第16話 靴屋の達人

 フェイにとってこの街の食事はいずれも食を極めんとするかのような美味しい物ばかりであった。

 高祖父手作りの料理には間違いなく愛情はあったかもしれないが、所詮素人でありまた料理よりも魔法研究に命を捧げた人間だ。フェイの食生活はどちらかと言えば貧しかった。

 しかしそんな生活でそれなりの頻度で登場していたオムレツ。これは高祖父には得意料理であり朝の定番でもあった。味のよく想像がつく、馴染んだものだ。

 だからこそ、味の違いに感動した。作り手の技術により同じ名前の料理がこれほどに違うとは、さすがに想像していなかった。


「実に美味であった。お主のお父上にも伝えておいてくれ」

「はい!」


 食べ終わるまで隣に立たれていたのでそう少女に伝え、会計を済ませた。


「是非、またどうぞ!」


 満面の笑顔で見送られ、最初に不信感を覚えたことなど忘れるほどの明るい接客態度に、フェイは上機嫌で店を出た。


 (さて、お腹も膨れたことじゃし、靴を見に行くかの)


 フェイは再び街の探索に戻る。まだまだ全てを回るにはほど遠いが、地図を見たときに各区域に分かれていたのもあり、だいたいの傾向がわかった。

 少なくとも教会や黒猫亭がある中央区では、住宅通り食品通り商店通りとわかれている。店に関しては混在している部分もあるが、ある程度住み分けされている傾向があるのは事実だ。


 フェイは迷わず商店通りに向かう。一度通った通りは避けて、通らなかった商店通りを進む。

 靴のマークが書かれた靴屋の達人と看板のある店のショーウインドウを見るとなかなか可愛らしい靴が見えた。

 男物らしい大きめの靴もあれば小さなものもある。家族向けの店なのだろう。値段の相場はわからないが、少なくとも今まで見てきた店に比べて驚くほどの値段はついていない。


 中に入ると会計受付にいる女性店員と少女店員がいた。店員が二人だが、客はまたフェイ一人だ。

 何となく少し戸惑ったが、しかし臆することはないと自分を鼓舞して足をだす。ドアベルがなる音に振り向いた少女が笑顔で声をかけてくる。


「いらっしゃいませ。どのような靴をお探しでしょうか? 宜しければお手伝いさせていただきますが」

「うむ、室内用の靴が欲しいのじゃ」

「室内用、ルームシューズですね。中と外で、完全に靴を変えられますか?」

「いや、入浴後に同じ靴をはきたくないのじゃ」

「では外靴でも室内を歩かれるのですね」

「うむ。まずいかの?」

「いえ、同じようにされてる方もおられますよ。入浴後のみと言うことでしたら、はきやすく、また通気性のよいこのようなサンダルタイプはいかがでしょう?」


 少女はフェイからの要望に笑顔のまま棚を振り向き、すぐに一足差し出してきた。


「ほぅ…」


 差し出されたのは皮製で、踵がなく足首より前を差し込む形だ。上部分は皮が格子になっていて、全く覆うのに比べて半分くらいの皮面積だ。おかげで通気性もよさそうだ。

 冬場だと少し寒いかも知れないが、もうこれから暖かくなりだす季節だ。


「よいの。うむ、これをもらおう」

「ありがとうございます。では足のサイズをはからせてもらいます。それにあわせてサイズをご用意させていただきます」


 少女の接客態度は柔らかく、一歩間違えると押し付けがましいほどの早さだが、すばやくメジャーを構えるその動作も全く嫌みがない。

 靴屋の達人という大げさに思える店名もあながち言い過ぎではないとフェイは思いながら左足を出した。


 少女店員はしゃがみこんで自然な動作でフェイの左足を持ち上げ、自分の膝にのせてサイズを計測した。


「はい、23.2センチですね。サイズは0.5センチ刻みですので通常ですと23.5センチとなりますが、室内用ですから24センチでもいいかと」


 成長を見込んで多少大きく買うかどうかと聞いてくる店員に、フェイはうむと大きく頷く。


「すぐに大きくなるじゃろうしな。なんなら26センチくらいがいいんじゃないかの?」

「いえ……さすがに大きいと思います。24でどうでしょう」


 (ふむ、まあ、プロに従うとするか。それほど大きくなる前に買い換え時期になるかも知れんし)


「ではそれで」


 フェイがそれほどの靴のサイズになることはほぼないのだが、高祖父がエメリナとそれほど変わらない身長だったことを計算にいれることなく、自分は大きくなるだろうと自信満々だった。


「はい、ありがとうございます。すみません、サンダル32番24センチお願いします」

「はい」


 少女店員は熟女店員に靴の指示を出しながらもフェイにはさらににっこり笑いかける。


「お客様、ただいまご用意致しますので少々お待ちください」

「うむ、急がぬ。構わんよ」

「ではそれまで時間潰しに、少々他の商品説明もさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「商魂逞しいの。なんじゃ? わしは冒険者なのじゃが、よい靴はあるかの」

「そうでしたか。通りで、お若いのにしっかりしておられますね。でしたらこちらいかがでしょう。少々お値段ははるのですが」

「ほう、カッコイいの」

「はい。ですが造形だけではありません。豪乱ワニ皮を使用しており、耐水性は抜群で丈夫です」

「ほう」


 左手で右肘を支え、右手を顎に当てて感心したように声をだすフェイだが、豪乱ワニには聞き覚えがない。店員の言い方から有名なもののようなので聞きづらく、とりあえず合わせたのだ。

 とりあえず説明は置いておいて、見た目はとてもカッコイい。

 ベルトをしめてサイズ調整をするタイプのブーツなのだが、無骨でいかにもガタいの良い戦士が身につけそうなカッコイいタイプだ。フェイは可愛いものも好きだが、格好良いものも大好きだ。









 買うことになった。しかもブーツはぴったりサイズでないといけないということで、これから調整に2日かかる。そしてお値段もそれなりに高く、3万8000G。サンダルが4000Gでそれでもそれなりに良いものなのだが、差額は大きい。

 だがフェイはそれだけ良いものなのだと店員の説明は話半分しか聞いていなかったがご満悦だ。


 サンダルの値段も聞かずに購入を決めたことやその態度からカモだと判断されたのだ。オーダーメイドのワニ皮としては適正価格ではあるが、通常は成人してある程度サイズが定まった人間が買うものだ。足のサイズとはいえフェイの年齢であれば十分に大きくなる可能性はある。


 そんなことは知らないフェイはご機嫌のまま、先払いして購入契約書を貰いサンダルを持って店を後にする。


「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

「うむ、また2日後に来るのじゃ」


 最後まで完璧な接客であった。なにより客であるフェイの気分があげあげであることから、その完璧さが伺える。


 (さて、お金を使ったことじゃし、靴をおいたらさっさと仕事に行くかの)


 フェイも一応お金の価値を理解していないわけでない。使った分は稼がなければと理解している。


 宿に帰るとカルメが迎えてくれた。


「おや、お帰りですか?」

「うむ。じゃがまたすぐ出る。あ、そうじゃ、明日からしばらくの朝食をお願いしてもいいかの」


 稼ぐためには朝に朝食を探して回ると時間がかかる。夕飯は日が落ちてから寝るまでの時間をかけられるので外で食べても問題ないが、しばらく朝食はお願いすることにした。


「はい。わかりました」


 通常であれば先払いしてもらうので、しばらくという曖昧ではなく何日にするか決めてもらうところだが、カルメの中でフェイは金払いがよいという名札をつけている。

 少なくとも最初の支払いのお釣りだけでも十分に朝食程度支払える。あえて日数を決めることで逆に少ない日付になる可能性を考慮すれば、あえて支払いを今させることもない。

 作ってしまってから断られても、フェイならば自分がやめると言わなかった以上金銭を払うことが考えられるので問題ない。

 カルメは一瞬でそのようなことを考えて、にこやかに軽やかにフェイの言葉に頷いた。


「あと、お昼のお弁当を売っているいい店はないかの」

「お弁当ですか、いくつか近所にありますよ。あ、地図書きますね」

「頼む。わしは荷物を置いてくるでな」


 フェイが一旦部屋に戻り、靴を置いてから戻るとカルメはすでに簡易地図を書いていた。

 カルメが両手で差し出してくるので右手で受け取り検分する。大ざっぱな通りしか書いていないが、だいたい分かる。店の名前と特徴もかかれている。


「ありがとう、助かる。手間をかけさせてすまんの」

「いえ、これも仕事ですから。あ、紙代とインク代は後ほど請求させていただきますね」

「うむ」


 順調にカモへの道を進むフェイだが、紙代だけで地図代でないとは親切だとむしろカルメへの評価をあげていた。最初の頃は何でもお金がかかるのかと驚いていたフェイだが、早くも順応したフェイはこれが当たり前だと思い、全く疑問に思っていなかった。


「では言ってくる」

「はい、行ってらっしゃいませにゃん」

「…うむ」


 (それにしても、カルメのあれは、趣味なのかの)


 街中でもたまーに見かける変わった格好をいつもしているカルメに、フェイはいっそ聞くべきか、やはり人のファッションについてケチをつけるようなことはやめるべきか、少し悩んだ。

 とりあえず宿屋を出たのでその悩みは保留として、考えるのを放棄することにした。










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