第20話 猛烈牛3

「おお、ほら。お前も持て。一旦、血の匂いがしない場所まで離れるぞ」

「うむ」


 大量に肉が詰まった袋を渡される。量が量なので安価な部位は捨て置き、高い部位のみを集めたのだが、それでもフェイが両手で抱えるほどの大きさの袋が5つできている。

 その内2つを渡され、強化しているので難なく持てるが、しかし大きい分持ち上げるのに腕をあげなければいけないので微妙に疲れる。


 1人ならば荷物を浮かせて持ってもいいのだが、力がなくて魔法に頼りまくるというイメージを持たれるのも何だか嫌だ。

 そのまま荷物を運んだ。匂いがしなくなる程度まで離れる。


 ある程度離れた場所にある木陰にセドリックは荷物を置き、腰を下ろした。


「ふぅ、ここら辺でいいだろ。んじゃ、とりあえず配分についてだな。まず後付けのパーティーについて説明してやろう」

「うむ、頼む」


 セドリックから少し間をあけて木にもたれるようにフェイも腰を下ろす。位置としてはちょうど対面になるので会話にもちょうどいい。


「依頼を受領する時に申請しなくても、報告時に申請してもパーティー登録はできる。でも違う点が1つある」

「なんじゃ?」

「それはポイントの配分を決められるということだ」

「なんと。しかし、何故じゃ?」

「例えばだ、討伐で無茶な依頼を受けて死にそうになって助けられたとして、ポイントだけは半分手に入れられるとしたら、おかしいだろ?」

「なるほど」


 つまりいざという時に救済を受けて依頼を達成した時に、ポイントと金額を全てそのまま譲渡できるように、というのを目的とした規則だ。これにより実力者が通りすがりに助ける時に損をしないようにという配慮だ。

 しかしこれには大きな落とし穴がある。それはフェイにもすぐにわかった。そもそもパーティーにおいてポイントが半分になるのは、一方的な搾取や金銭による容易すぎるランクアップを少しでも防ぐためだ。

 あえて後から申告することで自由に配分できるとなれば、そのルールは全く意味がないものになる。


「まぁ、お前の言いたいこともわかるけどな。でも仕方ないだろ」


 実際、この規則をつかって意図的にポイントを割り振る者も少なくない。しかしそれを言ってしまえば、助けられたにもかかわらず自分だけの手柄にもできる。口裏を合わせればどうとでもなるし、本人が言い張るならそれ以外には何の証拠もないのだ。


「む? なにがじゃ。わしは何も言っておらんぞ」

「いや、顔に書いてあったぞ」


 (むぅ、疑問が顔にでておったか。御爺様にもよく言われておったしの。不便もないし、特に直す気もないのじゃが……しかしセドリックに言われるのはえもしれん気持ち悪さがあるの)


 親しくない人間に内面を察せられる、しかもそれが気にくわない相手とあれば不快に感じるのも当然だ。

 フェイにとっては初めての感覚に内心首を傾げつつ、そうなのかと相槌をうつ。


「で、セドリックはお金に困っておるのか?」

「おう。できれば金の取り分は10対0で」

「それで本当にわしがうんと言うと思っておるのか?」

「言うだけタダだろ」


 セドリックはにっこり笑ってそう答える。あまりに清々しいその言い方に、お金はあげないが真顔で独占しようとしたことも許してもいいような気持ちになる。


「理由は? 場合によってはポイントと引き換えに6対4でお主を6にしてやってもいいぞ」

「ポイントもらって6対4かよ」

「というか、そもそも殆どわしが倒したじゃろ。半々でもいいくらいじゃ」


 何かしらお涙頂戴の事情があるならばともかく、そうでないなら規則通りの半々で十分だ。殆どやったとは言うが、それほど魔力や体力を使ったわけでもなく、解体もしてもらった。そして依頼をとったのはセドリックであるのも事実であるので、さすがに半々より多くよこせとは言うつもりはないが。

 セドリックは待ってましたとばかりに膝を叩き、それがさぁ、と先ほどの笑顔が嘘のような弱気な声をあげた。


「俺、三男だから成人と同時に家を追い出されて、こないだ丁度一周年だったんだよ。誕生日にと思って奮発していい武器買ったら盗まれちまって、ツケだけが残ったんだよぅぅ。今月中に100万払わないといけねーんだよぉぉ」

「お主は馬鹿じゃな」

「んだとぅ!?」

「いや、そりゃ悪人が悪いが、金もないのにムリして買うからじゃ」


 (というかこやつ、わしと1つ違いじゃったのか。でかいのぅ)


 呆れつつも、自分よりかなり体躯のいいセドリックにフェイは驚いた。

 実際にはセドリックは16だ。フェイにとって成人は13と教えられたが、アルケイド街だけではなくこの辺りでは15で成人が平均的だ。国や地域、また特殊な家系などで異なるが、概ね現在は15で統一されている。


「し、しかたねーだろ!」


 フェイの突き放したような冷たい言葉にセドリックは自己弁護を計るが、フェイはとりつく島もない。つんとした表情でさらにセドリックを責める。


「仕方なくはない。武器が盗まれなくとも、ツケはあったじゃろ。どうするつもりだったのじゃ?」

「あの剣さえあれば、ラクショーのはずだったんだよ!」

「……そうか」


 (こやつ、ほんとに阿呆じゃな)


 呆れたが、しかしフェイにはセドリックが馬鹿でも阿呆でも単細胞でも関係ない。


「まぁ、よい。説明してもらったということもあるしの。実際どのくらいの金額になるかによるが」

「おう、今は時期的にもいいからな。いい部位だけ選んできた。こんだけありゃ、20万くらいだな」

「そうなのか?」


 量自体はかかえるほどあるが、しかし実際の猛烈牛の体からすれば半分以上を置いてきた。なのに一日分とは思えない金額を算出され、フェイは半信半疑だ。


「猛烈牛は丸々金になるが今回は数が多い。グラム150以上の部分だけ取ってきたからな」


 角14本の1万4000Gを含めても20万となれば大きい。フェイには袋分けされた肉がそれぞれいくらずつなのかわからないが、少なくとも100キロはあるということだ。


 (…そう考えると、そこまで高くもないのかの)


 100キロの肉を自分で買うのに20万……高いのか安いのか、フェイには全くピンとこない。

 実際フェイは今約40キロ分ほど持たされているが、重いとは思いながらも何キロかまではわかっていない。しかし通常これだけの重さを持って帰るだけでも一苦労なので、物凄く高い賃金とは言えない。


 セドリックはさらに重いのだが、その重さから金額を想像しているのかむしろ嬉しそうだ。


「で、仮に20万として、取り分はいくらにする? 5万くらいでいいか? ポイントは全部やるから」

「そうじゃの。もう面倒じゃし、それでよい」

「マジかっ! フェイ! お前は最高だ!」


 フェイとしては押し問答も面倒だし、少なくとも高価な部位を選んで解体した目利きや、肉も多く持ち角は全て持つという荷物持ちを率先してやっているのもある。

 赤尻豚の足も1本2000Gで2万Gだ。合わせて考えれば一日の儲けとしては十分だ。何よりセドリックにもあまり関わりたくない。


 はしゃぐセドリックにはいはいとどちらが年上かわからない様子でなだめるフェイ。


「フェイっ、今度何かあったら俺に言えよ! 何でも礼してやっから! あ、お金以外でな」

「心配せずとも、お主に金の無心をすることは絶対にない」


 笑顔のセドリックと対照的に嫌そうな顔をするフェイだが、ふと思い出してとりあえずセドリックに注意をする。


「じゃがセドリック、礼と言うならわしの魔法のことはあまり広めるでないぞ。無駄に有名になりたくないのでな」

「んん? んー、おう、そうか! わかったわかった」


 セドリックは一度右に首を傾げてから、すぐにはっとしたように頭を戻して元気よく頷いた。

 その態度には少し妙な予感がしたが、しかしわかってると言う以上、それ以上言うこともない。


「うむ、頼んだぞ」

「おう、任せとけ」


 念をおすだけにとどめる。


「よし! んじゃさっさと帰るか。 余裕があったらもっかい狩りに…フェイ! 一緒に行かないか?」

「断る」


 残念がりながらも帰り道中延々と誘われ、ますますセドリックへ嫌悪感を強めつつ、荷物の多いセドリックに合わせて2時間ほど歩いて街へ戻って換金した。


 猛烈牛の金額は合計20万に少し足りない程度だったが、しかしフェイの分に関しては約束通りだった。当然ではあるが、そこでまたごねるかと疑ったフェイなので、少しだけセドリックを見直した。


 赤尻豚も換金し、合計ポイント380ポイントを手に入れた。累計1447ポイントで11ランクへとランクアップした。


 カードを受け取ったフェイは満足げにランクが書かれた箇所を親指で撫でた。


「よーし! フェイ! そんじゃ次行くか!」

「じゃから、行かんと言っておるじゃろうが! パーティー面するでないわ!」


 (なんなんじゃこやつは。うっとおしいのう)










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