはいえ、他の街よりはまだ近い地域に生息する魔物ならば、現地で依頼をしたほうが安くあがる。


 距離がある分、道程の魔物対策も考慮されポイントも近場より多めになるが、フェイはお金に困ってるわけではないので近場ですませてきた。

 しかしエメリナが一緒ならばがぜんやる気がわいてきた。一人で野宿は心細いが、エメリナがいるなら問題ない。むしろ、友達と泊まりなんて何だかわくわくする。


「よいな。うむ。わしは遠出になれていない故、エメリナに多少頼るかも知れんが、それでもよければ」

「もちろん。と言うかそんなの、最初から折り込み済みだから安心して、ルーキーさん」

「むー、その通りなんじゃが、わしだってもう一週間で依頼は慣れたんじゃし…」


 初心者に違いないことは自覚しつつも、あからさまな扱いには不服をもらす背伸びしたがりなフェイに、エメリナは微笑んでフェイの頭を軽く撫でた。


「はいはい。じゃあ、その成果をみせてもらおうかしら?」

「うむ! よかろう」


 元気に返事をするフェイの微笑ましさに、エメリナは特に意味はなくうんうんと頷いてから依頼書に手を伸ばす。


「じゃあ、この辺の依頼ね」


 エメリナは4つの依頼書を手に取った。

 ミナイルはアルケイド街の北側にある昨日行ったロードル山のさらに向こうの、複数の山が連なった山脈だ。

 基本的にこの街でミナイル山脈と言うとこの街から比較的近い3つほどの山をまとめてさすことが多い。


 ミナイル山脈は標高が高く、この街では見れないが天辺では冬場に雪が降ることもあるらしい。基本的に行く人はいないので、与太話である可能性もかあるが、とにかくそれくらいには高い山だ。一つ山向こうなだけだが、手前のロードル山とは異なる生態系になっている。

 というのも縄張りにしている魔物たちの頂点の種族が異なるので、自然と他の魔物の系統も異なっているのだ。


 陸と海でもなく近くに存在する山であり、山丸ごとのボスというわけでもなくそれぞれ異なる魔物に繋がりもないはずだが、頂点により魔物の系統は微妙に異なる。それ自体は世界的にも共通認識ではあるが、その理由は現在も明らかになっていない。

 頂点の系統に関係なくあちこちにいる魔物も割合としてはともかく個体数で言えば少なくないので、単にその時その時の魔物の世代が縄張りに決めた結果の分布に過ぎないと主張する者もいる。


 ロードル山では尾長猿が最も数が多く生息しているが、ミナイル山脈では炎輪熊の群が頂点となり数で言えば短鹿が多く生息している。


「ふむ……魔物退治ばかりじゃの」

「ええ。魔物退治の方が実入りはいいもの。荷物が多くなっちゃうけど、フェイならたくさん荷物持てるでしょ? 嫌なら他のでもいいけど」

「いや、構わんよ。わしも魔物退治の方が好きじゃ」


 二人であれば通常はそれほど多くの依頼は行えない。単純に手に入れた魔物や採集した物をそれほどの量運べないからだ。

 荷物については問題ない。フェイの魔法を使えば、最悪どうとでもなる。たかが荷物持ちとは言えエメリナに期待されるのは悪くない気分なので頑張りたい。


 依頼は

 炎輪熊の毛皮、肉の採取

 短鹿の子の肉、大人の角の採取

 震え狐の尻尾および体毛

 震え狐の子の生け捕り(雌雄対で1とカウントし、10まで)

 目暗蜘蛛の糸(最短1メートル以上からカウント)

 の5つだ。


「しかしこの震え狐の依頼書にはロードル山に生息しているとあるが」

「ええ、でもミナイル山脈にもいるし、依頼書の説明はあくまでアドバイスであって、別にどこの山のという指定ではないもの」

「そういうものなのかの?」

「そういうものよ」


 依頼書に書かれている説明はあくまで一番近かったり一番多く生息している場所を、依頼人や教会にある知識で書いているだけなので目的の品でさえあれば問題ない。


「ではこれをしようかの」

「ええ、申請してから遠出の準備して、お昼食べてからの出発でいいかしら。夜になる前につくでしょうし」

「そんなに遠いのかの?」

「ええ。ロードル山を避けて街道沿いに麓まで行けるから、馬があれば別だけど。そう言うわけにもいかないものね」


 頭の中で地図を思い浮かべる。確かに山際にそう形で街道は走っているが、直線距離よりかなり遠回りとなる。しかしアルケイドの街からミナイル山脈には間にロードル山があるので、高さを考えると迂回するべきなのか。

 最初に家を出てきた時も迷わないことを目的として街道に一旦出ていた。やはりそれが一番効率がいいのだう。フェイは納得して頷いた。


「うむ、わかった。先輩に頼らせてもらうとしよう」

「ええ、任せなさい」









 食料など数日野宿できる用意をし、アルケイド街を出発してからしばらくはよかった。魔除けの魔法があるので警戒する必要のない道程にエメリナも機嫌よく、色々な話をした。

 しかし二時間もすると、エメリナは疲れてきたらしく口数が少なくなってきたのでフェイは不満だ。


 一人ならともかく二人で黙ってしまうと、何だか凄く手持ち無沙汰に感じてしまう。高祖父とは酷い時は授業以外話さないくらいだったが、エメリナといて無言という状況は経験していないから慣れていない。

 エメリナとしては依頼中は普通は魔物に警戒するので無駄口を叩かないものだと思っているので、特に意味はなく話が途切れたので黙っているだけだ。フェイが話題をふれば応えるが、フェイも話すことがなくなり話しかけられない。


「……」


 フェイはおしゃべりが嫌いではない。しかし聞きたいことを質問する以外の雑談となると、何を話して良いかわからない。

 今までは相手から話を振ってきてくれていたので、どうすればいいかわからない。なのでちらちらとエメリナの様子を伺うしかできない。


 (暇じゃ。………それにしても、エメリナ、美人じゃのぅ)


 今更ではあるが、エメリナは美人だ。力強い赤い瞳も、瑞々しく若さに溢れた健康的な肌も、赤く大きめの口も、細い体にすらりとした手足も、全体的に健康的で生命力に溢れていて魅力的だ。後頭部で一つにまとめられた長い金の髪は風になびき、女性らしい優美さを感じさせる。

 エメリナは万人が振り返るほどの美人と言うわけではなく、あくまでそれなりに美しい若い娘であるが、フェイにとっては友人補正でより素敵に、街一番美しいという程度には見える。

 今まで何とも思っていなかったが、そんな素敵なエメリナと比べるとフェイ自身の白い髪と白い肌はちょっと不健康そうな気がしてきた。


「ん? どうかした? もしかして、虫とかついてた?」


 途中からちらちらではなくじっくりと見始めたフェイに、さすがに気づいたエメリナが振り向いて尋ねる。

 あくまでこっそりのつもりだったフェイは右手で頬をかきつつ、少し気恥ずかしく思いながら答える。


「うー、うむ、まあ、今更じゃがエメリナが美人なのでな、見ておった」

「え……も、もう。フェイは、困ったわね」


 エメリナは言葉に困る。唐突すぎる。いくら相手が子供でも照れる。それに子供と言っても、もっと小さな幼児ならともかく、10センチよりは身長差はあるが頭一つ分までいかない程度には背丈がある。そんな風に思われているというのは、やはり照れる。


「む、困らせてしまったかの。すまぬ。褒めてはいけなかったか?」

「いけないってことはないけど……フェイは将来、女ったらしになりそうね」


 エメリナを美人などと言うが、フェイだって負けていない。むしろフェイは女の子にしか見えないくらい可愛らしい顔だ。

 銀糸のような髪は男の子にしては長めで、際は肩に届きそうなくらいなのを一つにくくっているので、ほどけば尚更だろう。丸く紺色の瞳は好奇心の強さを表すようにきらきらしているし、鼻はそう高くないが口とあわせて小さくまとまっていて、全体的にすっきりした顔立ちだ。

 成長して男らしくなれば美男子になる確率はかなり高いだろうとエメリナは予想する。その上で美人だなんだと言ってまわるのだから、女の敵に他ならない。


「女ったらし? それは、どういう意味じゃ?」

「え、い、意味? あー」


 忘れそうになるがフェイは単なる田舎の純朴少年ではない、とエメリナはフェイが本気で世間知らずであることを思い出す。

 フェイの環境では教えられず本から得られない知識は意図せず抜けてしまう。その為、妙なところで物知らずとなる。


「えーっと、女たらしというのは、まあ女の子が好きと言うか、男の人の憧れというか……」

「ふむ、よくわからんの」

「まあ、わからないならわからないで、そのままでいて」

「うむ?」


 (よくわからんが、男というのはおなごを好きであるほどよい、という意味かの? であれば……さっきのは誉めたのじゃろうか?)


 エメリナの言い方ではあまりいい印象ではなさそうだったのでフェイは首を傾げるが、エメリナとしてはあえて説明してしまうよりわからない純粋なままでいてほしいので誤魔化すことにした。


「それよりフェイ、そろそろ休憩しましょうか」

「うむ」









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