第17話 赤尻豚

 カルメに薦められた飲食店を一通り見て回り、最後に見たそのフライフィッシュサンド専門店で、昨日一つしか食べられなかった失敗を生かして一つ購入した。


 そして教会に行き、依頼書を見る。昨日はないものねだりしても仕方ないので、魔物関係の依頼は見なかったが本日より解禁だ。


 依頼は都度新たなものが張られるが、朝は11時以降に更新される。現在は朝10時半で、教会が開いて一番最初の駆け込み後の午前中で最も人の少ない時間帯だ。その為殆ど人がおらずゆっくりと見ることができた。


 さて、何をするか。それが問題だ。ポイント問題は解決している。より難しいものを受けるには20ランクまであげなければいけないが、簡単に計算できない程度にはポイントを稼がなければいけない。何より、ポイントの為だけに依頼を受けるのは作業的すぎる。フェイがしたいのはポイントやお金という数値ではかれるものではないのだ。


 (……とりあえず、受けれる中から金額高めのものを選ぶかの)


 とは言え、だからと言ってどれがフェイ好みの依頼なのかよくわからない。それぞれ依頼を見て、どれも倒したことのない魔物が書かれているし面白そうだ。

 なので選考基準としてとりあえず、分かりやすい目安として金額が高いものを選ぶことにした。


「…よし」


 (これに決めた! 決定じゃ!)


 フェイは一通り見定めた後、右手を伸ばし


「んっ、んむっ」


 届かない。お気の毒ですが、身長が足りません。

 魔法で浮かぶべきか、しかし外ではあまり魔法で目立たないようにしようと決めている。と少し悩んだ瞬間、べりっと音をたてて端っこが破れるほど強く、フェイが取ろうとしていた依頼書がとられた。

 背後から伸ばされたその腕を目で追いかけ、振り向くとそこには大きな鎧をつけた背の高い青年がいた。


「坊主、悪いがこいつは俺がもらう。ちょっと急ぎ入り用でな。坊主はもっと安全なのしとけ」


 ぽん、と馴れ馴れしく青年は依頼書を掴み取ったのとは逆の左手でフェイの頭を叩く。


「気安く触るでない。というかわしのじゃ。返さんか!」


 青年の手を勢いよく払いのけ、フェイは青年を睨みつける。見知らぬ相手に自分のお目当てをとられ、あげく実力を軽く見られたのだから、自称穏健派のフェイも腹をたてても仕方ない。


「坊主、ランクは?」

「10じゃ」

「やめとけ」

「なんでじゃ! それは10ランクじゃ! わしもできるんじゃっ」

「確かに10ランクではあるが、これは一桁目を数えるなら19ランクくらいの難易度なんだ。坊主には早い」

「そんなのどこに書いてるんじゃ」

「書いてない。俺調べだ」


 ふふんと何故か自慢げに言われ、あまりにも馬鹿馬鹿しいセリフにフェイの頭に一気に血が上る。

 青年が言ってることは要するに、自分の勘ということだ。何の根拠もない。そもそもフェイに早いというのも根拠がない。

 ないないだらけで何じゃその自信は!とフェイは怒り心頭で抗議の声をあげる。


「むー! お主こそ何ランクなんじゃ!」

「俺は19ランクだ」

「……ふーん」


 物凄く反応に困るランクだった。確かにフェイよりは上だが、同じ依頼しか受けられない。青年はエメリナより少し年上のように見えるのでなおさらだ。


「おい、反応薄いぞ」

「あ、あー……うむ、思ったより低いんじゃな。まあ、気を落とすでない。誰でも最初は初心者じゃ」

「なんでお前が俺を励ましてんだよ!? 逆じゃね!? 逆じゃね!? お前のが初心者だろ! 俺は昨日で冒険者一周年だぞ!」


 一周年だろうと何だろうと、ランクの上がり度合いがわからないのでぴんとこない。青年が普通なのか、早いのか遅いのか、冒険者生活三日目のフェイにわかるはずがない。


「まあいい、とにかくこれは俺がもらう、悪いな」

「うむ…」

「んじゃーなー」


 何となく逆ギレで誤魔化された感じはするが、それほどお金に困ってる訳でもない。

 フェイは青年が依頼書ごと右手をふりながら出て行くのを横目に無視し、改めて別の依頼を受けることにした。


 先ほどのは猛烈牛の肉と角の採取依頼だ。一角兎もだが採取系などは複数枚を重ねて依頼されていたりするのだが、あいにくと猛烈牛の依頼書は先ほどのがラストだ。だからこそあの青年も取っていったのだが。

 だがよく考えたらグラムなので一匹の単価は高いが、持って帰るのは面倒だ。

 ちょうどよかったと自分を慰め、フェイは別の依頼書をとる。後ろを警戒しながら素早くジャンプして右手で確実に依頼書をもぎとり、猛烈牛の隣の依頼を受けることにした。


 こちらは赤尻豚の豚足採取だ。脚だけならまだ軽い。一本単価なので、ある程度数が必要だ。しかし一匹倒して終わりより沢山倒したりしたいのでちょうどよいだろう。


 ついでに他の依頼もチェックしたが、確実にできる自信がなければ複数受けない方がいいと言われているので、他は見るだけにして受付を済ませた。


 赤尻豚は一角兎の生息地のさらに街から一歩離れた草原に生息している。同じく猛烈牛もそのあたりなので、うまくすれば依頼書がなくてもいいかも知れない。


「さて、走るかの」


 今日は山ほど遠くない。魔物除けを弱めて自分中心の1メートルほどにして、大きな音をたてないよう小走りで行くことにした。









 (お、あれじゃな)


 草原にたどり着いたフェイは魔物除けを完全に解除する。そもそも1メートル程度魔物除けをしてもあまり意味はない。少なくとも魔物はこちらを避けていってはくれない。

 面倒だったので走りながら何度か一角兎を蹴飛ばしたが、数メートル跳ねていったが転がったままの勢いで走って逃げていった。


 何はともあれ大きな問題なく赤尻豚の生息地までやってきたフェイは、草葉の陰になるようしゃがんで身を潜めて対象の様子を伺う。


 (ふむ…どうやら食事中のようじゃな)


 依頼書にあった説明通り、と言うよりも名前通りお尻の部分が真っ赤だ。赤尻豚は体毛が赤いのだが、ほぼ下半身のみに体毛が集中している。依頼ではその赤尻のある後ろ足、ではなく前足だ。

 異常なほど発達した太く固い後ろ足に比べて前足はほどよい脂肪がついていて、美味なのだそうだ。また験担ぎに使われる食材でもあり、縁起物の一つだ。


 赤尻豚は三匹いて同じ場所めがけて鼻先で穴をほり、何かを掘り返して食べている。

 赤尻豚は10ほどで群れをつくる習性があり、フェイの目算30メートル先の3匹のさらに10メートル先にも何匹かいるのが草の動きと垣間見える赤色でわかった。


 動物と同じで、肉食のよほど強い魔物以外は群れをつくる。しかし一匹を倒す間に逃げられてしまう場合が多い。ソロでたくさん倒すためには遠距離が一番、とはエメリナの言だ。

 どうせフェイには魔法しかない。身体強化して殴りかかってもできるかも知れないが、どう考えても魔法の方が効率的だ。そして魔法を使うなら近くても遠くてもそう変わらない。なのでフェイは距離を保ったまま魔法の準備をする。


 (さすがに草向こうの見えていないやつはむりじゃが、3匹くらいなら一気にいけるじゃろ)


 フェイは手のひらの中で3つの魔法陣を準備する。様々な攻撃魔法があるが、やはり使い勝手がいいのは風刃だ。何より目立たないのがいい。空気を圧縮した強い風なのでよく見れば何かあると気づくが、炎に比べたら断然マシだ。


 赤尻豚の体躯は大きい。兎より強めにするため、魔力を強めにかける。狙いは兎と同じく首だ。


 (はっ!)


 心の中でかけ声をかけながら魔法をはなつ。今日は隣に人がいないので魔法をわざわざ口にすることもない。


 フェイの潜む草村から飛び出した3つの風刃は回りの草を切り倒しながら進む。

 半ばまで進む時には赤尻豚は異変に気づいたが、顔をあげて声をあげる前に風の刃は豚の首から綺麗に入り、頭を切り落としながらさらに向こうへ飛んでいった。


 あまり飛んでいって、感知しないところで何かあっては面倒なので魔法を消す。頭がぼとりと音をたてながら落ち、それからゆっくりと体が倒れていく。


 プギィィィ!


 やられた3頭に気づいた他の赤尻豚が声をあげながら逃げていく。フェイは立ち上がり、慌ててそれを追いかけて風刃を使う。

 とっさに視界に入った7頭を狙ったが、動いている獲物相手にしかも同時に7匹は初めてだ。2つはてんでバラバラに、3つは赤尻豚をかすめ、2つがなんとか赤尻豚の胴体をかすめた。


 動きをとめた2匹に追撃し、動いていたので首にあてられなかったが体を2つにわけてしとめた。











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