第5話 宿決め

「フェイ、お金はあるってことなら、私と同じ宿で良いかしら」

「うむ。それは実によい。エメリナと会いやすい」

「そうね」


 エメリナが宿泊している宿は本来、冒険者になりたての新人が泊まるものではない。それなりに慣れて稼ぎが安定している冒険者が泊まっている。

 しかしそれでもエメリナがフェイに同じ宿をすすめたのは、何も会いたいからではない。ただ単に、安価な宿にフェイが泊まることに危機感を覚えたからだ。

 最も安価な宿は、雑魚寝することが前提だ。男女別であり、貴重品を入れる鍵付きのスペースごとにカーテンで仕切ってあり、寝る分だけのスペースが確保されている本当に最低限の宿だ。

 エメリナも成り立ては世話になったし、その頃は何人かとパーティーを組んだりして、仲間をつくるいい場所でもある。

 しかし男たちの中へこの、ぱっと見どう見ても女の子のフェイを放り込むことには抵抗があった。もちろんお金のない新人なら仕方ないが、お金があるのを見た以上、個室がある宿をすすめるのは当然だ。


「ところで、宿は食事がつくのか? エメリナが泊まってるところとは、うまいのか?」

「もちろん、さっきのお店にも引けを取らないわ。料金も平均的だし、フェイは魔法師なんだから、すぐに稼げるようになるわ」


 現在、冒険者に魔法師の数はそれほど多くない。というかかなり少ない。魔法師の家系に生まれて、魔法師として訓練を受けるような人間の多くは冒険者ではなく、国や特定の組織に所属する。

 専門の家系でなくとも、魔法師としてやっていける最低ラインと言われる魔力値1000を持つ人は生まれることは珍しくない。2、30人に1人は生まれる。しかし当然ながら魔法師になるためには魔法を学ばなければいけない。戦闘するためとなればそれなりに専門的になる。

 魔力があっても知らないまま一般人として生きる人も当然存在する。また自分が魔力を持つと知らずに体を鍛えて冒険者となれば、魔力があると知っても魔法師になることはほぼない。また魔法師であれば、冒険者以外の職業でもそれなりに重宝される。


 以上の理由から、冒険者の魔法師はかなり少ない。2、300人に1人と言ったところだ。魔法師ではなく魔法を使える人間であればもっと数は増えるが、あくまで補助レベルだ。

 なのでフェイの程度にもよるが、身体能力をあれだけ上げる魔法を使えるなら、それだけでも価値はある。すぐにパーティーにも誘われるだろう。

 

「うむ。なんと言ってもわしは稀代の伝説的魔法使いの弟子であり、免許皆伝の腕前じゃからな。すぐに1人前になろう」

「なぁに、それ?」

「お爺様は自称稀代の伝説的魔法使いなのじゃ。まあ、さすがに眉唾じゃろうが、少なくともお爺様にちゃんと1人前と認めてもらっておる。問題ない」

「へぇ」


 (山奥に籠もってたってことは、もしかしたら本当に凄い魔法師の可能性もあるわよね。なら、フェイの実力も期待できるのかしら)


 フェイの実力は未知数だが、もし魔法師としての実力があるのであれば、単なる知り合いの可愛い初心者ではなく、今後パーティーを組む可能性もある。

 エメリナは特定の誰かとパーティーを組むことは現在していないが、臨時のパーティーで協力するのはよくあることだ。今回のような捜索依頼や単独で可能な簡単なものならともかく、強大な魔物退治になるとソロだけでは難しい。

 有能な魔法師はひっぱりだことなるが、親しくなればエメリナを選ぶだろう。そんな打算も計算していると、目的地である宿に着いた。


「ここよ」

「なかなか可愛らしい宿じゃな」

「そうね。女性客の方が多いわ」


 エメリナが泊まっているのは黒猫の宿という名前だ。女性客専用の宿と言うわけではないが、無料で体を洗うお湯を一杯提供してくれることから女性客に支持されている。また窓や家具などややファンシーなつくりなところもあり、女性向けとなっている。


「わしも利用できるのかの?」

「もちろん。もし女性客専用だとしても、フェイなら女の子ですって言えば大丈夫よ」

「それは大丈夫とは言わんが……男子禁制ではないのじゃな」

「ええ。ちょっと可愛らしいつくりだから男性からは敬遠気味だけど」

「そうなのか。わしは可愛いのは好きじゃから、ちょうどいいの」

「そうなの? 男の子なのに珍しいのね」

「うむ? むう……まあ、見る分にはの。そういうこともあろう」

「?」


 微妙に歯切れの悪い様子だったが、建物に抵抗がないなら問題ない。フェイを連れて中に入る。

 受付カウンターにいた店主が顔を上げにこやかに声をあげた。


「いらっしゃーい、おや、エメリナさん。おかえりですか?」

「いいえ、喜んでいいわよ、カルメさん。お客様を連れてきたわ」

「ほう? そちらのお嬢さんですか」

「確かにわしが客じゃが、わしはお嬢さんではない。フェイ・アトキンソンじゃ」

「そりゃ失礼しました。カルメ・ドゥロンと申します。ご宿泊ありがとうございます。何日ほどします?」


 にこやかに接客するカルメにフェイは視線を動かしながら返事をする。


「うむ…い、1ヶ月、くらいかのぅ?」

「一週間くらいで、都度更新する方がいいわ。宿は大体前金制だから」

「では、一週間で」

「ちぇー、エメリナさんは余計なことを言いますね。まあいいです。はいでは、一週間ですね。食事は朝夜つきにしますか? つけなくても、前日に言ってもらえば1日単位で追加可能ですけど」

「つけた方が割安ではあるけど、どうする?」


 エメリナは夜はつけず朝だけで夜は気分でお願いしている。しかしそこまで口出しするのはさすがに、保護者でもあるまいし。

 エメリナが尋ねるとフェイは腕を組んでうーむとたっぷり15秒ほど考えてから答えた。


「ではなしで。あちこちで食べ歩きたいのでな。あ、明日の朝はとりあえずお願いしよう」

「はいはい。では基本料のみで、明日の朝食付きの一週間で初回ですのでキリよく2万Gです。部屋はー、ちょうどエメリナさんの隣があいてますね。はい、202の鍵です」

「うむ。む、細かいのがないの。大きいのでもよいか?」

「もちー。ま、純金貨は困りますけど」

「では金貨で頼む」

「はいはい」


 金貨で平然と払うフェイにカルメは上客だと耳をぴんとたてて、心の中でエメリナに感謝した。通常冒険者は依頼で細かくお金を稼ぐので、金貨を持つということはそれなりのランクの依頼を受けてることになる。しかしフェイはエメリナとのやり取りを見てもベテランには見えない。つまり元々お金持ちだ。

 別にぼったくろうと言うつもりはないが、すくなくともお金を渋らないと言うだけで嬉しいものだ。そしてこういう人間は基本的にオプションを躊躇なく頼む。


「フェイさん、ちなみに部屋ですが別料金プラスで別途サービスがありますよ。こちらです」


 カウンターの下からカルメは紙をとりだす。そこにはオプションの一覧が書かれていた。


 (あー、まあ、カモにされてるとはいえ、悪徳商法でもないし、いいか)


「ほう、色々あるんじゃのう。明かりつけ放題にお湯使い放題か。うーむ、しかしわし、魔法でそう言うのはできるからの」

「あ……で、ではこれはどうです?」

「む? おー、服や部屋もいない間に綺麗にしてくれるのか。うーむ、しかし、それもわし、魔法でできるしのぅ」

「なんと!?」

「え、そうなの? そんな魔法あるの?」


 口出しを控えていたエメリナも食いついた。フェイは自慢げに答える。


「うむ。生活魔法というやつじゃ。わりと簡単じゃぞ」


 (えー、そんなのあるの? 簡単なら教えてもらったりできないかしら)


 もしくはやってもらえないかと考えるエメリナと同じく、カルメもフェイの魔法にはそそられていた。その魔法があれば人件費の節約になる。


「……あの、フェイさん。いっそうちで働きません?」

「すまんが、冒険者になるため登録したばかりじゃ。老後にでも考えさせてもらおう。む、貴重品預かりか」

「あ、はい。部屋にも金庫ありますしドアにも鍵がありますけど、どうしても不安な人のために」

「ふむ。ではこれを頼もう」

「え、ほんとに?」


 エメリナは思わず口を出してしまったが、カルメでさえほんとに?と言いたくなるくらいだ。なにせそのサービスは今まで誰も使ったことがない。

 何故ならそれほどの貴重品なら自分で持つか、もっと安全に保管するために教会にお金を払って預けるからだ。


「うむ? うむ。持ち歩くには手間取るが、特別な場所に預けるのも手間じゃからな。ちょうどよい。この魔法書を」

「ちょっと待った! 魔法書とか、さすがにそういう他にない貴重品は、弁償できませんし」

「なに、弁償するような事態になる可能性があるのか? ではなしじゃ」

「あー、はい」


 カルメ自身もかつては冒険者でありそれなりに腕がたつのでメニューに加えている。しかし、魔法書となればかなりの貴重品だ。少なくとも持ち主にとっては。

 魔法書は基本的に魔法師がそれぞれ手書きで造る唯一無二のものだ。魔法師によりそれぞれ改良されたり、一子相伝だったりする魔法がのっているのが殆どだ。魔法師にとっては命より重要とさえ言われている。さすがに命は預かれない。


「では、どうぞ。毎日綺麗にしてるので、今からでも使えますよ」

「では荷物を置いてくる。エメリナ、少し待っていてくれ」

「あ、魔法書は持ってくださいよ」

「む、わかった」


 (置いてくるつもりだったの? 危機感なさすぎる。まぁ、悪人と会ったこともないなら、仕方ない、のかしら)


 エメリナはフェイに色々教えることが増えて、今日中に教えられるか不安になった。







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