第18話 猛烈牛
「やれやれ、さすがに兎のようにはいかんか」
初日の一角兎は巣を作っていたのでそこから出てくる一匹ずつを狙えばよかった。しかし四方八方に同時に逃げ出すものを狙うのは難しい。
まだまだだ、とフェイは自分をたしなめた。本当にあそこにいた群れの全てを捕まえようとすれば、自分が相手にできる程度の数ずつおびき寄せるなりするべきだった。
もちろんそれは簡単ではない。だからこそソロでは効率が悪い。普通はパーティーを組む。しかし現状フェイはパーティーを組むつもりはないので、何とか頑張るしかない。
「魔法でなんとかならんかのう」
(………逃げれないように結界を柵に……無理かの。うむ、まあ、また群れを探せばよいか)
結界は作ってしまえばそれほど魔力をくうわけではないので、広範囲とは言え赤尻豚を倒す間くらいなら魔力は負担にならない。
しかしどこまで群れがあるのかを空間的に把握して結界をつくるのは難しい。それにそもそも、そんな囲い込み漁のような方法では、狩りとして楽しくなさそうだ。
「さて、処理するかの」
赤尻豚の死体5つに近寄り、前足をそれぞれ切り落とす。
血抜きをして蹄と皮をはいで食肉の形になるようにして渡すのが一番高く買い取られ、切り落としたそのままだと半額近くで買いたたかれる。それはわかっているが、面倒だ。
兎は皮以外を焼けば良かったが、今度は逆だ。皮を焼くことはできるが、血抜きはどうするか。
獣の血抜き処理はもちろんすぐ食べられるほど完璧にする必要はないが、持ち帰れる程度にはしなければいけない。手っ取り早いのは内臓から主要な血管にかけて切り開いてしまうことだ。小さなものなら30分もかからない。
しかし今回は足だけだし、皮がついているそのままは生々しく、触れて処理するのはためらわれる。それになによりフェイにとっては重要なことだが、せっかくもらった綺麗なナイフを汚したくない。
「……む、そうじゃ」
幸い脚なのでどこにつかえることなく血が出る方向は一方向だし、血の量も多くない。切り口を逆さにして吊すなりしておけば問題ないだろう。
根本的な解決にはなっていないし、その内解体自体をすることは避けられないだろうが、ひとまずはやらずにすませられることに安堵する。
「さて……」
フェイの行動は決まったが、問題は吊す為の木が近くないことだ。いちいち戻っていては時間がかかる。
「……ふむ」
木がないといけないわけではない。発想を変えよう。吊すと言う行為が必要なのではない、逆さにさえすればいいのだ。
フェイは魔法で足10本を持ち上げておくことにした。風魔法を使いかけたが、下から持ち上げる風では血をせき止めてしまうかもしれないと思いとどまる。
(風魔法以外で持ち上げるとなると……よし! 今度こそ決めたぞ!)
フェイは地面に向けて右手をだし、魔法を行使した。地面が盛り上がり垂直で高さ一メートルほどの壁をつくり、てっぺんから尖った針が飛び出すような形になる。
「よい、しょっ、と」
フェイはさらに魔法で固く固定した土壁の針部分に、切り口を下にして足を突き刺していく。全て刺したフェイは土で汚れた手を魔法で水を出して綺麗にする。
(よし、後は30分ばかり待てば十分じゃろう)
どのくらいで血がぬけていくのかわからないが、最悪血が垂れながらでも運べるし、帰るころには血抜きは完了のはずだ。
他の部位はいらないので全て燃やして消去し、フェイは匂いが気にならない程度に距離をあけ、魔法で土の椅子をつくってそこに座って魔物除けを発動する。
そして少し早いがお昼を食べた。食べ終わる頃には滴り落ちる血も止まっていたので、もういいだろう。
「よっ、と、こら、しょっと」
足を抜いてちょっと振ってから袋に入れていく。一本ずつならポケットに入るが、袋をわけるのも面倒だ。そのまままだと血が出るかもしれない肉を入れるのは抵抗があるので、そのまま袋を担いだ。
「ふむ、さて、次に行くか」
先ほど感覚で姿や声が聞こえてから解除しても間に合うとわかったので、魔物除けを小さくして歩き出す。
(しかし、何を探すかが問題じゃな)
赤尻豚がいてもいいが、一応10本あれば最低2本からなので問題ない。同じ魔物ばかりよりは他のものを相手にしてみたい。
とりあえず兎以外で見つかったものを標的にすることにした。
○
さらに草むらを歩くこと1時間ほどで、遠くに影が見えた。フェイは右手の人差し指と親指で丸く輪っかをつくり、目の前にかざす。
魔法で水を拡大鏡のようにして指の輪っかにはめているので、遠くまでよく見える。
「ふむ? 誰かおるの」
発見したのは赤尻豚より大きく、空に向かって角を生やしていて、拡大しても小さいが牛のようなので内心ガッツポーズをとるが、それと同時に人影が視界に入った。
先を越されたかとがっかりしかけたが、よくよく見ると人影は一つだけだ。他の仲間が隠れている可能性も否定できないが、少人数である確率は高い。
狩りをしているのに割り込むのはマナー違反だが、先客の手に負えずに逃がしてしまった牛をこっそり追いかけて遠くで仕留める分にはマナー違反とまでは言えない。
「どれ、ちょっぴりと、見学をさせてもらうかの」
フェイはいつでも走り出せる準備をしながらも、魔物除けを解除して自分を中心に結界を張った。
気づかれず邪魔にならないが走れば追いつくだろう、牛と人影から50メートルほどまで近づく。
「む?」
ゆっくり近づきながら、何となく見覚えがある気がしていた人影だが、こうして拡大しなくても見え、声が届くほどの距離にくるとはっきり顔が見えた。
(先ほどのあの偉そうな男ではないか)
牛が推測通り猛烈牛だったのは嬉しいが、何となくテンションが下がる。いや、原因は明白ではあるが認めたくないだけだ。
先ほどフェイから猛烈牛の依頼書を横取りした感じの悪いあの男とはあまり関わりたくないが、しかし狩りにおいて一番面倒なのは群れを見つけるまでだ。
例え討伐や処理に時間がかかっても、自分で時間の目安はつく。しかし探すことにかけては、最悪何時間も見つからないというのは珍しくない。特徴的な巣を持つならともかく、特定の住処を持たない生き物はなおさらだ。
いつ終わるかわからない作業ほど苦痛なものは、少なくともフェイにとっては他にあまりない。なので仕方なく、このまま見学を続けることにする。
「……くっ」
男は猛烈牛に向かって剣を突きつけているが、攻めあぐねているようで、なかなか動かない。近づく途中で何度か切りかかる動作が見えたが、しかし全く効果がないらしい。
猛烈牛は大きな傷もなく、男を囲うようにして鼻息を荒くしている。全部で7匹いる猛烈牛の群は男に脅威を感じていないらしく逃げ出そうとしない。
魔物は人間全てから逃げるわけではない。人間を食べる魔物さえいるし、魔物から人間を襲いかかってくる物も割合いる。しかしその人間を脅威だと感じればすぐに逃げる。
草食の魔物は人間を積極的には襲わないが、もちろん人間に勝てると判断すれば比較的大人しい草食の魔物でもこちらに襲いかかってくる。
今は男は猛烈牛達にとっては返り討ちにできると判断されているということだ。笑える話だ。よくも人を馬鹿にできたものだ。馬鹿め!
「馬鹿め!」
「誰だ!?」
「しまった。つい素直な気持ちが」
男と牛たちが一斉にフェイを振り向く。途端に牛たちはさらに鼻息を荒くし、フェイをも囲うようにじりじりと移動し始めた。
魔力あっての魔物は、同じく魔力を持っていても殆ど使用しない人間に比べて魔力に敏感だ。魔物の強さや特性によってその鋭敏さは異なるが、少なくとも猛烈牛にとってフェイは男よりは強敵と判断されたらしい。が、全く嬉しくない。
「くそっ、だ、だがちょうどいい! お前はナイフか!? 二手に別れてやるぞ!」
「いやじゃっ! お主とは組みとうない!」
「なに!? 馬鹿! 状況を見ろ!」
男が振り向き驚きつつも、しかし囲まれた絶体絶命の状況だ。役に立たなさそうな子供でも猛烈牛に隙をつくってくれるくらいはできるだろうと考えたが、まさかの拒否に怒鳴りつける。
「むー」
(言わんとすることはわかるのじゃが………まあ、仕方ない。本人が言っておるのじゃから、わしも依頼を受けたと思ってやるかの)
フェイとしては怒られるのには納得がいかない。一度頬を膨らませて不満を露わにしたが、しかしすぐに考え直して得意げに右手を突き出した。
どちらにせよ猛烈牛にも挑むつもりではいたのだから同じことだ。いつまでも腹をたてても仕方ない。
「わかった。助太刀するとしよう。じゃが一つ訂正じゃ。わしはナイフ使いではない、魔法使いじゃ!」
(わしの魔法に恐れおののくがよい!)
男への意趣返しに気合いをいれつつ、フェイは猛烈牛に囲まれきる前に大きく後ろへ飛んで、7匹全てが視界に入っている状況を確認する。
とりあえずせっかくなので男に自分の凄さを見せてやろうと決めたフェイだが、さてどうするか。猛烈牛は赤尻豚よりさらに体が大きい。
まだ魔力に余裕はある、というか魔力が総量の内どの程度か把握していないのだが、ともかく余裕はある。魔力を多めに使い、確実に、全匹しとめる!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます