第8話 初依頼3
毛皮を終えたら次は頭だ。角を切り落とす。顔の部分は体よりさらに価値が低い。一角兎に限らず角、牙、眼球などのパーツではなく頭自体が必要となるのは剥製をつくるときくらいだ。かさばるので目当てのものは置いておく。
今回のような数をこなす珍しくもない魔物であれば、残った部位は放置するのが基本だ。置いておけば魔物や獣が食べることになる。
一通り処理を終えて毛皮と角をそれぞれいれた袋をフェイは持ち上げる。
「思ったより重量があるのぅ」
「そうね。ソロだとやっぱり荷物が有りすぎると危ないし、このくらいで一旦帰ったりするけど……フェイは平気なのよね?」
エメリナでも思わずかけ声をかけながら背負う量だが、フェイは片手で持ち上げている。当然身体強化の魔法なのだろうが、エメリナより頭一つ小さなフェイが軽々持っているのは、男たちを背負ってた時も思ったが何だか不思議だ。
「無論。よければエメリナにもかけようかの?」
「え、いいの? 魔力ほんとに大丈夫なの?」
「大丈夫じゃ。わしは測定したら3000くらいじゃったし、高い方なのじゃ」
「そうなの」
エメリナの元パーティーは1500ほどだったので、倍違うことになる。こう言うのが本当の魔法師なのね、とかなり失礼なことを考えながら、エメリナは興味があるのでお願いすることにした。
「特に何もすることないけど、お願いしてもいい?」
「うむ。手を」
「手?」
言われるまま出したエメリナの左手を掴み、フェイは魔力を動かしながら唱えた。
「強化」
何か、薄い膜のようなもので体が覆われたように一瞬感じられたが、ほんの一瞬だ。フェイが手を離す頃には何も感じない。
「? これでできてるの?」
「うむ。ジャンプしてみればわかる」
「じゃあ、ほっ、……なにもないけど」
「軽すぎじゃ。こう、高く跳ぼうとしてみるのじゃ」
「よっ、おおおお!!?」
一度目の軽い5センチくらいでは何も反応しなかったので、半信半疑になりながらもう一度、今度は膝を曲げて反動をつけて強くその場で跳ねたのだが、想像以上に跳んでしまって体勢を崩し、思わず転びそうになりながら着地する。
高くと言っても、30センチほどのジャンプのつもりで全力ではなく軽くエメリナは跳ねたのだが、実際は2メートル以上で側にいたフェイを踏みつけそうなほど高く跳んでいた。
「な、なにこれ!?」
「そんなに驚くかのぅ? 朝も、わしは跳んでみせたじゃろう」
「た、確かにあれもだいぶ離れてたけど、え、ほんとに? あれ、身体強化だけだったの? 風魔法とかなし?」
「うむ。そりゃあ使えるが、そこまでするなら飛んだ方が楽じゃ」
「す、凄いのね。確かに、魔法師が優遇されるのもわかるわ」
「そうじゃろう。わしは優秀な魔法使いじゃからな」
「すごいすごい」
とりあえず可愛いのでうんうんと頷いて自慢げに胸をはるフェイの頭を撫でてやりながら落ち着く。
ほんとに凄いな、とエメリナは今の魔法を考察する。最初ので反応しないのは、要は日常生活で支障がでないようになっているのだ。歩く度に跳ねていたらやりづらい。意識的に力を入れて行動しようとすると反応して補助してくれるのだ。とてもいい。
「これ、魔力消費はどのくらいなの?」
「さぁのぅ。まあ、自分だけならずっとかけておるが負担にはならんし、大したこともなかろう」
「私にかけても同じなの?」
「自分以外でも負担は同じじゃ。ただ、直接触れてからかければ自分にかけてる分とあわさって、1.5倍の魔力消費ですむ、らしい」
「らしい?」
「教わっただけで、自分ではどのくらい使っておるのかわからん。普通に触らずにかけたら二人分の魔力が必要じゃが、触れれば半人分ですむということじゃ」
「へぇ、そうなの。それって全部の魔法が?」
「干渉系はだいたいそうじゃの」
(そんなに魔力消費しないのにこの効果って、もうなんならフェイ魔法使わなくてもいけるくらい強化されるじゃない。あんまり強化魔法が取りざたされないのって、知られると面倒だからなのかしら)
一般的に魔法師が戦うと言えば炎などで直接的な魔法攻撃がイメージされる。強化魔法で強化して剣を使うなんて聞かないが、しかしそれでも十分戦えそうだ。
聞いたことがないのはきっと、知られれば魔法をかけてくれと頼まれすぎて困るからだろう。
そう当たりをつけたエメリナは親切心半分、下心半分でフェイに忠告することにした。
「フェイ、今の強化魔法はあんまり人に言っちゃ駄目よ」
「何故じゃ?」
「色んな、知らない人にまでかけてかけてって言われたら困るでしょ? 消費が少なくても、みんなにあげてたらなくなっちゃうわ」
「なるほど。確かにそうじゃ。一人くらいなら変化は感じないが、一応かけてる間はずっと魔力消費されるものじゃしな。うむ、助言感謝する」
「どう致しまして」
これでフェイ自身も困らない上に、エメリナしか知らないのでいざとなれば頼んでもフェイの負担にならない。
しめしめとエメリナは心の中でほくそ笑みつつ、改めて依頼の続きを提案する。
「それじゃあ、せっかくだし一角兎以外にもやってしまいましょうか」
「む? 依頼を受けていないがいいのか?」
「採取系なら、だいたいいつも何の依頼が出てるか覚えてるわ。持っていってから依頼を受けても大丈夫よ。なかったらまあ、日持ちしないのは残念だけど。物によっては直接売りにいけるし。あとフェイの経験になるし、今日1日は付き合うわ」
「おおっ、そうか! では頼む!」
○
「6万6400Gです。こちら内訳です。依頼5件、一角兎狩り、喉黒蛇狩り、盲外鳥の生け捕り、ヒイラギ草の蕾採取、黒柳の枝葉採取を2人パーティーでの成功を持って、各自203ポイントになります」
一角兎12匹、喉黒蛇3匹、盲外鳥生け捕り1匹、ヒイラギ草20個、黒柳の枝葉20本。以上が本日の成果だ。
教会で依頼を清算して、金額とポイントの詳細が書かれた紙を渡される。
1日で5件の依頼消化はエメリナの二年少々の冒険者生活でも初めてのことだ。それを多少手本を見せたとはいえ、殆ど初心者のフェイが独りで行ったのだから、これは驚異的な記録だ。
「こちら、登録証をお返しします」
最後にカードを渡されて、カウンターを離れながらそれを見るとランクが1から6にあがっていた。
「うむ、むむ!? エメリナ、ランクがあがっておるぞ!」
「そりゃあ、最初だもの。でも最初で200ポイントは凄いわよ」
「ふふふ、この分なら100ランクくらいすぐじゃの」
「いや、それはないから」
「む?」
フェイは首を傾げる。その無邪気な姿は愛らしくすらあるが、さすがに世の中舐めすぎである。
依頼を受ける目安となるランクは、ポイントを一定ためるごとに上がっていく。基本的に10以下の低ランクでは実入りのよい依頼はほぼない。なので初期はすぐにランクがあがるようになっているが、当然ランクがあがるほど必要となるポイントはあがっていく。
1から2にあがるに必要なのは10と、一番簡単なありふれた薬草採取でも一日であがる。そこから15、23と約1.5倍ずつ上がっていく。9から10になるには256ポイント、累計では750ポイント。19から20になるには1万4779ポイント、累計で4万4317ポイントが必要となる。
二年以上冒険者生活をしているエメリナが22になったばかりである。と言うよりも、50より上となる人はほぼいない。ポイントだけで計算すれば、ランクが上がれば数万ポイント、何十万ポイントを得られる依頼も少なくない。しかし毎日確実に高ポイント依頼があるわけでもない。
また、ただポイントさえ貯めればいいと言うものでもない。30になると、5ランクごとにランクアップにポイント以外にも条件があり、それをクリアしなければランクは35以上あがらない。平均したプロの冒険者も30ランク前後だ。ポイントだけでは一日1万ポイント毎日稼いでも40ランクになるだけで40年はかかる。
過去に50ランクとなった人間はいるが、災害級のドラゴンを退治した報酬として50ランクになったくらいだ。100なんて、どんな伝説的英雄でも到達できないレベルだ。100ランクを目指すなんて、神話のような夢物語だ。
そう説明を受けるとフェイははぁぁとため息をついた。
「そんなにポイントが必要となるのか。一人前への道は遠いのぅ」
「そう気を落とさないの。この調子なら、一人前だってすぐよ」
「……ほんとにそう思ってくれるのか?」
「ええ、もちろん」
「…うむ、エメリナが言うなら信じよう。明日からも頑張るのじゃ」
エメリナの言葉にフェイはむんっと両手を握って気合いをいれた。
フェイは魔法使いとしては一人前レベルだと高祖父に認められたが、世間一般で一人前なわけではない。魔法使いの一人前はまだ中級が使える程度でこれから勉強しなさいという段階だ。まして冒険者としては新米もいいところだ。
(御爺様も、本当の一人前になるのは大変だと常々言っておられた。頑張るのじゃ)
「そうそう、ではエメリナ、さっきのお金じゃが、エメリナが6万でいいかの?」
「は?」
「む、少なかったかの」
「いや、多すぎるわよ」
「そうかの? 盲外鳥の生け捕りなど、物好きな好事家の依頼がなければお金にならぬ。依頼を覚えていてくれたエメリナがいなければ稼げぬ。じゃから盲外鳥の5万はエメリナじゃし、残り1万6400もエメリナのランクがなければ受けれぬものじゃ」
「いや、それはそうだけど、私は指示しただけで動いたのはフェイじゃない。ポイントだけでもラッキーだし、お金なんて貰えないわ」
「しかしのぅ」
確かに動かないとしても監督役として依頼を受けていたなら3万程度は珍しくない。しかし今回は依頼ではなくあくまで知り合いへの善意の手伝いだし、何より魔法にふれる貴重な機会になった。
エメリナが興味を持てば色々と魔法の説明や、空を飛ぶ感覚まで体感させてくれたのだ。半日付き合ったとはいえ、お金を払ってもいいくらいだ。
しかしどちらもが相手の言い分では納得できずに教会前で一分ほど見つめ合い、エメリナが折れた。
「わかったわよ。私が5万。それでどう?」
「うむ。それならよい」
「その代わり、今から買い物付き合って。冒険者登録祝いに、ナイフをプレゼントしてあげるわ」
今回のお金を使ってプレゼントするというエメリナの意図はすぐにフェイにも伝わった。
それでは配分の意味が全くないが、しかし渡したお金を何に使うかは自由だ。それになにより、とても嬉しい。
(じゃがなー、何というか、子供扱いされておるというか、なんじゃかなー)
「む………むー、嬉しいのじゃが、すごーく嬉しいのじゃが、わし、情けないのぅ」
「いいのよ。子供は甘えて起きなさいな」
「わしは子供ではないぞ」
「はいはい。ほら、行きましょう。私がよくいくお店を紹介するわ」
「うむ!」
エメリナの提案に、子供ではないと言う言葉が完全に強がりにしか聞こえない、満面の子供っぽい笑顔を浮かべてフェイは頷いた。
○
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