第19話 猛烈牛2

 7匹の猛烈牛と男を前にフェイは一瞬だけ魔法選択に思考したが、すぐに決断する。

 フェイは右手を前に突き出したまま、男に防御力強化の魔法をかけながら叫んだ。


「魔法を使うぞ! ジャンプして避けるんじゃ!」

「んなっ!?」


 フェイの言葉に驚きつつも、魔法使いについて男は全く知らないのもピンチなのも事実だ。仕方なく男はその場で足を曲げて全力でジャンプした。


「風刃!」


 男の足が地面から離れたタイミングを見計らい、フェイはしゃがんで右手を左上に振り上げて、右下へ向かって斜めに振り下ろしながら魔法を使った。

 先ほどの赤尻豚の時よりさらに強く魔力を込められた刃は、大きく早く猛烈牛へ向かって飛んでいく。


 ンモーーーォっ!


 牧歌的に聞こえる声をあげながら、魔力を込めすぎたらしく風刃に気づいた猛烈牛はその場で跳ねた。

 しかし猛烈牛の反応速度よりもずっと、フェイの風刃は早く強かった。

 タイミングよく男の下を通り過ぎ、跳ねようとした前方の牛の前足の切っ先と後ろ足の膝下を切り落とし、後方の牛は前足を逃したが後ろ足はしっかり切り落とした。


「よしっ! お主はいったんこっちへ来るんじゃ!」

「お、おう!」


 少なくとも全匹足を二本以上切り落としたので、さすがの猛烈牛も機動力が落ちる。逃げる程度は容易い。

 男は慌てて風刃を解除したフェイの下に走ってきた。


「す、すげーな……ってゆーかあれ! 俺ちょー危なくね!? 殺す気か!?」


 驚き半分感心半分でフェイの隣まで走ってきた男は、振り向いて猛烈牛を見てから勢いよくフェイに怒鳴った。


「うるさいのぅ。ちゃんとお主に当たっても良いように、お主に防御力強化の魔法をかけておいたわ」

「なんだと、ならいいか。ふー、助かったぜ」


 (まぁ……実際に当たっても絶対大丈夫かと言われたら、わからんのじゃが。大丈夫じゃったし。うむ。大丈夫じゃったしの)


 男には確かに魔法をかけたが、風刃にはかなり魔力を込めた。強化は自分にかけて、風刃は相手を攻撃するものだ。強化で魔法攻撃への耐性もつくが、どのくらいかは感覚としてあまり理解していない。

 特に今回は今まで練習していたよりもずっと多く魔力をこめた。しかしもとより男が避けて当たらないようにした。強化はあくまで保険だ。だから問題ない。全く問題ない。


「いやー、それにしても動けなきゃ一体ずつゆっくり相手できるし、いいな。楽勝だ」


 足をなくしてうまく歩けずにその場でこちらを睨みつけてくる猛烈牛を見て、先ほどの慌て顔から一転して得意気な顔をしている男に見えないよう、こっそりフェイは胸をなで下ろした。


「お。おい、奥のやつが逃げようとしてるぞ。殺してきていいか? というか殺したやつは俺の取り分でいいよな? な?」

「む、む? ……途中からじゃが、依頼を一緒に受けた形になるのじゃし、半分の山分けでいいじゃろ」

「ん? お前パーティーくんだことないのか?」

「一回はある」

「途中からの場合は、ってか話してる場合じゃねぇ! とにかく行ってくる!」

「う、うむ」


 いずれも猛烈牛は何とか歩き出そうとしているが、さすがに足が半分にならば引きずってしか歩けない。逃げ出してもそれほど早さはでない。

 それでも男は大慌てで奥の逃げ出しかけている猛烈牛に突撃しに行った。


 (何というか、騒がしいやつじゃのう)


 ひとまずこれで実力を侮られることもないだろう。急ぐ必要もないが、殊更のんびりすることもない。フェイもとどめをさすとしよう。


 (…どうやればよいかの。確か、猛烈牛で必要な部位は……)


 足ではないのは確かだ。角と肉だ。角は簡単だが、肉はさてどうするか。


 (よし、とりあえず頭を切り落とせばよいじゃろ)


 剥製でない限り、頭と胴体が繋がってなければいけないということはないはずだ。

 肉は部位によって切り分け方があるが、持ち運びやすいようにある程度切るのが普通だ。なのでそれほど切る場所を気にする必要はないが、後で男に文句を言われても面倒だ。

 フェイは猛烈牛に近寄り、風刃を使ってその頭を落とした。


 (む、近すぎたかの)


 少し血の匂いがきつめにきた。しかしどうせ豚の時もだが、解体時には近づかねばならないのだから我慢するしかない。

 フェイは黙々と頭を切り落としていった。


「さって、次、ってうぇぇ!?」

「騒がしいのぅ」

「いや、おまっ、は!?」


 猛烈牛を刺し殺して振り向いた男は驚愕に声をあげたが、フェイにしてみれば迷惑なだけだ。軽く睨みつけると、男は何故か混乱したように間抜けな声をだす。


「いや、え、も、もうしとめたのか?」

「うむ。確認はしておらんが、頭を落として生きてはおれんじゃろ?」


 切り口から血液が溢れ、筋肉部分がぴくりと動いたりしているが、生きているとは言えない状態だ。


「う、嘘だろ。俺まだ二頭しか仕留められてねーぞ」


 風刃を使い一匹ずつではあるが、移動も面倒なのでその場で行ったので当然それほど時間はかかっていない。

 驚きながらフェイのところまで戻ってくる男にフェイは答える。


「そりゃあまぁ、さっきの風刃を見ればわかるじゃろ。遠距離攻撃なのじゃから」

「はー、まじかよ………な、ところでさっきの取り分なんだけどな、実はなー、依頼を受ける時点で申請してないと、ポイントはともかくお金は配分できないんだよなー」

「そんなわけがあるか。わしを騙すつもりから考えがあるぞ」

「な、なんだよ。何を根拠に疑うんだよ」

「ポイントは教会の管理じゃから仕方ないとして、お金なら依頼が終わってからでもわけれるじゃろうが」


 というか共同で受けた依頼も、一括で払われたのを冒険者間で配分する。なのにそれができない意味がわからない。


「ぐぐぐ…くそっ、騙されなかったか!」

「というか、そんなにお金が必要なのか? 別にわしはポイントと引き換えに、多少譲ってやっても構わんぞ」

「マジすか!? うおおっ! お前マジいいやつだな! 教会では悪かったな!」


 悔しそうに地団駄を踏んだかと思うと、今まで散々偉そうにしていたがあっさりと手のひらを返し、男はにこにこ笑顔を振りまいてきた。


「いや、まぁ、いいのじゃが」

「俺はセドリック・ノーランドだ。よろしくな」

「わしはフェイ・アトキンソンじゃ」


 とりあえず自己紹介をしてから、急ぎ処理をすることにする。配分についてはいつでも話はできる。


「すまんが、どう処理すればよいのかの? わしは牛の解体はしたことがないのでな」

「うん? そうか。なら教えてやると言いたいが、さすがにあんま時間かけて、魔物が寄ってきたら困るからな。俺がさっさとするから、見ててできそうならしてくれ」


 魔物避けを行使しなおしたので問題ないが、わざわざ言って騒がれるのも面倒だ。してもらえるなら頼もう。お金に困ってるようだし、取り分を多めにしてもいい。

 赤尻豚の報酬もある。殺したからと5匹分もらうつもりもない。


「ふむ。ではわしは休憩するので、存分に働くがよい」

「なにっ………いや、見張りも必要か。おい、じゃあ解体はいいから、ちゃんと見張りとして、さっきの魔法で魔物が来たら追い払うんだ。いいな?」

「うむ、了解じゃ」


 そもそも魔物が寄ってくることはないのだが、しかしそんなことは知らないセドリックはならよし、と頷いた。

 

「どうしたって時間がかかるしな。遠距離攻撃できるお前が見張りなら申し分ない。頼んだぞ」

「う、うむ」


 故意にしたわけではないが、何だか騙したような形になり申し訳ない。しかし今から言うのもあれだし、何より正直な気持ちを言えば、解体は面倒だ。

 高祖父が全てしてくれていたので、料理の手伝いだってすでに処理されていたものしか使ったことがないフェイには、血肉したたる作業は荷が重い。

 もちろん恐ろしくて手が震えたり、気持ち悪くなったりとまではいかないが、気がすすまないものではある。できればやりたくない。


 (すまんの。まあわしのおかげで助かったんじゃし、大目に見てくれ)


 フェイは心の中で詫びてから、少し離れた場所に小さめの椅子を作って腰を下ろした。

 とはいえ特にすることもないし、いずれはやらなければいけないこともわかっている。休憩ついでにぼーっとセドリックの作業を見ることにした。

 

 右手の親指と人差し指で円をつくり、セドリックの作業を見る。

 セドリックはずいぶん手慣れているようで、さっきまで使っていた長剣とも違う大振りの湾曲したナイフで猛烈牛をさばいていく。

 しかしそれでも数が多く、体も大きい。一体に20分ほどかけてセドリックは指定された必要な肉だけを切り落とし、部位別にさらに切り分けて袋へいれていく。


「ふーっ、こんなもんか」


 二時間半ほどでセドリックは解体を終え、大きくその背を伸ばした。

 うつらうつらしていたフェイは慌てて目をこすり、さも起きてましたと言うように背筋を伸ばして立ち上がった。


「うむ、ごくろうじゃったな」











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