第21話 魔法書

「うーむ……疲れたのぅ」


 今日でアルケイド街生活三日目が終了する。毎日入浴するのも疲れるので、今日は体をお湯で流すだけに留めた。

 朝起きた時にはすっかり疲れがとれたつもりでいるが、こうして夜になると昨日の夜よりも疲れがたまっているような気になる。

 見知らぬ人ばかりの街は楽しいがやはり疲れるし、今日は特に気にくわない人と出会ってしまった。


 (うむ、いかんな。眠る前は楽しいことを考えねば、恐い夢を見てしまうからの)


 フェイはベッドに潜り込み上布団を肩までかぶり、目を閉じて楽しいことを考えようと試みる。


 (楽しいこと、というとやはり、食べ物じゃな。さっき食べた朝鳴鳥のトマト煮込みはおいしかったのぅ)


「おっ、とと」


 夕飯のことを思い出し、フェイは口の中にたまりだした唾を慌てて飲み込む。


 (いかんいかん)


 食事以外が望ましい。では何があるか。


 (……エメリナのことにするかの)


 山でのこと、高祖父との思い出ならいくらでもあるが、それを思い出すと同時に悲しくなる。なのでどうしてもこの街でのことになる。


 (しかしエメリナとも、それほど長い時間を過ごしている訳ではないしのぅ)


 日に一度はすれ違うので、精神的にも身体的にも今一番距離は近いとフェイは感じているが、そもそもまだ来て三日目だ。思い出となるほど時間はたっていない。


「ふーむ……むぅ」


 何だか頭が冴えてしまった。こんな時以前なら、高祖父が魔法書を読み聞かせてくれた。もちろんそうすると興奮してますます眠れなくなるが、とびきり難しい本を選ぶので一時間もすれば頭を使いすぎて眠くなる。


「……魔法書でも読み返すかの」


 かつての住処では家中に溢れるほど魔法に関する書物があったが、当然家ごと持ってくるわけにもいかない。

 盗難対策をして、魔法書以外にも殆ど全て置いてきた。なので手元にある本はたった二冊。フェイが作っている自分の魔法をまとめる魔法書と、高祖父が作った魔法書の内のもっとも難解なものだ。


 基本的に魔法書は作成者にだけわかるように書く。わざと嘘を書いたり、人によってはレシピ本のように書くものもいる。

 高祖父の魔法書の読み解き方は本人から習ったが、しかし残念なことに最後のこの一冊だけは習うことはできなかった。難しいから一人前になって自分の魔法書が完成したら教えてくれるという約束だった。その約束はもう守られない。


 ベッドに入っていて出るのが面倒なので、魔法で鞄ごと手元に引き寄せ、鞄の底にいれていた本を引っ張り出す。鞄はベッド脇に置き、本を開く。


 (……ふむ、前半が効力の説明で、後半が魔法陣の説明、じゃと思うのじゃが……)


 高祖父の最後の魔法書は日記形式だ。普通ならもう本当に日記だと思うくらい、ごく普通の日常のことが書かれている。

 高祖父の魔法書の書き方はそれほど難解ではない。嘘をいれたり、あえてひっかけるように一つの単語に複数の法則を入れたりしていない。それぞれに対応した法則さえわかれば、全てのページに共通しているので、読み解くことができる。


 例えば今までの魔法書ではだいたいが魔法の効果について、そして魔法陣そのものについての説明の順で書かれていた。ひとまず今回もそうだと仮定しよう。

 他にも今までに教わった魔法書の法則はわかっているのでは、それに従ってある程度の法則の見つけ方も想像がつく。

 まず各ページに共通する箇所を探し、それに仮に当てはめていって文章的におかしくないようにする。というのを一つ一つする地道な作業だが、確実だ。


「……」


 頭の中で今までの魔法書の法則を思い浮かべる。最初と最後にはいずれもベッドから出る、ベッドに入るがあり最後の一言も定型文になっている。説明文の最初と最後が同じなのは他の魔法書とも共通している。

 これは魔法陣の基礎の基礎である魔法陣の形を表していると考えていい。また必ず天気にもふれている。これは発動する魔法の属性とも取れる。


 一通り見たところ、晴れ、晴れ時々曇り、曇り、曇り時々雨、雨、雪の6種類だ。魔法の属性の数と一致する。属性は光、闇、火、水、地、風が基本だ。しかしこの属性と言うものは初期に魔法を作った人間が得られる結果から分類したものにすぎない。なので当然6タイプに該当しないものもあり、便宜的に無属性とされている。

 しかし魔法の数が増えた今では無属性もまた属性の一つと言えるほど種類がある。なので7属性と言うのが正しい。


 (どれかが使われぬということじゃから、確率では、えー……まず一つ目が七通りで、二つ目が六通りで……うむ、とりあえず仮に晴れを火とするか)


 フェイは別に特別計算が苦手なわけではない。紙に書かねば計算の途中式を忘れてしまうだけだ。と誰に対してかわからないフォローをいれつつも、そもそも何通りかを計算することに意味はない。

 重要なのはどれがどれを表しているかを見つけることだ。


 仮に雨を水としたとしよう。一番最初のページにはこう書かれている。



 2の月1週目、4の日

 ベッドから出る。

 今日は一際空気が冷たい。もしこの国がもっと緯度が北側に存在したならば雪の一つも降っただろう。そう思うと残念なような、だがそれは今よりずっと寒いと言うことで、ごめん被る。

 今日は起き抜けで力がでないので林檎を食べた。近くの水源である泉の水はきっと刺すように冷たいだろう。

 風も強く体ごと空へ舞い上がりそうだ。何度も汲みに行くのも面倒なので、今の内に水瓶に水をためておこう。

 今日の夕食のメインは鶏肉にフルーツでつくったソースをかけ、デザートには林檎を凍らせた。

 この日はついつい読書に集中してしまい、夜遅くにベッドに入った。



 最初なので比較的想像がしやすい、と思われる。しかしごく普通の日記に見える。魔法書だと言われていれば、料理部分が怪しく見える。

 天気は雨なので水属性に関係するものだと仮定するとして、気温や冷たさに関係する魔法のようにも受け取れる。


 (水を凍らせる魔法はすでにあるしのぅ。この料理は、魔法陣の形式を指定しているようじゃが…)


 魔法陣の内容を魔法式と一括りにしているが、式とは言っても算数のように記号があるわけではない。魔法式は文章だ。なので魔法書には魔法式がそのまま書かれているわけではない。

 それではわかりやすすぎる。魔法式は基本形がすでにあり、単語を変えたりと応用したり組み合わせて魔法式として完成させる。

 そしてその魔法式を魔法陣に書き込めば魔法が発動する。魔法陣も一定のルールがあり、魔法式ごとに円形、多角形などを描いてそれぞれに魔法式を並べて一つの魔法陣となる。

 例えば小さな火を灯す魔法は、魔力を実体のあるものに変換する円形の魔法式、変換先を火に指定する三角形の魔法式を組み合わせて一つの魔法陣となる。

 基本的には魔力が魔法陣を描いている間は常に発動することになるが、明るくなったら消えるようにするにはここからさらに周りの光量を感知する魔法式、感知した結果で魔力を調整して火をオンオフする魔法式が必要になる。


 魔法書とは基本形に対してどのような単語をいれて組み合わせるか、またその為の図形の指示書のようなものだ。


 (うーむむむむむ………うーむ、何だか、目がしびしびしてきたの)


 頭の中であれやこれやと組み合わせてを考えていると、フェイの瞼が重くなってきた。

 こうなればもう考えても考えても意味がない。途中で寝てしまえば、考えていたことを忘れるからだ。

 フェイは思いついていたことのいくつかを人差し指の先でページの端にメモし、魔法書を閉じた。


 鞄の中に入れるのも面倒なので、魔法書を鞄の下敷きにして布団をかぶり直し、フェイは目を閉じた。

 怖い夢は見なかった。









「ふわぁ」


 昨日は自覚していないがそれなりに遅くまで起きていたのもあり、フェイは欠伸をしながらベッドから出た。

 体が慣れた時間に起きたが、二度寝をする誘惑にかられる。


「……うむ! 起きるかの!」


 大きな声を出して眠気を吹き飛ばし、フェイは着替えてさっさとベッドから出ることにした。


「あ、おはよう、フェイ」

「エメリナか。おはよう」


 廊下に出ると昨日と同じくまたエメリナとかち合った。幸いにもエメリナとの起床時間は同じような時間帯らしい。


「エメリナ、今日からしばらく朝食は下でとるのじゃが、エメリナは今日は外かの?」

「あら、そうなの。私は朝はずっとお願いしてるの。一緒に食べましょうか」

「うむ! 実に、よい朝になりそうじゃの」

「大袈裟ねぇ」


 フェイはご機嫌で、エメリナを連れて一階の食堂へ向かう。

 食堂に入るとすでに食事を食べている女性の二人組がいた。


「お、おはよう、エメリナ」

「おはようございます、エメリナ」

「おはよう、二人とも」

「そっちは……確か魔法使いの少年が入ったと聞いてるけど」

「うむ。わしはフェイ・アトキンソンじゃ」


 挨拶と名前を交換してからひとまず外に出て顔を洗う。


「あ、タオルは?」

「うむ、忘れたのじゃ」

「あのねぇ。もう、仕方ないわね」


 エメリナは呆れつつも、また顔を拭いてくれた。お礼にタオルを魔法で綺麗にした。


 食堂に戻ってから二人組の冒険者、ベッキーとチェルシーとも話をしながら朝食を食べた。










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