第23話 掃除2
何となく乾いてくる頃にはエメリナが戻ってきた。二枚の雑巾と水の入った桶を持っていて、床に桶を置いた。
「はい、やるわよ」
「うむ。すまんの」
「いいわよ。代わりに、終わったら私の部屋の掃除も手伝ってね」
「もちろんじゃ! 後はわしの魔法に任せるがよい」
「ちょっと待ったーー!」
くるりとエメリナに背中を向けて右手のひらを前方に突き出すフェイに、エメリナは慌てて後ろから抱きつくように勢い良く肩を掴んで引いた。
「おっとと、な、なんじゃ?」
驚きつつ問いかけるとエメリナは真剣な表情でフェイを見ながら口を開く。
「ど、どんな魔法を使うのかしら?」
あまりに真顔なので何か怒られるのだろうか、と心配したフェイだがエメリナは存外普通に質問してきただけだった。
「以前にも言ったかも知れんが、掃除するための生活魔法があるんじゃ。拭き掃除も、雑巾一枚あれば簡単じゃよ」
「あー、そう言えば掃除も魔法でできるって言ってたわね。言ってたけど具体的にどんな魔法か教えてくれるかしら?」
「うむ、よかろう」
魔法は属性により分類されるが、その分類を無視して生活をより便利にするための魔法のみさして生活魔法と呼んでいる。生活に根付いたものであるだけに、改良、簡略化が進んでおり最も多くの人で作られた魔法である。
その為多くの魔法使いはある程度学んだ初期段階で、生活魔法の習得を段階の目安とすることが多い。フェイもそうして幼少期に身につけたものだ。
今回使用するのは雑巾がけの魔法だ。
まず用意するのは水と雑巾だ。水の中に雑巾をいれてから魔法を使うと、絞られながら雑巾が出てきて壁と床を一通り拭いてくれる。魔法陣をいじらなければ10メートルごとに裏返り、20メートルごとに一度水まで飛んで戻って綺麗になり、また床を拭きだす。
窓や家具を避けて磨く魔法で、別途それぞれに拭くための魔法があるので、それを組み合わせて指示すれば部屋丸ごと拭ける。
しかし組み合わせの指示は割合面倒なので複数の雑巾に個別に魔法をかけた方が早い。
「……ほんとに、雑巾が勝手に床を磨いてくれるの?」
「そんなに疑わんでも……ほれ」
説明しても半信半疑なエメリナにフェイは一枚の雑巾に対して魔法を使ってみせる。すでに水もくんでくれているのですぐに始められる。
今度はエメリナも止めなかったので、魔法は発動する。
「わ、うわぁ……」
エメリナにすればまるで雑巾が意思を持ったかのように浮かび上がって水を絞り、床を滑っては飛んで戻ってくるその様子には、ただただ感嘆するしかない。
人が拭くのではどうしても曲がったり止まったりと無駄がでる部分もスムーズで、何よりスピードそのものが早い。走ってるほどの速さで雑巾が床をすべり、桶に飛び込んではぐるぐる回って身をよじり汚れを落として、また床を走り出す。
「こんな感じじゃ。あまり汚れるなら途中で水をかえてやらねばならん。うむ、そろそろ変えるかの」
物の数分で汚れてきたのでフェイは一度魔法陣に停止命令をかけ、走る雑巾を一旦とめてから、桶の紐を持って持ち上げ、洗い場まで運ぶ。
「よいしょ、と」
排水溝に水を捨てて空になった桶を元に位置に戻し、別の魔法陣を展開して水を注ぐ。いっぱいになったら再スタートだ。
「どうじゃ? 後数分で床は終わるじゃろうし、もう一枚で窓や棚をするかの」
「なんか……便利すぎて、ずるいわね。私にも教えてくれない?」
「うーむ、教えるのは構わんが、簡単な魔法とは言え、そもそも魔法を使えることが前提じゃからな。エメリナは、魔力を使うことができるのか?」
「う……魔力使うのって、難しい?」
「というかのぅ、魔法使いに囲まれていると、幼い頃に使い方を自然と覚えて、それから細かい制御を覚えるのでな。そもそも全く魔力を動かせないというなら、それをどうするかは教えられないのじゃ」
「うわー……じゃあ、完全に才能の世界なのね」
「そう言うわけではないんじゃが、まあ、最低限環境かのぅ」
フェイの知識としては魔法の才能を授からなくても、最低限の魔法を使うことは可能だ。だが魔法を使うことが当たり前でなく、生まれてこの方使ったことがないという人間に、どう魔力のことを教えるかというとわからない。
魔力は体内に流れるが、それを認識して操作して、魔法陣を理解した上でその形にして、ようやく魔法ができる。生活魔法は基礎の組み合わせなので、非常に簡素化されていてかつ1属性のものなので、複合魔法ができなくてもできる簡単な魔法だが、あくまで魔法を使えるフェイにとっての簡単だ。
「そっか……なら仕方ないわね」
「うむ…まぁ、気を落とすでない。お隣さんなのじゃから、必要な時はわしが掃除をしよう」
「…いいの?」
「うむ。あ、もちろんエメリナにだけ特別じゃぞ? 誰にでもやるのではないから、勘違いをするでないぞ」
「ありがと」
しー、と人差し指をたてて眼前に持ってきながら言われ、お礼を言いながらもエメリナはつい笑ってしまう。
以前のエメリナの注意を生真面目に守ろうと言うのはいいが、その言い方は可愛すぎる。
○
フェイの部屋をぴかぴかにした後はエメリナの部屋だ。間取りも同じで荷物の量もフェイよりは倍ほどあるが、フェイが少なすぎるだけだ。クローゼットに詰め込み、同じように部屋中綺麗にするのにそれほど時間はかからなかった。
「よし、じゃあ食事に行きましょうか。何が食べたい?」
それでもそれなりに時間は経過し、お昼の少し前だ。店を決めずに飛び出すならば、 けして早すぎると言うこともない。
エメリナも休日であり、掃除の礼だとしてお昼を奢ってもらうことになった。何だかこの街に来てからご馳走になってばかりな気もする。
「うむ、そうじゃ。下でカルメにお願いしておったのじゃ。そのうちのどれかにしよう」
「ん? そうなの。じゃあとりあえず出発ね」
支度をしてから一階に降りる。フェイは階段の最後だけ二段飛ばしをして降り、小走りのようにしてカルメのいる受付台に飛びついた。
「カルメ、雑巾を返そう。ありがとう、助かった」
「はい。いえいえ、雑巾くらいなら構いませんよ」
本音を言えばお金をもらうに越したことはないが、雑巾は擦り切れるのはともかく戻ってくるし、何よりエメリナに無料と言ってしまったので仕方ない。
お金を払わない客に掃除のサービスはないのだが、掃除をした方が当然部屋のもちがいい。女性客が多く、それほど汚いままにされることは少ないが、たまに汚いのが全く平気な客がいると、宿泊をやめた後の処理が大変なのだ。
特に寝具など。さすがに買い換えなければいけない度合いであれば弁償してもらうが、正直に言えば、掃除してもらって助かるくらいだ。
雑巾と桶を受け取るカルメは雑巾が掃除した後には思えないくらい綺麗だったが、それも魔法だろうと軽く無視して、桶を足元に置いてからフェイに紙を渡す。
「さ、フェイさん。こちらご注文の品になります。お納めくだされ」
「うむ、良きに計らえ」
受け取った紙を見るとずいぶんびっしりと書いてある。これはまた、見て回りがいがありそうだ。
「ではエメリナ、行こうかの」
「ええ」
「お二人とも、行ってらっしゃい。よき休日を」
「ありがと、行ってくるわ」
「うむ」
宿を出ながらフェイはエメリナにも紙を見せる。二枚に渡り書かれているうち、ちょうど半分が飲食店について書かれている。
「またずいぶんと……ちなみに、これただじゃないわよね?」
「うむ」
「そう…」
カルメのことだ。違法なほどぼったくってはいないだろう。エメリナもそれなりにこの宿にいるし、カルメともそれだけ付き合いがある。
きっと紙とインクと手間の分で、正当な金額なのだろう。しかしそんなもの口頭で都度聞く分には無料だ。カルメだって専門家でもあるまいし、オススメの店を聞くだけでお金はとらない。こうしていちいち紙でもらう必要はない。
しかしフェイがそれで満足しているなら、それはエメリナが口を挟むところではない。
ちょっとだけもやもやしつつもエメリナは何も言わずに紙を覗き込む。料金をとってるだけあってきっちりと住所や特徴も書いてあり、わかりやすい。だからこそカルメに文句を言うわけにもいかないのが、なんだかもやもやするのだが。
「とりあえず観光というか、街を見て回ろうと思って頼んでおいたのじゃ。エメリナも良ければ、一緒に行かんか?」
「いいわね。私も、改めて観光とかしてないし、ご一緒しようかしら」
「うむ! 歓迎しよう」
にこにこと笑顔で迎えるフェイに、エメリナは細かいことを考えるのをやめた。
「じゃあ、どこ行く?」
「うむ。今日は湖の方向に行こうかと思っておったのじゃ」
「ああ、なるほど。うん、いいんじゃないかしら。湖の魚料理とかもあるし」
「魚か。いいの。わしもたまにしか魚を食べれなかったが、好きじゃ」
エメリナは山奥住みだったフェイも魚を食べていたことに少し驚いたが、しかしよく考えたら山奥でも川があれば魚もいるので当然だろう。
「じゃあ行きましょうか。あっちよ。湖のあたりは結構雰囲気違うから、楽しめると思うわよ」
「ほうほう、楽しみじゃのう!」
○
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