第13話 臆土水、甘木石5

 防水処理が施されている皮袋を取り出し、袋ごと泉につけて水を汲む。皮袋はそれほど伸縮性がないので、複数に分けて汲んでいく。

 水なのでパンパンになるまでいれても、なんとかポケットを通過して入れることができた。フェイの目分量で10リットル分を手に入れた。


「しかし本当に、全然魔物こないな。普段なら動物と同じくらい見かけるんだが」


 動物と魔物の違いは体に魔力を一定以上帯びているか否かだ。基本的な生態系では似ている部分もあり、ごく普通に動物と魔物は同じほどの数が生息している。

 こちらの気配を見て動物の大半は逃げるが、魔物のいくつかはこちらへ襲いかかってくる。見た目上で動物か魔物かがわからない場合も襲いかかってくれば魔物、とおおざっぱにわけられる。

 ここまででエリックは逃げていく動物の姿は見かけたが、一匹も襲いかかってこないどころか、見慣れた魔物の姿も見かけない。


「うむ、魔物にとっては何となく嫌な空気をだして、近づきたくないと思わせているのじゃ」

「何となく嫌な空気って?」

「魔物除けにも複数タイプがあって、匂いや音を使う物もあるが、わしがよく使うのは振動じゃな」

「しんどー?」

「何を震わせるんだ?」

「音にならぬ程度に魔力で空気をふるわせておる。そして空気自体に魔力をまぜることで、魔物からすれば強い魔物がいるのと似たような空気に感じるのじゃ」

「へー、そういう仕組みだったのか」

「うむ。まあ、物凄い強い魔物には聞かぬが、そうそうおらんからの」


 (ま、いてくれても全く構わんのじゃが)


「この山で問題ないならそうだな。たいがいのやつは大丈夫だろ。便利だな」

「採取が目的ならばの」


 魔物に会うのが面倒な採取や移動中には便利であるが、フェイにとっては面倒事を避けるための簡易結界みたいなものだ。腕輪に入っているので使うが、結界よりは用途が限定されているのでそれほど便利な魔法という意識はない。


「むー……。フェイさ、ボクらとパーティーくもうよ」

「む? 一緒に依頼をこなすということじゃな。それは別に構わんぞ」

「そーじゃなくて、固定パーティーのこと」

「? どう違うんじゃ?」


 フェイは協会でもエメリナからもパーティーについて説明を受けているが、固定パーティーとそうでないものの区別はよくわかっていなかった。

 依頼を一緒に受けてポイントと報酬を共有するだけであれば、受けるときに一緒にいれば問題ない。継続的に一緒に受けることを固定パーティーと聞いてはいるが、意味として違いがあるのか。


「固定パーティーは申請すると、例えば俺らでくんだとして、フェイが働かなくても俺らだけでした仕事もポイントが配分される」

「ほう、単なる共同依頼ではないのじゃな」

「ああ。あと規則ではないが、固定パーティーを組んだら宿も一緒にして、ただのパーティーじゃなくて一緒に生活する仲間って感じになるな」


 単独の物も含めて全ての依頼が共有されるという、ある意味では生活共同体のようなものだ。それなら確かに大きな違いだ。

 今までもエリックは他の人間とも固定パーティーを組んだことがあり、その時の話なども聞いて、具体的に固定パーティーのイメージを持つことができた。


「そんな感じだな。雰囲気わかったか?」

「固定パーティーいいだろー、フェイもまぜてあげるって!」

「ふむ……ありがたい話じゃが、遠慮しておこう」

「なんでだよ!」


 怒るアレシアにも段々慣れてきたので、フェイはどうどうと手をかざして宥めにかかる。


「そう怒るでない。わしらはまだ出会ったばかりじゃ。そうそう気安く固定パーティーなぞ組めんよ」

「俺としては、フェイのことは信用できると思うがそうだな。普通は何回かパーティーくんでから、固定パーティーになるし」


 エリックにも否定的なことを言われたアレシアは怒りを収めてしゅんとしながらも、頬を膨らませるのはやめない。


「むー。だってフェイいたら便利じゃん」

「そのような考えなら、なおさら却下じゃ。わしは道具ではない」

「道具とか言ってないし。やくわりぶんたんですー」


 (おお、難しい言葉を知っておるの。と言ったらさすがに失礼じゃな)


 思わず誉めそうになったが、仮にも年上に対して言うことではないとフェイは自重した。


「ま、どちらにせよ。まだ早い。わしはもっと色んなことがしたいのじゃ」

「むー」

「フェイが気に入ったのはわかったけど、だだをこねるなよ。嫌われるぞ」

「き、気に入ったとかじゃないし!」

「じゃあなおさら、無理にいれなくてもいいだろ」

「うー……わかったよ。フェイ!」

「そう大声をださずとも聞こえておる。なんじゃ?」

「フェイが自分から仲間にしてって言いたくなるようにしてやるからな!」

「はいはい、頑張っておくれ」

「うん!」


 (…まぁ、アレシアには悪いが、固定パーティーになることはないじゃろう)


 別にフェイは2人に対して悪印象というわけではない。アレシアの馬鹿っぷりにも慣れてきた。

 しかしフェイとしては、誰かとずっと一緒というのはさすがに窮屈だ。1日2日ならばともかく、やはり眠る時は素のままの自分でいたい。


「さて、では水をくんだが…まだ時間余っておるし、採掘に戻るかの?」

「おお、いいぜ。俺らは元々そのつもりだからな」

「いーけどー、無駄に来たかんじー」

「拗ねるなよ」

「なんだよ兄ちゃんの馬鹿! 拗ねてねーよばーかばーか!」

「はいはい、悪かったよ」


 うー、と唸って機嫌の悪そうなアレシアにフェイは少しだけ悪いなと思った。

 固定パーティーになるつもりはないが、アレシアが悪意なく言ってくれてるのはわかる。少しくらいフォローしてもいいだろう。


「アレシア……その、なんじゃ」

「なにさ、ふーん」

「実はまだ昼のパンがあるのじゃが…食べんか?」

「食べる」

「許してくれるか?」

「しょーがねーなー」


 機嫌を直してくれた。さすが、単純だ。馬鹿だなと思うが、単純すぎて動物みたいで少し可愛いなとフェイは思った。









 その後、採掘の依頼を続けてエリックが十分なので引き上げようと言う言葉で終了することになった。

 行きは走ったフェイだったが、帰りは2人と一緒であり、まだ夕方前だ。基本エリックおまけアレシアの冒険者話を聞くのも勉強になるので歩いて街まで戻った。

 街につく頃にはすっかり夕方を過ぎて、そろそろ日が沈もうとしていた。仕事終わりとするにはちょうどいい頃合いだろう。


 教会に行き、報告を済ませる。


「端数切り捨てとなります。臆土水5200ミリリットルに、甘木石6900グラムで、1万7300Gです。864ポイントです」


 お金と共にカードを受け取る。今回手に入れたポイントで累計1067ポイント。10ランクへとなっていた。


(思ったよりぎりぎりじゃの。30キロとは重いのじゃな)


 目標達成ではあるが、臆土水だけで10リットル分(三倍の約30キログラム)とってきていたと思っていたので、実際にはその半分で内心驚いていた。

 それでも明日からは念願の魔物退治などの依頼が受けられる。フェイは一人納得して頷いて、カードをポケット深くにいれた。


 フェイがカードを見ている間に後ろの2人も清算を終えた。


「フェイ、どうだった?」

「うむ。ようやく10ランクじゃ」

「ようやくって、確か昨日登録したって言ってなかったか?」

「うむ」

「はえーよ。まあ、大量に運べるだけで有利だしな」

「ボクだってランクあがったもんねっ」

「どれ」


 見せびらかすように向けてくる登録証カードを見ると17ランクとなっていた。


「ぐぬ……ふん、すぐに追いつくわ」

「へー、へー!」


 あからさまに強がりを言うフェイにアレシアは馬鹿にしたようにフェイの顔をのぞき込んでくる。

 エリックとしてはこのペースなら全く冗談ではないし、アレシアどころか自分が抜かれるまでそう、何年もかからないだろうと思ったが、悔しいのでそれは言わずにおいた。


「ま、とりあえず食事にしようぜ。今日の礼におごるよ」

「む? ……むぅ、そうじゃな。では甘えておこう」


 あまり奢られるのは好きではないが、断るのも失礼であると学習したのでフェイは素直に受けることにする。

 それに魔法をかけたことに対する礼だと言うなら、断ることもない。手間としては大したことはないが、魔法使いの数が少ない以上それだけで珍しい。


「兄ちゃん、ボク、魚食べたい!」

「おお、いいぞ」


 三人で教会をでる。フェイはまだ街の地図全てを覚えたわけではないので、宿まで迷わないように道筋に気を配りながら歩いた。





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