第24話 誘い

 エメリナとの観光はこれまた目新しい物ばかりだった。


 湖で洗い物をしたり、小舟がでて漁をしていたり、浅い場所で水遊びをする子供がいたりして、湖自体が生活の一部としてとけ込んでいた。

 もっと目立つと言うか、水源として扱われていると思っていただけにフェイにとっては面白く、自身も靴を脱いで水遊びをした。エメリナも仕方ないわねと言いながら付き合ってくれた。

 その後、少し遅くなったが昼食をとる。湖近くのオープンカフェのような席で、水遊びしたまま、濡れた足で食事ができるように表に椅子と机が並んでいる。

 あっさりした白身魚をフライしてパンに挟んであり、ソースを好みでかけて食べる。甘いソースから辛いソースと多岐にわたり、エメリナと半分こして両方味わった。

 それから貸し具やで借りて釣りをして湖を満喫し、帰り道は少々寄り道をして衣服を見てから夕食をとった。夕食は焼き鳥店で、こってりしたタレがかかった焼き鳥とそれを包む薄いもっちりしたパンが美味であった。


 そうして観光は終了した。欲を言えばフェイとしては食事を奢りたかったが、友人で遊んでいるのに奢るのはおかしいというエメリナの主張により折半となった。


 あけて翌日、フェイは気分よく目を覚まし、朝食を終えてから教会へ向かった。

 依頼部屋へ入ると休憩用の椅子に座っていた背の高い男が立ち上がるのが見えた。


「よう! フェイ!」

「ん?」


 とても馴れ馴れしく話しかけてきながら男は近づいてくる。


「ひさしぶりだな。よし、一緒に依頼しようぜ!」

「……どちらさんじゃったかの」

「ひでぇ! 俺だよ俺! セドリック!」

「冗談じゃ。じゃが忘れたことにしておくれ」

「忘れたことにしておいてやるから、一緒にやろうぜ!」


 馴れ馴れしくかつ鬱陶しい態度で気安く肩を叩いてくる男、セドリックにフェイはうんざりして顔をそらす。


 (これだけ露骨に知らん顔しておるのに、よくもまあ馴れ馴れしくできるの)


 セドリックにはいい印象はないし、そもそも一緒に依頼をこなす必要性を感じない。


「よう、セドリック。何してんだ?」


 さてどう逃げ出すかと考えていると、さらに別の、今度こそ知らない男が話しかけてきた。


「ん? よーぅ、ジュニアス。こいつだよ、ほら、凄腕魔法使い」

「え、マジで? ちょ、ちょっと俺も紹介してくれよ」

「いいぜ。フェイ、こいつ」

「待たんか!」


 男はセドリックの知り合いらしい。それは別にいい。フェイに構わずどうぞご自由に仲良くやってほしい。しかし待て。

 今セドリックは、まるでフェイのことを予め話していたかのような口振りだった。まるで話が違う。確か広めるなと言ったはずだ。


「ん? どうした?」

「どうしたではない。わしのことを広めるなと言ったはずだ」

「うん? それはあれだろ? ほら、本人が言い回るのも恥ずかしいから、わからないように広めて有名にしてくれって言う、遠まわしな催促だろ?」

「お主は馬鹿じゃ!」


 どれだけひねくれた性格をしていればそんな発言をするんだ。というかどういう感性をしていれば、そういう受け取り方をするんだ。言ったことを真逆の意味で受け取るなど考えられない。

 想定外の展開にフェイは目眩さえ感じた。セドリックは気にくわないやつではあったが、まさか嫌がらせではなくこんなことをしてくるとは。


 怒鳴られても全く理解不能と言うように、可愛らしくなく小首を傾げるセドリックにフェイはため息をつく。


「セドリック……わしは素直にありのままの気持ちで、広めてくれるなと言ったのじゃ」

「マジで?」

「うむ。……さっきの男以外にも言ったのか?」

「おう。噂好きなやつには全員」

「……阿呆が」

「そう怒るなよ。こっちは親切心なんだからな」


 (なお悪いわ、馬鹿者め)


 すでに過ぎたことであり、今更言っても仕方ないかもしれないが、文句を言わずにはいられない。


「すまんすまん。悪かったよ。お詫びにポイント全部やるから一緒に依頼しようぜ!」

「そうか、それなら、などと言うわけなかろう!」


 (こやつ、わしのことおちょくっとるじゃろ!)


 拳を握って震わすほどに怒り心頭のフェイだが、それをなだめるようにセドリックの知り合いらしき男が近づいてきて声をかけてきた。


「まぁまぁ、魔法使いちゃん、そういきり立つなよ。こいつが馬鹿なのはわかってるだろ?」

「知らんわ。あと、お主も馴れ馴れしいぞ」


 右手をだして肩を叩こうとしてきたので、その手前で軽くはたき落とす。友人だけあってやることがセドリックと同じだ。


「悪い悪い。俺、セドリックの同郷のジュニアス・エアハートだ」

「…フェイ・アトキンソンじゃ」


 セドリックの友人と言うだけでいい印象はないが、名乗られたならば名乗り返すのが礼儀だ。フェイは渋々応えた。


「馬鹿が勘違いで迷惑かけて悪いな。基本的に自分基準で物事を考えるやつなんだ」

「迷惑極まりないの」

「その通りだ。だがもうどうしようもないから諦めてやってくれ」

「うむ、仕方ないからセドリックに会っても無視するとしよう」

「おう、それは名案だな」

「おいおいお前ら、散々言ってくれるじゃねーか」


 セドリックはジュニアスとのやり取りを聞いて何故か嬉しげに言葉を挟んできた。

 その態度にフェイは首を傾げながら続きを促す。


「ま、わかってるけどな」

「なにがじゃ?」

「お前らそんなこと言って、俺に構って欲しくて怒らせようとしてんだろ? やー、まいったまいった。素直に言っていいんだぜ?」


 (…………気持ち悪いの)


 フェイはしばし言葉を失った。気持ち悪いくらいのポジティブ。どうすればそんな考え方ができるのかいっそ感心する。けして真似したいと思わないが、こういう思考回路なら生きてて幸せなことしかないだろう。


「……じゃ、そう言うことなので、せめてわしのことはもう話題にするでないぞ」


 面倒になったので無視することにした。これ以上関わっていられない。


「おいおい、話はまだ終わってねーぜ。俺らと一緒に依頼うけよーぜ」

「ん? 何か俺も入ってる?」

「おう。ポイントはお前ら二人にやるから」

「勝手に話をすすめるでない」


 もういっそ今日は仕事を休みにしようか、だがそれは何だか負けた気がする。魔法を使えば振り切ることは簡単だが、しかし相手も暴力で脅してきているわけでもない。ただうざいだけだ。


「すんませーん、入り口いられると邪魔でーす」

「おお、すまんな。と」

「あれ? フェイじゃん? じゃんじゃん?」


 背後から声をかけられ、これ幸いと離脱できないかと考えながら振り向くと、そこにいたのは先週一度共に依頼をこなしたハンセン兄妹だった。


「おおっ! エリック、アレシア!」


 天の助けとばかりに男二人に挟まれている状況から脱出するべく、フェイは笑顔で兄妹に走り寄る。と言っても3歩の距離だが。

 その勢いのよいフェイに二人はまばたきしながら不思議そうだ。


「え? なに? なにそんな喜んでんの? ボクに会いたかったの?」

「その通りじゃ!」

「え?」

「フェイ、どうしたんだ?」

「うむ。わしと一緒に依頼をせんか? もちろん内容はお主らにあわせる」

「う、うん。いいよ」

「そりゃ構わんが、あちらさんは?」


 エリックが後ろで困ったような顔をしているセドリックとジュニアスを顎でしゃくる。


「うむ。と、言うわけなので、お主らとは組まん。絶対の絶対にじゃ」


 二人の許可をとったことでフェイは満面の笑顔で振り向いて宣言する。

 セドリックは不満そうに口をとがらせ、ジュニアスは苦笑してセドリックの肩を叩く。


「諦めろ、セドリック。お前完全嫌われてるじゃん」

「なんだと!? そんなわけあるか。今日はあいつらと約束してるってことだろ。しゃーねぇ。フェイ、また今度な」

「今度なぞないわ」

「ジュニアス、一緒にやらね? 配分は相談で」

「話を聞かんか!」

「悪いなフェイ、構ってやりたいのはやまやまなんだが、忙しいんだ。行くぞジュニアス!」

「へいへい。悪いな、フェイ。んじゃまたな」


 (な、何というやつらじゃ。人の話を聞かんにもほどがある)


 フェイはあまりの腹立たしさにむむむと眉を寄せて、依頼書を手に走って部屋を出る二人の背中を睨んだ。

 フェイの中でセドリックとおまけにジュニアスの評価は右下下がり一直線だ。


「なんつーか、フェイも大変だな」

「うむ……」

「で、ほんとに一緒にやんの?」

「うむ。それは本当じゃ。二人さえ良ければじゃが」

「いーよ、別に。フェイの魔法あったら楽だし」

「うむ。今日ばかりは大盤振る舞いじゃ」


 とりあえず、ひとまずはセドリックから逃れた訳だ。もう引きずるのはやめて今日は今日のことを考えよう。


「どんな依頼を受けるのじゃ?」

「ボクら、基本的に採集系だよ」

「知り合いで店やってるやつがいてな。依頼書のはけが悪い時は頼まれてんだ」

「ほうほう。で、今回は?」


 この日はハンセン兄妹と一緒に、北側の山へ出かけた。










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