第7話 初依頼2
フェイが最初の一角兎を見つけてから5分ほど。見つけた巣にいた兎12匹全てが動かなくなった。
(魔法って、使う人によってはほんとに凄いのね)
ソロで行えばそれだけ慎重な対応が必要になる。一匹ずつ誘き出して、巣から離してはやっつけ、血の臭いがしないように隔離させてとなる。ソロで一番危ないのは囲まれることだ。
しかしフェイは抜群のコントロールで一撃で巣から顔をだす一角兎の頭を飛ばしている。
エメリナの知り合いの魔法師は命中率が悪く、また魔法を使うのに集中するために時間がかかっていた。
それを考えればフェイの腕前はかなりよいことになる。少なくとも、すでに初心者の域ではない。
改めて魔法師の凄さを目の当たりにし、エメリナはフェイと親しくなったことで得られるメリットに嬉しくなる。というか、もういっそこのまま固定パーティーを組むよう誘ってしまおうか。疑うことを知らないようなフェイだ。きっと頷くだろう。
しかしそこまで考えてから慌ててエメリナは首を横にふった。
(いけないいけない。純粋に懐いてくれてるのを利用するのは、ないわ。私の実力を持ってパーティーを組みたいと思わせないと)
青田買いとして、初心者の面倒を見てパーティーを組むのは珍しいことではないし、初心者にもメリットはある。しかしあまりに有望株のフェイだ。ここで独占してしまうのは少しずるい気がした。
なにより、元々そんなつもりではない。可愛らしくて、放っておけないと感じたからこうしている。エメリナ自身、フェイを憎からず思っている。つけ込んでしまうと、パーティーを組めても友達とはいえない。だからひとまずパーティーに誘うのは保留とした。
もうエメリナは一年以上ソロだ。焦ってパーティー募集する必要もない。必要となってから話せばいい。そしてお互いに気に入れば、自然と固定パーティーとなる。それが一番いい。
「さて、じゃあよその巣から寄ってきたりもしていないみたいだし、じゃあ解体して持ち帰れるようにしてみて。あ、そう言えばフェイ、素材入れる袋は持ってる?」
「うん? 何かあればと思い空き袋は複数持ってきておる。が、これでよいか?」
冒険者は戦闘において邪魔にならないよう、体にぴったりとくっ付く小さな鞄を持つ。最も多いのがエメリナが身につけているウエストポーチだ。
ベルトでがっちりと固定でき、すぐに手が届く。エメリナは弓使いであり、弓のストックを持つ必要もあるのでウエストポーチしか選択肢がない。
フェイは弓使いではないので背中に背負うこともできるが、何の鞄も持っていない。だぼついた大きな上着を着ており、その中にポケットが沢山ついているので問題ないと出発前には自信満々に言っていた。
そのポケットからだろう、すっとだしたフェイの手には小さな袋があった。
「小さいけど、それ伸縮性あるやつ?」
「もちろんじゃ。わしの体も入るぞ」
空き袋がかさばるほど馬鹿らしいことはない。採取用の袋は伸縮性があり、未使用時は手のひらに収まるような大きさが一般的だ。
フェイも最低限の用意はしていると、よしよしとエメリナはフェイの頭を撫でた。
「それじゃあナイフ………あれ、フェイ、ナイフは?」
「む? そんなものは持っていない」
「え」
魔法師と言えど近接に備えてナイフを持つのが当然だ。そうでなくとも採取には必要不可欠だ。
エメリナは弓だけではなく近接戦闘にはナイフをメインで使うので、刃渡り20センチほどで分厚い頑丈なナイフを腰に固定させている。
本当に採取だけのためであれば、10センチほどの小さなナイフを使う者もいるが、何にせよ全く刃物を持たない冒険者はいない。
(ほんとにフェイの知識はちぐはぐね。仕方ない、後でナイフを買いに行きますか)
「もう、ほら、このナイフ使って」
言いながらフェイに自分のナイフを皮の鞘から取り出した。フェイは目を輝かせて受け取り、嬉しそうに振り回す。
「おおっ、なんとカッコイいナイフじゃ!」
「でしょう?」
「うむ! 素晴らしい!」
エメリナのナイフは厚みがあり基本的に真っ直ぐだが先端で大きく曲がり、後ろ側の頭で円形にくり抜かれたようになっている。くり抜きの下も単なる両刃ではなくギザギザとしていて、根元はさらに細かい山になっている。
「さっきのあなたじゃないけど、元々はうちの家宝みたいなものだったのよ。魔力浸透率の高い鉱石でつくってあるのよ」
「? だった、とは?」
自慢げなエメリナにフェイは首を傾げる。そのナイフが特殊なことは触れればすぐにわかった。
魔力は基本的に金属にひかれる特性がある。しかし単に引き寄せられるのと、中に浸透するのは全く別だ。このナイフは魔法をまとわせることができる。またこの構造も獣の解体などに適した複数機能がついている。十分に今でも家宝と言っても恥ずかしくないレベルだ。
「元々はこういうサバイバルナイフ系じゃなくて、両手持ちのロングソードだったの。私も最初はそれでやってたんだけど、体力的に長く持たないからナイフ二本に打ち直したのよ。で、弓とナイフに転向したの」
(弓も経験あったしね。ロングソード好きだし、苦手じゃないけど、やっぱり1日中振り回してられない以上仕方ないわ)
当初はロングソードに未練があったがエメリナはそれを断ち切るためにロングソードを直したし、一年以上弓を使い今では十分な使い手となった。
一応父親から家宝だと渡されたものではあるが、困ったら売れとまで言われていたので、使えなくなった以上打ち直し自体には抵抗はなかった。
少し懐かしくなり遠い目をするエメリナに、だがフェイはそれより夢中でナイフを見つめながら相槌をうつ。
「ほう、そうであったか。しかし一本しかさしてないようじゃが」
「だって、重いから半分にしたんだもの。もう一本は宿に置いてるわ」
「道理じゃ。では………どこからすればいいんじゃ?」
いざ皮を剥ごうとしてナイフを構え、しかしどこからするのかわからない。料理の経験はあるが全て祖父の手により処理されたものを使っていたので、フェイは皮剥どころか処理すらしたことがなかった。
「はいはい、じゃあお手本を見せるわ。一匹だけよ」
「うむ、頼む」
「まず首が飛んでるし、血もだいぶ抜けてるけど、とりあえず手順通り血抜きからしましょう。胸から上に切って」
ナイフをフェイから取り戻したエメリナは手近な一匹の元にしゃがみ、慣れた手つきでナイフを走らせた。
覗き込んでいたフェイはその生々しさに今更ながら口を抑えた。
「うっ……ち、血なまぐさいの」
「そりゃあ、当たり前でしょ」
「……ちょっと待ってくれ、毛皮さえとればいいのじゃな?」
「え? ええ」
「なら、ちょっと魔法でやってみるのじゃ」
「え?」
(魔法で解体? 聞いたことないけど、そういうのもあるのかしら)
「…じゃあ、どうぞ」
「ううむ、近くで見ると、えぐいのぅ。では、指定燃焼」
フェイはエメリナを退かせてから手を一角兎の死体にかざして魔法を行使した。
魔法は呪文を唱えるか、魔法陣をつくるかのどちらかでできる。なので魔法陣をつくるフェイには呪文は必要ないのだが、習慣で魔法名を口に出している。習う頃には危険がないよう、使用魔法を唱える事が多く、この習慣を持つものは少なくない。また隣に人がいるので、わかるようにするという側面もある。それは特に教えられたわけではないが、高祖父もそうしており、フェイも無意識に独りきりの時より言葉にだしている。
一角兎は勢い良く燃え上がった。どう見ても一角兎の丸焼きができそうなくらいの火の勢いだ。
この威力は確かに凄いが、しかし焼いてしまえば意味がない。エメリナが注意しようとするが、しかしそれを口に出すより早く火は消えた。
ほぼ一瞬の炎であり、毛皮は焦げていないようだ。何がしたかったのかエメリナは首を傾げる。
(もしかして魔力切れ? でも元気だし、自信満々な顔だし)
「こんなものかの」
「こんなものって……あら?」
炎が消えた死体は、よく見ると中のピンク色がなくなり、白い骨が覗いていた。
思わず手を伸ばして触れるが、熱くはない。皮を持ち上げると軽い。中でからからと骨が崩れた。
「どうじゃ? 肉部分だけ焼いたのじゃ」
「た、確かに……今回はお肉は必要ないし、これなら十分だわ。というか、なんで? なんで骨と毛皮だけ残ってるの?」
「燃やす魔法で、燃える対象を指定したのじゃ」
「そんなこと、できるの?」
「うむ。と言うか、そんなに珍しいかの。燃焼魔法の応用で、魔法レベルとしては基礎なのじゃが」
「そ、そうなの……私、あまり魔法には詳しくないのよ」
エメリナが詳しく知る唯一の魔法師はかつて幼なじみでパーティーを組んでいた少女だ。身近でよく知っていただけに魔法師の基準としがちだったが、しかしよく考えれば彼女は魔法師の家系ではない。
露天商から購入した魔法に関する本で学んだ独学だった。それを考えれば、祖父の魔法師からきちんと学んだというフェイと違うのは当然だ。
エメリナはいちいち驚くのも疲れたので、自分の先入観を捨てて魔法は何でもありと思うことにした。
「では、他もちゃちゃっと燃やすとするか」
「どうぞどうぞ」
(でもなんだか、フェイを見ていると魔法がなんでもできる奇跡だと思ってた頃の気持ちを思い出しちゃうな。フェイじゃないけど、夢が広がるわ)
次々に処理されていく一角兎を見ながら、エメリナは想像外の魔法師の凄さに触れたことに少し感動した。
○
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます