第22話 掃除

 本日はフェイがこの街に来てから5日目、7の日である。この世界において祈りの日であり、安息日とされている。

 一般的に休みであり、依頼受領に関して完全なる自由である冒険者にも、安息日を休日とする者は多い。なお協会自体は安息日こそ本業である信仰の日なのでもちろん休業していないが。


 ということで、本日はフェイもお休みである。協会以外にも商店の多くは休日をずらしているので、街にいれば暇になることはない。


 昨日は特に問題なく、誰かとかち合うこともなく無事、依頼をこなすことができたが、残念ながらランクアップにはいたらなかった。

 明日からはまたランクアップを目指して、目標を見据えて頑張るとして、今日は一日のんびりと過ごすとしよう。


 そう決めてはいたが、フェイが目を覚ました時間は今までと同じ時間だった。早めに寝たおかげで二度寝の誘いが来ることもない快適な目覚めだった。


「んーーっ、はぁ、……よし。今日は一日遊び回るとするかの」


 (美味しいものでも……そう言えば、おやつの類を食べておらんな)


 今日のお楽しみは菓子類の買い物だと決めたフェイは、今からどんなものがあるか想像して笑顔になる。


 身支度を整えて一階に降りて朝食をすませたフェイは、街へ飛び出した。


 (今日は隣の区域まで足を伸ばしてみるかの)


 協会とこの宿が存在する中央区域の商店は一通り見たので、今日はもう少し離れたところに行くことにした。

 中央区と名前がつけられているが、実際の立地的にはアルケイド街内ではやや東の門よりだ。


「さて、どこに行くかの」


 どこに行ってもいいのだが、しかしまずはどちらの方向へ進むか決めなければいけない。北側は貴族や裕福な者の住宅街となっているので避けるとして、西側は大きめの湖がある。


 (一度湖を見に行くのも……待て。その前に靴を取りに行くかの)


 フェイは靴屋の達人にて先日購入した靴を受け取りに行くのを思い出す。後でもいいが、また忘れては面倒だ。今日から受け取れるので1日2日遅れても問題ないが、早いにこしたことはない。


 フェイは靴屋の達人を訪れた。そこまでに少しだけ迷いかけたのはともかく、財布の中に購入契約書を入れておいたので問題なく受け取ることができた。


「フェイ様、またのお越しをお待ちしております」

「うむ」


 契約書を書く際に名前を書いてからはきちんと名前で呼び、また今日も店に入った時にすでに気づいて用意してくれた。相変わらずのよい接客具合にフェイは機嫌よく店を後にした。


 一度宿に荷物を置きに戻る。行きに見送ってくれたカルメは目を細めてフェイを迎えた。


「おや、お早いお帰りですね」

「うむ、荷物を置きにな。またすぐにでるが」

「そうですか。今日は冒険はお休みですか?」

「うむ。そうなのじゃ。何か、おすすめなどあれば教えてくれると嬉しいの」

「はい! 紙に書いておきますけど、どういうのがいいですか? 観光スポット? 飲食店ですか?」

「そうじゃのう。では、どちらも頼む。いずれ全て回らせてもらおう」


 何も休みは今日だけではない。これからも毎週休むつもりだ。じっくりとこの街を見て回ればいい。


「わかりました。少しお時間いただきますね」

「うむ。そうじゃ、たまっていたツケを払っておこう」

「おや、別にフェイさんならいつでもいいんですよ?」

「いや、借金みたいなものじゃからな。落ち着かん」


 すでに食べた分とひとまず一週間先まで朝食代、および前回も合わせてインク代などの諸経費を払った。

 そしてカルメに書き物をしてもらっている間に部屋に戻り、荷物を置いて振り向いたところではたと気づく。


 (そう言えば休日には掃除をしようと思っていたんじゃった)


 日中はほぼ居ない上、泥などは入り口で落としていたとは言えやはり床には多少砂や埃があるのが見える。気になると妙に目に付きだした。


「カルメが書き終わるまで時間もあるし、掃除をするかの」


 掃除は上からするものだ、と高祖父に教わってはいるが、いつも指示をもらってやっていたので、いざ一人で掃除をするとなるとどこから手を着けていいものか。


「ふむ……まぁ、上からなんじゃし、天井からすればよかろう」


 風魔法で天井から壁を全て撫でるようにして床へ埃を落とし、そのまま一カ所に集める。床の砂埃もあわせてそれなりの量にはなったが、風だけでは本当に乗ってる埃しかとれない。やはり水で濡れた布巾で拭かなければ。

 フェイはきちんと掃除用の生活魔法を習得している。先ほどの風の魔法もそうだし、雑巾一枚あれば部屋中を走らせてちょちょいのちょいで掃除は完了だ。


 (……そう言えば、雑巾がないの)


 家では着られなくなった服などを適当な大きさに切って雑巾替わりにしていたが、しかし今は最小限の衣服しかないのでそうもいかない。

 拭き掃除の為の魔法も、さすがに雑巾がなければ掃除はできはい。


「むー……魔法で代わりにならんかのぅ」


 拭き掃除は要するに水で濡らして汚れを浮かせ、力を入れてこすって汚れを落としているので、濡らして力を加えれば汚れはとれるということだ。

 つまり、部屋全体を水で満たして風魔法で圧力を与えれば良いと言うことだ。とフェイは結論を出した。

 言うまでもないことだが非常に無謀な試みであるが、本人は自信満々である。


「では行くぞ!」


 手のひらで魔法陣を展開。魔力を込め、勢いよく水を発射する。

 ドバドバドバと音をたてて壁に水がかかる。跳ね返って床に広がっていく。


「何事!?」


 特別薄い壁ではなく、普通の話し声が丸聞こえになることはないが、さすがに壁に滝のような水があたり続けば音は響く。壁の反対側の部屋にいるエメリナは物音に驚き、慌ててフェイの部屋に飛び込んできた。


「おお、エメリナか。おはよう」

「おはようじゃないわよ! 何やってんの!? やめやめ!」

「む、む?」


 フェイは魔法を展開したままのんびりと挨拶をするが、エメリナは怒鳴りながらフェイの隣に走り寄る。

 その勢いに驚いて半身ひきながら、フェイは魔法をやめて手を下げた。


「な、なんじゃ?」

「なんじゃじゃないわよ! 何やってるのよ!」

「いや、掃除を。というか、何故わかったのじゃ?」

「何故もなにも……はぁ、壁を水で殴られれば音も響くわよ」


 不思議そうに首を右に傾けるフェイに、エメリナは額に右手の人差し指と中指を押し当ててため息をつく。驚いたが、こうもあっけらかんとされると怒るのも馬鹿らしい。


「おう、そうであったか。単に窓を避けただけなんじゃが。すまん。反対側にするから許してくれ」

「そう言う問題じゃないわよ。あのね………で、どう掃除しようとしたの?」


 言いたいことは色々あったが、突然かつ予想外のことすぎて何を言うべきか迷ったので、ひとまずフェイの話を聞くことにした。

 壁に水を叩きつけるのが掃除なんて、エメリナにすれば正気の沙汰とは思えない。部屋を水浸しにする意味がわからない。


「うむ。最初は風で埃を集めたのじゃ。ここにな」

「わぉ、いいじゃない。で?」


 冷めた表情のエメリナに対してフェイは得意気に微笑んでからさらに説明を続ける。


「じゃがやはり、掃除と言えば水拭きが一番じゃ。しかし布巾がないでな。代わりに部屋を水で満たして、風で圧力を与えれば同じかと思ってな」

「うーん……うん、とりあえず、部屋を水で一杯にできないわよね。窓とかドアとか、そうそう、排水溝もあるしね」


 エメリナは言葉に詰まりつつ、フェイの無理がありすぎる掃除計画に一つずつツッコミをいれていくことにする。


「おお、確かに」

「後ね、水浸しにしちゃったら布団とか荷物も濡れちゃうし、フェイも水の中にいることになるわよね」

「おお、確かに確かに。忘れておった」

「普通は忘れないわよね」


 目から鱗とばかりに目を見開き、ふんふんと素直に頷くフェイ。エメリナはその態度に呆れながら頭を掻く。

 エメリナはフェイの魔法に驚かないようにしようとしていたが、そもそもフェイの発想自体が予想外過ぎる。改めて、疲れるので驚かないようにしようと決めた。


「とりあえず、わからないこととかあったら、私か、いないなら下のカルメにでも聞いて。余った布くらいあるから」

「そうか。世話をかけてすまんな」

「いいわよ、別に」


 本人の言うとおり、全く持って世話がかかる。しかし本人があっさりしている上、素直に頭も下げてくるので憎めない。

 だからだろう。誰が強制するわけでもないが、どうにも放っておけない。


「とりあえず、カルメのところに行くわね。使ってる雑巾くらいなら貸してくれるわ」

「うむ」

「フェイ、あなたはこの水をどうにかしておいて。魔法でだしたなら、どうにかなるでしょ?」

「うむ。了解した」


 ぴしっと右手を挙手して返事をするフェイにエメリナは笑って


「いい子ね」


 とフェイの頭を一撫でしてから部屋を出た。

 フェイはえへへへと照れ笑いをしながら、魔法を使う。すでに水は床に広がっている。魔法で炎で温めた風をつくり、壁と床に吹きかけた。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る