第10話 臆土水、甘木石2

 臆土水、甘木石。どちらもその名前は聞いたことがある。フェイは高祖父からの教育では魔法だけではなく錬金術の為の基礎知識も学んでいる。

 フェイが望まなかった為基礎以上のことは学んでいないが、低ランクだけあって二つとも、基礎中の基礎、錬金術使いが初期段階で作る薬の材料となるものなのでフェイの知識内に覚えがあった。

 

 臆土水は山奥の人の手が入っていない場所の綺麗な、水本来の魔力の濁りが少ない水のことだ。

 甘木石はクリーム色をしていて外見上の特徴はあまりなく、宝石的価値は全くないが他の鉱物とあわせると柔軟性をもつ。


 採取、採掘する場所の目処はつけている。というか実際には依頼書にすでに場所が書いてある。

 どこどこのどこにあるこの分をとってくるようにと。依頼書の多くが採取先について説明があり、また対象についてもある程度詳しい説明がある。一角兎のように誰もが知っているならともかく、基本的に生息地、特徴などは書かれている。

 フェイは外に出たことがないが、元々この国出身の高祖父からだいたいの地理については教わっている。

 この二つはどちらも同じサンドラ山奥でとれる。アルケイドから40キロほど離れた場所にある山で、だいたいの方角はすでに頭に入っている。


 フェイは街を出てすぐに走り出した。40キロと言えばそれなりに遠い。初めての山なのですぐ見つかるかも不明だ。移動に時間をかけて野宿するなんてのは真っ平ごめんだ。


「ふぅ、ようやくじゃ」


 フェイは太陽が完全に真上に来る前になんとか山の入り口に到着した。

 と言っても、看板があるわけでも、街のように塀で囲っているわけでもないので明確な入り口はないが、やや地面が傾斜になっているのでフェイはそう判断した。

 実際には地図上ではもう少し手前から山になっているが、そこまで明確に地面が区切られているものでもない。


「さてさて、まずは甘木石からにするかの」


 完全に独りきりになったことではばかることなく独り言を口にしながら、フェイは山の中を進み出した。


「確か、西側中腹の大木の側にある切り立った崖部分から採掘できるんじゃったな」


 現在地は北側にあたるので右へ向かって進む。

 山歩きは馴れているのでフェイはスキップのような気安さで、気の根っこの上だけ歩いて他は落とし穴という自分ルールを作りながら歩いていた。


「ん?」


 しばらく鼻歌まじりに歩いていると、動植物のざわめき以外の人工的なカンカンという断続的な音が聞こえてきた。

 目的地は依頼書にある、発掘されつくした元採掘場だ。他にも誰かが作業をしているのだろう。

 フェイは鼻歌をやめて表情を引き締め、一度ぐっと腰のナイフを掴んでから音に近づいていく。


「おーい、とれたかー!?」

「わかんなーい!」

「なんでだよ!?」

「だって暗いんだもーん! 一回全部持ってでるねー!」


 少し拓けた山を切り出されたような場所に入り口らしく整備された、山に入れる穴があった。洞窟と言うにはやや泥臭いむりやり掘ったような穴で、大きさは縦横2メートルほどの小さなものだ。

 響いたような大きな声が聞こえていたが、フェイが入り口にたどり着く前に中から人が出てきた。


「あれっ、君も甘木石取りに来たの?」

「うむ、そうじゃ」

「駄目駄目ー! ここボクらがとっちゃったもんねー」


 飛び出してきたフェイと変わらぬ体躯の少女は両手に抱えていた石を地面に放り出し、手を広げてフェイを中に入れまいとした。


「なんじゃと? 先着独占制なのか?」

「ほぇ? 煎茶くどく先生ー? ボク先生じゃないよ」

「?」


 (こやつは何を言っておるんじゃ?)


 頭の悪そうな少女の発言に首を傾げながら、フェイはばらまかれた手のひら大の石を見る。

 黒い石にところどころクリーム色の部分がある。よく見ればそれは石というより、砂の塊のようだ。落ちた衝撃で二つに割れているものもある。


「それが甘木石かの?」

「あ、見ちゃった? うん、そーだよ。これボクがとったのだから。とっちゃ駄目だよ」

「とらんよ。ふむ、ではわしも中へ入らせてもらおうか」

「駄目ー! ここボクの!」

「今出てきたではないか。それとも、もしやここはお主の土地なのか?」

「とち?」

「…ここは、お主の山か?」

「何言ってんの? 馬鹿だなー、ここはサンドラ山だよっ」


 (まるで話が通じぬな。そう言えば、この娘1人ではないようじゃが、誰か出てきてくれんかのぅ)


 内部が狭く1団体が入れば順番性になっているとか、他にも場所があるのならともかく、とにかく入っては駄目では事情が全くわからない。


「おい、アレシア、誰と話してんだ?」


 フェイがどうしたものかと途方にくれていると、タイミングよく少女の話し相手だったろう青年が採掘場から出てきた。


「あ、兄ちゃん! こいつがさぁ、勝手にボクらの穴ぼこに入ろうとすんの!」

「採掘場は別に誰のってわけじゃねぇだろ。すまんな、坊主」


 アレシアと呼ばれた少女はぱっと笑顔になると青年に抱きつき、青年はアレシアの背中を叩いてやりながらフェイに謝罪した。

 確かにアレシアは迷惑ではあったが坊主、と初めて初対面で男扱いされたことに気をよくしたフェイは尊大に頷いた。


「構わんよ。子供のすることじゃ」

「お前だって子供だろうが!」

「わしは13じゃ」

「じゃ、ボクより子供じゃん。ボク14」

「なんじゃと!?」


 フェイは心底驚いた。アレシアはどう見ても10がいいところだ。外見はフェイと身長がそう変わらず少し下くらいだが、何より頭の中身も考えれば年上には到底見えない。


「驚くのはわかるが、本当だ。俺はエリック・ハンセン。こいつは正真正銘14才の俺の妹、アレシアだ」

「そうであったか。世界は広いのぅ。わしはフェイ・アトキンソンじゃ。よしなに」


 挨拶を返しながらフェイはエリックの姿を見る。

 体格がよく装備している金属製のアーマーが体に馴染んでいる、街でもよく見かけるいかにも『らしい』冒険者のエリックは、軽装で肘と膝につけてるサポーターを除けば町娘とすら言えるアレシアと違って実に頼もしそうだ。


「2人とも甘木石採掘の依頼じゃろ? わしもなんじゃが、採掘は初めてでな。よければ少し見せてもらってもよいかの?」

「おう、いいぜ」

「んー! なんだよ兄ちゃん、なんでそんな親切にするのさ! 兄ちゃんはボクだけの兄ちゃんなのに!」

「はいはい、俺だって駆け出しの頃は先輩に世話になってたんだ。新米には親切にするもんだ」

「む、センパイ……センパイ!?」


 宥めるエリックの言葉にアレシアは目を見開いて動きをとめ、ぐるっと恐いくらいの勢いをつけてフェイを向いた。


「ボク、センパイ!? フェイ、いつからやってんの!? ボク、もうすぐ二年目!」


 勢いのまま、バネ仕掛けの玩具のようにアレシアはフェイに詰め寄り顔を寄せた。

 その勢いにフェイは少し背中をそりながら答える。


「む? そうじゃな。わしは昨日なったばかりじゃし」

「ボクセンパイ!」


 (むぅ、わしは初心者も初心者じゃし、大抵が先輩なのは仕方ないのじゃが。なんじゃか気に食わんのぅ)


 さっきまでの威嚇しだしそうな目つきはどこへやら、アレシアは満面の笑顔でフェイの周りを回りだす。


「コーハイ! コーハイ!」

「うむ、そうじゃ。じゃから先輩、色々と教えてもらえると嬉しいの」


 (ま、事実は事実じゃ。先輩には胸をかりる、謙虚な気持ちでいかねばな)


「ほほぉぉ、いいよぅ。いいよぅ。ボクがなんでも教えてあげる!」


 アレシアは後ろに倒れそうなほど胸を張った。エリックは呆れつつも、楽しそうな妹に笑みを浮かべた。


「悪いな。この依頼のサポートはするから付き合ってやってくれ」

「構わんよ。むしろ願ったり叶ったりというところじゃ。よろしく頼む」


 ひとまずフェイは大人になって、甘んじて2人から師事を得ることになった。


 アレシアは現在11ヶ月のまだまだ駆け出しであり、また15才で成人となるこの国ではアレシアのように未成年で本職として冒険者をしているものは少ない。

 そう言った事情から先輩面が初めてのアレシアは得意げに、先ほど放り投げた石を集めて地面に並べ、フェイに見せびらかしながら説明を始めた。


「これ見て。穴ぼこの中は全部土の壁なんだけどね、そこをさらに穴掘ってやると、あ、すごーい堅いんだよ。ボクでもやっとなんだから。でね、壁をこうえいやってとると、こうして中に甘木石がまじってるんだ。これを、こう、頑張って、土をとっていくの」


 身振り手振りで説明しながらアレシアは塊を手にとり、爪をたてながら少しずつ土を取り除いていく。


「ふむ、こうかの」


 フェイは一つ手にとり、指をそっと土の中へ潜らせて掻き出す。石のように堅くなっているが、魔法で体を強化しているフェイにとっては力をいれれば粘土程度だ。

 指先の感覚に気を配って甘木石にまで指がめり込まないようにしつつ、ぼろぼろと土を取り除いていくと、ものの30秒ほどで15センチほどの縦長の土の塊は砂に姿を変え、手のひらには小さなクリーム色の小石が6粒残った。


「ふむ、こんなものかの。この大きさでこれじゃと、思ったよりとれないのじゃな」










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