第11話 臆土水、甘木石3

 思ったより採掘は大変そうだと思いながら甘木石を手のひらでころがすフェイに、その様子を見ていた2人は驚きに沈黙していたが、アレシアが復活してフェイに詰め寄った。


「……フェイ、お前もしかして、魔法使いってやつ!?」

「魔法師だろ」

「いや、違うぞエリック。アレシアが正しい。わしは魔法使いじゃ」


 驚きつつも冷静にツッコミをいれるエリックだが、フェイはそれを否定する。

 呼び名くらいは大したことではないのだが、個人的にフェイはやはり魔法使いという名称が自分には相応しいと思うのだ。


「そうなのか?」

「うむ」

「ずるい! 魔法使いずるい! ボクこれ一つに30分以上かかるのに!」


 呼び名などどうでもいいアレシアは、殆ど一瞬で甘木石を取り出したフェイを責めた。

 全くお門違いではあるが、頑張ってることを目の前でさらっとやられては腹が立つという気持ちはわからなくはない。


「お主にも魔法をかけてやるから、そう、いきりたつでない」

「え、ボクも!? ボクも今のできるようになるの!?」

「わしが魔法をかければ、今日1日はな」

「すげー! 早くほら早く!」


 アレシアははしゃぎながらぴんと背筋を伸ばして直立して、指先で太股を叩きながら催促する。

 その変わりように苦笑しながら、フェイはアレシアに手を差し出す。


「手をのせてくれ」

「ん? うん!」


 ぱぁん!と音がするほど豪快に手がおかれた。


「では、強化、と」


 身体強化は通常全身で意図してやめない限りはずっと続くが、今回はエメリナの助言に従い指先にのみで込めた魔力が持つ限りに限定した強化をかける。


「ほれ、やってみよ。ちょっと力を入れてみるのじゃ」

「どれ……おほほぅ!! すげ、すっげー! ひゃーー!」


 手を離すとアレシアは両手で塊を握りつぶすようにして砂を取り除いていく。

 奇声を上げるアレシアの横で物欲しそうな顔をしているエリックにもフェイは手を差し出す。


「ほれ、エリックも遠慮するでない」

「! 頼んだ!」


 エリックにも魔法をかけてやる。2人は競うように採掘してきた甘木石を砂から取り出していく。

 フェイも手伝い、それなりに量はあったがものの五分もしないうちに全て取り出せた。


「ほれ、なくさないようにしまっておくのじゃぞ」

「うん!」


 魔法で心を許したらしく、フェイの子供扱いにもアレシアは元気に応えて自分の小さな採掘袋に石を入れた。フェイが出した分もいれさせてご満悦だ。


「っておい、なにフェイのもとってるだよ」

「は? なに言ってんの、兄ちゃん? フェイが持ってたのも全部ボクらが取ってきたんだから当たり前じゃん」

「あのなぁ」

「よいよい。わしの分は今から、とるのを手伝ってくれるのじゃろ?」

「おうともさ! こっちこっち! ほら、行くよ!」

「うむ!」


 アレシアはフェイの手を掴み、走って採掘場へ入っていく。エリックはため息をつきながらもその後に続いた。


 中に入ると想像よりも暗い。外からの明かりが届かなくなる場所まで進むとアレシアは足をとめた。


「フェイ、暗いから気をつけてよ。こうやって、壁を触りながらゆっくり進むんだよ」

「明かりはつけんのか?」

「最初はつけてたけど、ここ何回か来てるからなしでも大丈夫!」

「いや、わし初めてじゃし。明かりをつけさせてもらうぞ」


 フェイは魔法で小さな発光球を頭の上に出現させる。直接視界にはいるとまぶしいので、頭上に出すのが一般的だ。


「うわ、まぶしっ」

「おっと、すまんの」


 しかし頭上でフェイには見えなくても振り向いたアレシアには当然直撃だ。少し考えて、フェイは空き袋の一つをポケットから取り出し、中に発光球をいれて袋ごと浮かばせた。


「これならよかろう」

「おー、あかるーい」

「こりゃ、俺の蝋燭も必要ないな」

「うむ。だが一つでは心許ないの。もう一つ、お主に預けよう」


 袋を取り出して同様に明かりをつくる。後ろのエリックに預けると浮かしたままついてこさせるのは難しいので、浮くだけにして袋の紐をもって引っ張ってもらうことにした。


「こりゃあ、風で消える心配もいらないしいいな。どのくらい明かりは続くんだ?」

「そうじゃな。まあ、消さぬ限りは半日くらいは続くじゃろ」


 さきほどの強化は1日と宣言したので意識してそれくらいこめたが、発光球は意識しなかった。いつもいらなくなったら消していたので、実際いつまでもつのか不明だ。

 さきほどの強化よりは少ないので半日持てばいいほうだろう。少なくともこの作業中もてばいいのだから十分だ。


「魔法ってのは、呆れるくらいに便利だな」

「うむ。じゃが、簡単に見てもらっては困るぞ。これらを習得するのに、わしは人生の全てをかけておる。魔力も消費する。かしこまる必要はないが、あまり安くみるでない」


 魔法がありとなしなら、当然そこには雲泥の差が生まれる。しかしそれとて生まれ持ったものではない。特にフェイはその信仰神故に、魔法の習得には時間がかかっている。

 魔法使いとして一人前と高祖父に認めてもらっているが、それは中魔法が一通り使えたら一人前と名乗れるという基準のためだ。一流の魔法使いになるために、真の一人前となるためにはまだまだ勉強あるのみだ。

 世間に魔法使いが少ないという事実は初耳で驚いたし、使わないことが当たり前とする基準との差異にも驚いた。

 魔法は便利だ。使えなくて見慣れない人間から見れば、奇跡にさえ見えるだろう。しかし魔法は奇跡ではない。

 それだけの努力をしてきたという自負もある。エメリナの助言だけでなく、フェイ自身も魔法を安売りするつもりはない。


「わかってるよ。フェイはまだちっこいのにすげーな」

「む……まぁの」


 ちっこいと言うのには反論したかったが、しかしエリックに比べて小さいのは否定できないし、まして妹のアレシアよりも年下なのだから、ある程度の子供扱いは仕方ない。

 フェイの返事からそんな思考を見透かしたエリックは、自分の昔の頃を思い出して笑った。


「これなら走れるなっ。よし、フェイ、行くぞー」

「うむ、よかろう!」


 フェイは明かりを強めて中をより照らすようにしながら、アレシアについて走り出す。

 しばらく走ると、すぐに突き当たりに到着したので足を止める。内部はそれほど広くない。

 中は全長50メートルほどで、細かく枝分かれしているが基本的に入り口から広がる形なので迷うと言うことはない。


「ふむ。で、どうやるのじゃ?」


 突き当たりの壁に対して採掘するのだろうとは予想がつくが、しかし横側の壁となる土部分と何が違うのか全くわからない。ほぼ真っ黒い土の壁だ。


「この中に紛れているから、こう、堅いもの突き立てて崩していくんだ。ボクは専用のピック使ってるけど、剣とかでもいいよ」

「ふむ……」


 空をたたくようにして身振りで説明してくれるので何となくわかるが、フェイはあまり気持ちがのらない。目に見えているものを掘るならともかくあまりにも


 (地味じゃの)


 フェイの食指はそそられない。採掘と言う未知の作業にわくわくしていた気持ちが萎えていく。


 (熱心なアレシアには悪いが、やはりこういうものにはそれほどやる気はでんな)


 魔法を応用して何とか楽が出来ないかと考えながら、アレシアの隣に立ち、壁にナイフを突き刺す。

 がっと音がして少しだけめり込んで引っかかるように、小さな欠片だけ落ちた。


「もっと力いれなよ、こう、がっ、がえ!?」


 アレシアはそう言いながら自分も愛用のピックを突き刺し、奥まで入り込んだ自分のピックに声を上げた。


「力をいれすぎじゃ。さっき、指先の力を上げたのを忘れたのか」


 強化魔法は正しく使わなければ、逆に難しい。力を入れようとすると自動的に力がつよくなるので、繊細な作業には向いていない。


「そ、そうだった。え、てかさっき、思いっきりフェイの手握ったけど、大丈夫なの?」

「問題ない。わし自身も強化している」

「そ、そうだよね。というか、うーん、せっかくだしこの怪力でなんとか出来ないかな」


 アレシアもフェイと同じく、可能であれば楽がしたいので何か方法はないかと考える。

 それを後ろから見ていたエリックがあ、と声をあげる。


「もう素手で掴んでいけばいいんじゃね?」

「……それしかないかの。物を使って甘木石を潰しては意味がないしの」


 あまり格好の良いものではないが、今日はポイントアップが目的だ。どうせ他に人がいるわけでもない。


「では各自素手でやるとしよう。それぞれ採掘した分が取り分でよいの?」


 全員で一緒に依頼を報告すると、ポイントは分割して配分される。その分とればいいのだが、もめるのも面倒だ。


「いいのか? 魔法の分、俺らのを半分ずつくらいもらってもバチはあたらんぞ」

「よいよい。まあ有り難いと思ってくれるなら、あまり魔法を吹聴してほしくないの」

「おう、それはいいぞ。フェイくらいだと引く手あまただろうが、あんまりやかましいのも困るだろうしな」

「うむ。有能過ぎるのも困るということじゃ」


 口止めもしたことだし、これで問題ないだろう。普通に出会って魔法を使う分には全く問題ないが、エメリナが懸念してくれたように噂が一人歩きしてしまうと面倒だ。


 (アレシアが少し心配じゃが……まあエリックがいれば大丈夫じゃろ)


 エリックの提案からすぐに物を言わずに無心で素手で作業を開始しているアレシアから視線をはずし、改めてフェイも作業を開始した。










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