第12話 臆土水、甘木石4
作業を開始して一時間ほどで、それぞれの袋にはそれなりの量が入っていた。それなり、とフェイは思っているが平均的に1日かけて採掘できる量よりずっと多い。
「さて、そろそろいいじゃろ。休憩にするかの」
「うん、お昼食べてー、もっかいほろ!」
「なに、まだやるのかの? わしは臆土水も取りに行きたいのじゃが」
「臆土水受けたんだ。フェイは初心者だなぁ。臆土水はあんまり儲からないんだよ」
「? 同じ100グラムで臆土水は200Gで甘木石は100Gじゃろ? ポイントは低いが、臆土水の方が儲かるではないか」
ポイントだけなら同じ量でも甘木石の方が上だが、どうせこの山まで来るならとポイントと料金高めのこの依頼もとってきたのだ。
討伐を除くとこの山での依頼はこの二つしかなかったので、勝手に二人も受けているだろうと考えていたのだが。
「なに言ってんだよ、臆土水の単価は100グラムじゃなくて、100ミリリットルだよ」
「同じではないか?」
「ばーかばーか、水たって種類によって重さが違うのさ」
「それは一応知っておるが……まさか」
「臆土水は普通の水の三倍の重さだ」
「なんと……」
臆土水について書かれた本ではグラム表記もあればミリリットルのものもあったが、それぞれ別の物であったので見た目量と重さが釣り合わないことにまで意識が回っていなかった。
通りで距離があるとはいえただの水汲みが高額のはずだ。持って帰ること、また途中で魔物と遭遇する可能性を考えれば、簡単な依頼とはいえない。
とはいえフェイは魔物除けの魔法を使っているので、行きも魔物には遭遇していない。ポケットはそれぞれ10キロまでしか入らないが、持てばいい話だ。
騙された気持ちになったが、帰りに走るスピードが遅くなるくらいで実行は可能だろう。
「フェイ、そう気を落とすなよ。知らなかったなら仕方ないさ。魔物に出会った時を考えると量が持てないが、100ミリリットルくらいなら問題ないしな」
「臆土水馬車持ってきてまとめて持ってくのが一般的だよ。フェイは馬鹿だねぇ」
エリックは慰めてくれたが、アレシアの言葉で台無しだ。
理屈の上では失敗ではないと考えているが、まるで負け惜しみのようでやっぱり少し悔しいフェイはわざと胸をそらした。
「ふん。魔物なぞ、わしの魔物除けの魔法で問題ない。じゃから別に、全然問題ないのじゃ!」
「魔物除け? あれ、アイテム使うとけっこー高いんだよな」
「やっぱ魔法使いずるっ!」
「いや、というかよく考えたら、そうでもなきゃフェイひとりでここまでとか危ないだろ」
「うー、ずるい」
ずるいずるいと繰り返すアレシアに、エリックは少し真面目な顔になってかがんでアレシアと視線をあわせた。
そのエリックの様子にアレシアは無意識にだが背筋を伸ばし、不思議そうにエリックを見つめた。
「あのな、アレシア。もしお前が、走るの早くてずるいって言われたらどう思う?」
「え、なにそれ! ボク、毎日頑張って走って早くなったんだよ! ボクのじつりょく!」
「なら、フェイの魔法も同じだろ。ずるくない」
「うー………フェイ、ごめん」
「よい。構わんよ」
二人のやり取りを見ていたフェイは端的に答えた。年上には見えないくらい子供っぽいアレシアの言うことなので、ずるいと言われてもそれほど腹を立てていたわけでもない。謝ると言うなら許す。
「ん。よし、じゃあボクが、臆土水出るとこまで案内するよ!」
「そうだな。とりあえずそっちにも付き合うか。というか、魔物除けしてくれてるなら、俺らも水汲んでもいいし」
「うむ、わしを中心に効くので一緒にいれば問題ない」
「そりゃいい」
案内するよと言ってもらったが、ひとまずはお昼休憩が先だ。
三人で採掘場から出る。太陽は頭上を越えていて、その眩しさにフェイは目を細めた。
中も明かりをつけていたとはいえ、外との激しい落差には目を閉じずにはいられない。平気そうな二人は一体どうしているのだろう。
「二人は眩しくないのか?」
「別にー」
「馴れだな」
「そんなもんかのぅ」
採掘場の前は多少拓けているので、適当な場所に三人で円となるように腰を落ち着ける。
「さて、アレシア、ちゃんと手を拭けよ。フェイもな」
「わかっておる」
ポケットならハンカチを出して、魔法で濡らしてから手を拭いた。魔法で綺麗にすることはできるし、事実そのようにしているが、土を触った手を拭わないというのは心理的には汚く感じられる。
「あ、フェイ、ず……うー、ボクのも濡らして」
アレシアは取り出されたハンカチの色が変わるのを見て、魔法で濡らしたと察して指摘しようとしたが、ずるいとは言えないので素直にお願いした。
「別によいが、水も持ってきておらんのか?」
「持ってきてるけど、飲む用だもん」
二人のハンカチも濡らしてやる。拭い終わった自分のハンカチは魔法で再度清潔にし、乾燥させてからポケットに戻した。
ごく自然にポケットに戻す動作のまま魔法を行使したので、二人はその二つには気づかなかった。
「さて、では昼食とするか。二人は何を持ってきたんじゃ?」
「俺らはサンドパンだ」
「てゆーか、他に持ち歩くのめんどいじゃん。フェイは?」
「同じじゃな」
ポケットにいれていたパンをとりだし、心の中で祈りを捧げる。
「んん!? フェイ、そのパンもしかしてあったかくない!? もしかして、そのポケットに入れるとあったかいままなの!?」
「そんなわけがあるか。というか、手をかざして確認するでない。細かいのぅ」
「だって気になるんだもんー。魔法便利すぎ。てか、ならなんであったかいのさ」
「今魔法で温めたに決まっておろう」
ポケットにもそういう機能をつけることはできなくもない。魔法でできることなのだから、やろうと思えばできる。しかしポケットの魔法は常時発動する仕組みなので、機能を増やしても意味はない。必要があれば都度魔法をかければいいだけだ。
「ボクのもやれよ」
「構わんのじゃが、なんとなく気にくわんから嫌じゃ」
「えー! なんでだよ!」
「三回回ってワンと言えばしてやろう」
「…、…、…、わん! はいやって!」
尊大な口調で言ったのにアレシアが立ち上がるとすぐに実行したので、フェイは目を丸くした。
(まさか、本当にするとはの)
謝って、ちょっと下手に出てくれれば普通にしてあげようと思っていたので、フェイはちょっと気まずくなりながら笑顔で差し出されたアレシアのパンを温めた。
「ううむ、うむ、エリックもな」
「悪いな。アレシアは馬鹿で可愛いやつなんだ」
「何だよ馬鹿って! 兄ちゃんでも怒るよ」
「可愛いって言っただろ。馬鹿可愛いんだよ」
「うーん、ならいいか」
(ほんとに馬鹿じゃな。まあ……馬鹿過ぎて悪い奴にはなれなさそうじゃが)
アレシアに対していい印象はなかったが、少し毒気が抜かれた。
昼食をとり三人で移動を開始する。美味しかったので2つ買ったが1つで済んだ。
アレシアが先陣を切りフェイを引っ張り、エリックが後を付いていくという先ほどと同じ形だ。
「こっちだよ!」
水が湧き出ている場所までは少し険しい道のりであったがアレシアはぐんぐん進む。自分と同じような体格で補助魔法なしで平気な顔をしているアレシアにフェイは少し感心しながらついていく。
「はしゃいでこけるなよー」
後方のエリックもアレシアの分もか多目の荷物を背負っているが難なくついてきている。
歩くこと30分ほどで三人は目的の臆土水の湧き出る小さな泉へ到着した。
「こっこさー! ほれ、ほれ。ちょっとなんかこう、どろって? してるじゃん?」
膝をついて手を水の中にいれてかき混ぜるアレシアに並び、フェイも指を水面に沈めた。見た目上は全く普通の水であったし触れる瞬間も違和感はなかったが、奥まで指をいれると確かに、水に比べて多少抵抗がある。
「なるほど。実物を見るのは初めてじゃが、確かに重いの」
「でしょー」
「うむ。勉強になった」
「へへっ」
知識としては知っていたが、あくまで本の中での知識だけだ。実践していたのは専攻したもののみなので、基礎のみで終わった錬金系統の魔法は魔法陣は教わったが実行したことはない。
しかしこうして素材を手にしてみると興味深い。少しくらい、応用2くらいまでは受けておけば良かったかと少し思ったが、しかし今更だ。住んでいた家に戻れば資料は残っているが、そこまでの気持ちではないし、なにより本にかじり付くのでは意味がない。
「では、持ち帰るかの。折角じゃし、ポケットにはいるだけ持ち帰ろう」
「いやだから、重いんだよ?」
「重さなら問題ない。わしには強化魔法がある」
「やっぱずるい!」
「無限に持てるわけではないぞ」
ポケットに入れればかさばらないが、重さが全くなくなるわけでもない。10あるポケット全てに入れればかなりの量が入るが、それなりに重くなる。強化魔法がなければフェイではとても持てないほどになる。
「アレシア」
「うー、わかってるよ。フェイは筋肉じゃなくて、魔法を鍛えたんだから、ずるいんじゃないんでしょ」
「ああ」
頬を膨らませながらも、頭ではわかっているらしくアレシアは答える。
(しかし、思いの外よい例えをするの)
荷物とて屈強な戦士であれば問題なく持てるレベルだ。フェイは筋肉ではなく代わりに魔法を鍛えた。その言い方は、なんとなくフェイの中で説明としてとてもしっくりきた。
「では、汲むとするか」
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