第4話 初めての外食

 エメリナが案内したのは教会から二本通りを過ぎた、一番賑やかな表通りの裏側にある食堂だ。大衆食堂として地元民にも旅人にも愛される食堂だ。


 お昼の時間を少し過ぎているが、まだ八割は席が埋まっている。


「ヒルダさん、注文お願いします」


 エメリナは慣れた足取りで店に入り、店員の名前を呼びながら席についた。


「はいはーい。はい、注文は?」

「私はBランチで。フェイは?」

「うむ、よくわからんので、エメリナと同じものを頼む」

「はいはい。Bランチ2つね。B定二丁ー!」


 注文を頼み、店員が置いていった水を飲む。基本的に水一杯50Gで席料を含めて自動的に会計につくことになっている。席代の代わりのため、水のおかわりは無料だ。街内に湖という水源があるため、アルケイド街では水の価値は低い。

 しかしそんなことを知らないフェイは、料理が来るまでの暇つぶしにとなんとなく見ている各テーブルに置いてある小さなメニュー表の表側にある、その水代のシステムに驚いていた。


 (なんと、食事と言うのは水までお金がかかるのか)


 山奥で全て自給自足であったこともあるが、なによりフェイにとって水とは魔法でいくらでも出すことができるものだ。なので50Gと安価であってもお金がかかることに驚いたのだ。

 しかしそれを言ってしまえば、そもそも料理だって、原材料を考えれば大したことはない。料理をするための準備や料理そのものなど、手間賃がかかっているのだ。

 フェイはしばらくじっと店の様子を見てから、店と言うのはそう言うものだと納得した。


 (ふぅむ、しかしメニューがたくさんあるのじゃなぁ。実に楽しみじゃ) 


「珍しい?」

「うむ、何もかもが、わしにとっては珍しい」

「ふふ。フェイって、いったいどこから来たの?」

「向こうに、森があるじゃろ? その奥の山奥じゃ。御爺様とずっと2人暮らしで、外に出たことがないのでな」


 さらりと言われたことにエメリナは驚いた。田舎育ちだとは考えていたが、まさか山奥に祖父と2人暮らしとは想像もしない。

 しかしそんなエメリナの驚愕には気づかず、フェイは楽しそうに言葉を続ける。


「故にお主には当たり前でも、何でも珍しい。わしにとっては、お主は初めて会った人間となる。そう、いわゆる初めての友達というやつじゃな」

「友達なの?」

「うむ。そうじゃ」


 その無邪気な物言いにエメリナは面食らった。今日会ったばかりであるが、そんな風に言われては、友達ではないと言うこともない。しかし、それでもなんとなく恥ずかしくはある。

 エメリナは故郷の村にいたときはそれなりに友人はいたが、村を飛び出して教会登録者、すなわち冒険者となってからは友人と呼ぶ関係の人間は出来ていない。冒険者同士で組んで戦うこともあるが、それはあくまでパーティー仲間だ。このアルケイド街でも馴染みの人間はそれなりにいるが、休日に会って遊ぶかつてのような友人はいない。だからか、改まって友達と言うのは気恥ずかしく、エメリナは即答しかねた。


「……いやか?」

「いえ、いいえ。友達ね。フェイの一番の友達なんて、光栄だわ」

「うむ」


 そんなエメリナの反応に不安になったフェイだが、フェイの態度に慌てて笑顔で肯定したエメリナの態度にほっと笑った。


「お待たせしましたー」


 そして料理が運ばれてきた。それはフェイが今まで食べてきた食事とは全く違うもので、目を輝かせて手を合わせた。


「神よ、心と体の糧とす」

「ちょっ、ちょっとフェイ、街中で祈りの言葉を口にするのはマナー違反よ」

「なに? そうなのか?」

「そうよ」


 様々な神への信仰の自由が許された昨今においては、しかし自由であるからこそ偏見を持たぬように信仰神を無闇に吹聴することは避けられるようになった。

 教会や個人宅などを除き、公共の場所での祈りは心中だけで行うことが一般的に世界的にも暗黙の了解となっていた。


「と言うことなの。わかった?」

「そうであったか。失礼した」


 エメリナが説明すると、フェイは誰かが聞いていなかったかとキョロキョロしながら謝罪した。回りの何人かは聞こえていたが、しかしマナー違反とはいえ外食の少ない子どもであればそう珍しくないミスだ。皆、聞こえていないフリをした。

 フェイは聞こえていなかったかと安堵し、エメリナは熱心で過激な信徒が近くにいなかったことに安堵した。


「いえ、私こそ、あらかじめ説明してもよかったわね」

「いや、わしの勉強不足が招いたことよ。エメリナに非はない。迷惑をかけてすまんな」


 ひとまず冷めない内にと食事を再開する。改めて無言でフェイとエメリナは祈りを捧げ、食事を開始する。


「うぅむ、うまいのぅ」

「でしょ」


 見た目だけでなく、味もフェイの舌によく馴染んだ。元々ブライアンはこの国の出身であり、見慣れない料理でもこの地域の味自体が舌に合うのは想像内だが、料理人でもないブライアンの数少ないレパートリーの料理だけで育ったフェイには衝撃的な美味しさだった。


 (お爺様、わしはさっそく素晴らしいものを見つけたのじゃ!)


「これほどうまいものが世にあるとは。世界は広いのう」

「いくら何でも大袈裟……でもないなか。すすめたかいがあって何よりだわ」


 エメリナは呆れつつも、けして行儀が悪いわけではなくむしろ丁寧な作法に則って幸せそうに食事をするフェイに微笑み、エメリナも手を動かした。









 食事を終え、祈りをすませて水を飲み、さてそろそろ会計しようかと言う流れになり、どうやって自分が払おうかとエメリナは一つ考える。


 (まあ、ここは素直に言いますか)


「フェイ、ここは私がもつわ」

「うむ? いやいや、わしが払う。でなければ礼にならんからな」

「あのね、新人で年下のフェイに奢られてたら、カッコ悪いでしょ? ね?」


 これでいいだろう。小細工をするよりストレートな説得の方がフェイには通じそうだとエメリナは思い、本音三割の説得を試みた。

 その言葉にふむ、とフェイは考えこむように小首を傾げてから、フェイは鞄から財布を取り出してエメリナに渡した。


「え? な、なに?」

「うむ。確かに年下がでしゃばっては体裁が悪いであろう。ならば、その財布で代わりに払ってもらってもいいかの?」

「あ、あのね、そう簡単に財布を渡すものじゃないわよ」


 (いい子なのは間違いないけど、気の使い方がちょっとかわってるわね)


 しかも紐がゆるんでいる。エメリナはフェイの世間知らずっぷりにため息をつきながら紐を締め直してあげようとして、ちらりと見えた中身に驚愕した。


「フェ、フェイ」

「なんじゃ?」

「これ……いえ、なんでもないわ」

「うむ?」


 中には輝く金貨がぎっしり詰まっていた。フェイの手のひらに収まる小さな布製のありきたりな財布で、持った感覚ではそれほど重量を感じなかったのに、だ。

 この国において金銭の単価は共通してG(ガルド)だ。全て金貨で、金の含有率によって硬貨の価値がわけられている。

 純金貨、金貨、半金貨、銀金貨、半銀金貨、銅金貨、半銅金貨、厘金貨、砕金貨の

九種類だ。全て金が含まれるため正式名称には金の文字が入っているが、金貨以降は、金以外の含有率が高く、金色ではなくなっているので金を抜いて銀貨、銅貨と呼ばれるのが一般的である。

 それぞれの価値は時勢によって常に変動しているが、だいたい100万G、10万G、5万G、1万G、5千G、千G、500G、100G、10G

となっている。偽物をつくれないように、それぞれの重さも明確に決められている。

 だからこそ軽い財布に有り得ない輝きが目に入り驚いたのだ。しかもエメリナが確認できただけでも10枚、つまり100万はくだらないだろう。


 思わず混乱したが、しかし何か事情があるのだろう。こんな場所で話すことではないと判断し、何とかエメリナは口に出すことをやめた。


「とにかく、財布を気安く人に渡しちゃ駄目よ。はい。いいから、今日はおごられてなさい。フェイが登録したお祝いよ」

「うーむ、そこまで言われて仕方あるまい。わかった。エメリナの顔をたてるとしよう。じゃが、次はわしがおごるぞ。これは譲れん」

「わかったわよ。じゃあ、あなたが依頼でたくさん稼げたら、お願いするわ」

「あい、わかった」


 押し問答をしても仕方がない。フェイとしては奢られては本末転倒、全く食事に誘った意図と逆になってしまうが、次回を誘う理由となったのでよしとする。

 つまるところフェイは、最初に出会った女性であるエメリナに親近感を覚え、雛鳥が最初に見たものを親とするように懐き、一人になるのが寂しくて誘っていたにすぎない。

 エメリナと連続的に関係を結べそうなので満足し、満面の笑みを浮かべた。


 (うん、可愛い。そうそう、そうやって可愛く笑ってれば、奢りがいがあるってものよ)


「さて、じゃあ食事が終わったし……とりあえず、フェイ、宿をとりなさい。決めてないわよね?」

「うむ」

「とりあえず、フェイが世間知らずなのはよくわかったわ。乗りかかった船だし、今日は私が先輩として案内します。いいわね?」

「おお、もちろんわしは大歓迎じゃ。なにせ右も左もわからんからの」

「胸をはらないの。とりあえず荷物をおろす拠点を確保しましょう。それから、簡単な依頼を一緒にやりましょう」

「うむ。エメリナは実によいやつじゃ。わしの目に狂いはなかったの」

「調子いいことを。ただ最初に会っただけじゃない」

「それもわしの運じゃよ」

「……それもそうね」


 呆れてしまうほどの世間知らず、知り合ったのも何かの縁。このままはいさようならでは心配だ。今日1日くらい、新人に付き合うのもたまにはいいだろう。

 そうエメリナは思った。仕方ないという思考とは裏腹に微笑んでいたことは自覚せずに。











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