第6話 初依頼

「では、身軽になったことだし、早速依頼を受けに行きましょう。フェイ君、はぐれずに着いてきなさいね」

「はい、先生! 気をつけます!」

「ノリがよくて非常によろしい。というか、普通に話せたのね」

「敬語なら略式じゃがちゃんと学んでおる。というか、普通とは失礼じゃな」

「おじいちゃんみたいな話し方だもの」

「自覚はしておる。御爺様にも言われておったが、しかしそんなに変かのぅ?」

「変よ。まぁ、あと五十年もしたら普通になるし、いいんじゃないかしら」


 (変だけど、フェイが使うとなんだか無理に大人ぶってるみたいで可愛いし)


 敬語は働きに出て初めて習うと言うものが多く、日常的に聞いていてもいざとなっても使えないのは珍しくない。冒険者では依頼人と話すとしても、貴族が相手という場合を除き、普通に敬語は使わない。敬語を使えると言うだけで、少し依頼の幅もひろがる。貴族の護衛などは敬語が必須となる。


「で、どういう依頼を受けていくの?」

「うむ。何でもよいのじゃが、やはり冒険者としては、魔物退治がしたいのぅ。まぁ、まだ無理なんじゃが」


 そう言いながらもフェイはちらちらとエメリナの様子を伺っている。


「フェイって魔法はどんなのが使えるの?」


 フェイはまだ何の依頼も受けていないランク1だ。その為通常であれば魔物退治は受けられない。しかしパーティーを組めば別だ。

 依頼を受けるときにはランクは分け合うことができる。例えば20ランクの依頼を受けるのは21と19の2人がパーティーをくめば20と20と計算されて受けることができる。


「何でもじゃ」

「もっと具体的に。私、ランク22だから一緒なら、訓練代わりに簡単な魔物討伐受けてもいいわよ」

「ま、まことか!?」

「まことまこと」


 期待を込めてエメリナを見ていた癖に、驚きと共に目を輝かせるフェイに苦笑する。

 普通にランク1から受けてもいいが、兼業ではなく専門として冒険者をするのであればある程度実入りのよい魔物関係や危険性のある依頼をするのが当たり前だ。

 なので知り合いの冒険者がいれば組んで高ランクのものを受けて早く10まであげてしまうのが普通だし、知り合いがいなくてもある程度お金があれば依頼として一緒に受けてもらうことも珍しくない。

 エメリナとしては実力も気になるので、本人さえその気なら積極的に受けたいと思っていた。


「攻撃としてはのぅ、やはり火魔法や風魔法が得意じゃな」

「定番ね。今までの討伐経験は?」

「……ないのじゃ」

「え?」


 フェイは山奥で暮らしていたとのことだし、当然今までに魔物と遭遇しているだろう。そう思っての質問だったのだが、まさかの未体験に首を傾げる。


 (一回もないって、それは逆に凄いことじゃない?)


 都会で箱入りで育てられたならばともかく、田舎町で育った人間であれば魔物はすぐ近くに存在している。畑を荒らす、動物と変わらない魔物もいる。追い払うくらいなら体を鍛えたりしないごく普通の子供でもできる。


「魔物、見たことはあるわよね?」

「何度かには。山で暴れる魔物を退治に行く御爺様に付いていったことはある。しかし基本的に魔物除けの魔法をかけておるので、この街に来るまでも見ておらん」

「ど、どれだけ強力な魔物除けなのよ」

「これじゃ」


 フェイは左手を突き出すようにしてエメリナに左手首を見せる。そこには細い手に不釣り合いなおおぶりの金色の腕輪がぴったりとはまっている。

 魔法師が魔法を使うのには、基本的に魔法具を使う。なのでこれがフェイの魔法具なのだと気にしていなかったが、これは戦闘用の魔法具ではなかったのか。


「御爺様から譲り受けた魔法具でな。魔物除けやら回復やら何やら色々入っておる」

「そうなの。形見でもあるのね」

「うむ。家宝なのじゃ」


 大切そうに右手で撫でるフェイ。さらりと言ったが回復魔法は使える人間はかなり珍しい。聞くだけで貴重な魔法具であるが、それ以上にフェイにとってはもっと重要な価値があるのだろう。


 (あんまり魔法具について聞くのはマナー違反よね。本題に戻りましょ。とりあえず受ける依頼ね)


「でもそれだとフェイの実力がわからないわ。とりあえず簡単なやつにしましょうか」

「うむ、エメリナに任せる。わしは初心者じゃからな」


 (そんな胸を張って……まあ、我を張ってむちゃをするよりはずっとマシよね)


「ま、素直なのはいいことよ」


 話している内にすぐに教会に到着するので、エメリナは頭の中で依頼の見当を付けながらフェイを連れて依頼が張り出されている部屋へ入る。


 やや騒がしく、人の多い中フェイがまたエメリナの袖を掴んできた。今回は待っていてもいいが、しかしこれも勉強になるだろう。特に声をかけることはせず、そのまま人ごみへ突入する。

 最前列に何とか潜り込み、依頼を眺めてすぐに一枚の紙を壁から引っ剥がして、人ごみから抜け出した。


「はぁ、凄いぎゅうぎゅうじゃった。いつもああなのか?」

「ちょうど時間的にもそうね。あと30分くらいずらせばマシになるけど」

「では、わしは明日から時間をずらすとしよう」

「早くするならともかく、遅らせたらいい依頼はとられちゃうわよ」

「ううむ、悩ましいのぅ」

「そのうち慣れるわよ。さ、受付に行くわよ。カードを準備して」

「うむ」


 人ごみでできた膨れっ面はどこへやら。フェイはお小遣いを握りしめる子供のようににこにこしながらカードを取り出した。


 (ちょこちょこして、いちいち動きが可愛いなぁ)


 なごみながら受付へ行き、2人のカードをだした。


「2人パーティーで、申請お願い」

「はい、確認します」


 確認は魔法具にカードを通せばすぐに終わり、2人は教会をでて街の外へ向かう。


 エメリナがとった依頼はありふれた、だいたい毎日ある一角兎の討伐依頼だ。

 一角兎は温暖な気候であれば世界中にいる。猪突猛進で角による攻撃にさえ気をつければそれほど脅威でもない。角と毛皮がそれぞれ薬と服に使用される。数が多く簡単でよく捕獲されるので一匹ずつの単価はそれほど高くないが、常に一定の需要があるので初心者向けだ。角一本100G、毛皮300Gで合計400G。初心者でも1日かければ平均10匹は狩れる。

 ただし毛皮の値段は状態による。汚かったり、死体をそのまま渡すと一匹50Gほどに買いたたかれる。殺し方にもよるので、こういう採取系討伐経験はベテランでも苦手な人は珍しくない。

 エメリナは得意な方であり、むしろメインとして選択する事が多い。普段はもう二段階は難易度も価格も高い物を選ぶが、今回はあくまでフェイの為だ。


「採取系討伐、そのようなものもあるのか。わしは悪さをしたドラゴン退治のようなものばかりかと思っておった」


 街を出る間に歩きながら簡単に依頼の説明をすると、感心するようなフェイの言葉に思わず笑ってしまう。


「そんな御伽噺みたいなこと、滅多にないわよ」


 ドラゴンも世界にはいるので有り得なくはないが、基本的にドラゴンのような知能の高い魔物は強大な魔法を使う。しかも体躯も大きく、依頼としてだして冒険者が退治するものではない。国を挙げて軍隊をだして対処する災害みたいなもので、冒険者への依頼は精々時間稼ぎくらいだ。個人でなんとかなるものではない。


「エメリナは夢がないのぅ」

「夢じゃお腹は膨れないわ。まあ、でもほんとにドラゴンが現れたら、一回くらい戦ってもいいけどね」

「じゃろ?」

「ええ、ドラゴンって貴重だから、牙も爪も皮膚も、全てが高値で売れるのよ」

「……夢がないのぅ」


 くすくす笑うエメリナにフェイは気落ちしたように息をつく。くるくる変わるフェイの表情が楽しくついからかってしまった。

 まぁまぁと自分で落ち込ませて何だが、エメリナはフェイの背中を叩いて元気づける。


「さぁ、この門を出たらあなたの初依頼が始まるのよ。元気だして行きましょう」

「…うむっ。そうじゃな」


 両手を握り気合いをいれるフェイ。

 街を出るのには何の制限もない。大手をふって2人は街をでた。そしてそのまま街道を外れて、草原に向かう。


「20分もあるけば、巣が見えてくるわよ。毛皮をとるのが目的だから、風魔法を使うのよ」

「わかっておる。傷口を少なくするのじゃろう。さっき嫌と言うほど聞いた」

「一回説明しただけでしょ」


 全くの初心者ということで、いつでもフォローに回れるように準備をしながら、まずは魔法の威力が見たいので一匹を誘き出してフェイだけに戦わせることにした。

 エメリナにしても魔法師の知り合いは一人しかいないので、フェイがどの程度なのか全くわからないのだ。


「あ、ほら、あそこ、巣よ。てっぺんに一匹出てきたわ」

「見えておる。ゆくぞ、風刃っ」

「え」


 巣が見えてきたとは言え、まだ100メートルは離れている。エメリナの弓ならまだ余裕で届くが、魔法を使うには遠い。魔法は基本的に術者に近いほど強く、離れるにつれて魔力が散って弱まる。

 強力な魔法は魔力を多く使うのでよほど強敵相手ならともかく、そうでなければ魔法師は初歩魔法を使用し、10メートルほどが攻撃範囲だ。


「よしっ」


 フェイが向けた左手手のひらから風で作られた魔法の見えない刃が一直線に一角兎に向かう。うまく一角兎の首に命中し、一角兎は頭と胴体が二つに別れたのでフェイはガッツポーズした。


「ちょっとフェイ、いきなり強い魔法で魔力使っちゃ駄目よ。節約しないと魔力がきれるわよ」

「む? なに、大丈夫じゃ。ちゃんと魔法でどれくらい魔力がなくなるかは把握している」

「ならいいけど…」


 (まあ、最初だし力が入るのも仕方ないか)


 予定では夕方まで狩りのつもりだったが、エメリナの知り合いの魔法師を基準にするとこのペースでは1時間もたないだろう。この距離で首を跳ねるほど強力な魔法なら、かなり魔力をつかってるはずだ。

 しかしそれもフェイが身を持って魔力切れの学ぶ良い機会だろう。いつまでもついてあげられるものでもない。今日でこりて、明日から慎重になるなら安心だ。

 フェイの魔法自体はそれなりに安心して見ていられるレベルであることもわかったので、エメリナはフェイの好きにさせてやることにした。







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