第3話 教会登録2

 カウンターへ戻るとチャックから縦4センチ、横6センチの薄く堅い板を渡された。

 片面には細かい魔法陣が書かれていて、もう片面には『教会登録者 ランク1』という数字と名前、性別、年齢。そして右下の端に『インガクトリア国アルケイド街ラーピス教会発行』と書かれている。


「フェイさんは初心者とのことですが、システムやカードについて詳しい説明は必要ですか?」

「お願いしよう」

「では、少々お時間かかりますので、別室でさせていただきます。説明は、さっきの彼女から聞いてください」

「うむ、わかった。宜しく頼む」


 再びカウンターから出てきた先ほどの女性職員は、フェイを別室へ誘導し歩きながらネリー・スターリンと名乗った。


「どうぞ、ネリーと呼んでね。フェイ君」

「うむ。宜しく頼む」


 別室は登録者用の客間の一つであり、それほど上質ではないがありふれた机と椅子があり、打ち合わせなどができるようになっている。

 何でも物珍しそうにキョロキョロするフェイにネリーは笑みを浮かべながら、座るように促し、自らは入り口から入って机の向こう側にある、黒板の前に立った。


「じゃあ説明していくわね、まず何からわからない?」

「いくつか知っていることもあるが、いずれも御爺様からの古い知識故、手間取らせて悪いのじゃが全て説明してもらえると助かるの」

「大丈夫よ。きちんと説明するのもお仕事だもの」


 ネリーの話し方は親しみがあり、幸い敬語を使われることにも慣れていないフェイにとっては緊張もなく、講義のように集中して聞くことができた。


 教会は信仰神によらず全国の全教会が公約を交わしていて、登録者は全国で依頼受けることができる。その為の証として登録者はカードを渡される。

 カードは魔法具であり、カードに入る情報は表面に見えるだけではない。依頼をこなした内容、数なども記録され、教会が調べれば今までの履歴がわかる。

 カードに登録した情報をやりとりすることで登録者の実力や人格についても一定の信用をすることができ、そのおかげで登録者は全国的に初対面の相手からでも依頼を受けることが可能だ。

 カードの表面には発行街があり、低ランクのうちは信用がないので発行街でしか依頼は受けられない。またカードを紛失した場合は発行街でしか再発行できない。

 カードがなければ依頼は受けられず、再発行にはお金がかかる。登録時は依頼を受ける人が増えることになるので無料だが、再発行には3万Gがかかる。それなりに高価な魔法具なのだ。

 依頼はどこの教会でも受けられ、システムとしては教会内の依頼掲示板に張られている依頼書をはがし、それを受付へ渡すだけだ。

 ただし依頼によりランクがある。街の中でのみ行い、戦闘がないものは基本的に低ランクとなる。

 依頼のランクは低ランクの0。簡単とされているが戦闘要素のあるランク10。より難易度があがるほど10ごと依頼のランクはあがる。

 登録者は1ごとランクがあり、登録者は、自身のランク数以下の依頼であれば受けることができる。

 

 その外にもいくつかのルールなどがあったが、概ね重要なのはこの位だろうとフェイは頭の中にメモをした。


「以上で、全部かしら。何かわからないことはある?」

「いや、問題ない。実にわかりやすい説明じゃった。ありがとう、ネリー」


 教えられていた内容とほぼ相違ない。10年前に一度登録したきりと言うが、変更はないようだ。


「どう致しまして。それじゃ、登録はもう終わりよ。その登録カード、大切にしてね」

「うむ、次は依頼を受けに来よう。その時はまた頼む」

「ええ。待ってるわ」


 手続きが終了したフェイはカードを再び取り出して眺めながら部屋を出た。


 (登録者か……ついに、わしの新しい生活が始まるのか。……楽しみじゃのぅ)


 気がついた時には高祖父であるというブライアン・アトキンソンとフェイは2人暮らしであった。うっそうとした木々に囲まれた山奥で、他の人間を知らず生きてきた。

 外で生きるための常識と、ブライアンの生涯をかけたという魔法を教えられる日々であった。ブライアンが死に、遺言であった通りに街を降りて登録者となった。そして生計をたて、自由に生きろと言われていた。

 自由になんて言われても、フェイにはぴんとこない。だけどわくわくしていた。ブライアンの死は悲しかった。遺言通りに旅立つまで一週間もかかった。ブライアンとの日々はいつも優しくて魔法の勉強も楽しくて満ち足りていた。だけど何も決まっていない、明日どうなるのかわからない不安な状態が、何故か無性にドキドキする。

 世界は素敵なことで溢れているとブライアンは言った。


 フェイはそれを見つけたいと、そう思うのだ。


 ひとしきり眺めた後、フェイはカードをそっと胸元のポケットにしまいいれ、エメリナと約束した場所へ向かった。









 ここは教会であるので当然、祈りを捧げるための部屋が存在する。エメリナがフェイに指定したのはまさにその為の部屋だ。

 教会内の開放された場所において最も広く、横長の大きな椅子が並び、中央の通路を進むと神をたたえる為の設備がされている。燭台の並べられた祭壇や、壁に彫り込まれた神をかたどった部分が目を引く。

 お祈りの時間は人であふれ静謐な空間となり、それ以外は各自お祈りをする人がいればおしゃべりをする人もいる憩いの場所となる。

 もっと教義に厳しい教会もあるが、エメリナはこの場所が好きだった。依頼報告時に、とにかく一度休憩したい時なんかはこの部屋に来て、祈りを捧げながら足を休ませるのはいつものことだった。


「エメリナ」


 声をかけられて顔をあげる。待ち人がようやくやってきた。


「フェイ、遅かったわね」

「すまんな。色々と聞いていたのじゃ」


 元々それほど怒ってはいないが、フェイがしゅんとした本当に申し訳なさそうな顔をするから、エメリナはちょっと笑ってしまう。


「いいわよ。私もそれほど待っていたわけではないもの。想定より時間がかかったかなって思っただけよ」

「何にせよ、わしから言い出したのに待たせたのじゃから、悪いには違いない。礼もかねて、お昼をご馳走させてくれんか?」

「あら、いいの?」

「無論じゃ」


 フェイのような駆け出しの年下に奢られるのは申し訳ないが、しかしここで断っても仕方ない。なんなら、食事中に先にさりげなく支払っておけばいい。

 と、そこまで考えたところでエメリナは不思議に思った。自分はそんなに親切だったろうか、と。

 エメリナはどちらかと言えば男性が苦手だ。だから女の子になら親切にしても、男性にはそれほどではない。フェイは男の子だ。なのに食事まで奢ろうとするなんて少し行き過ぎではないだろうか。


「? なんじゃ? わしの顔に何かついておるのか?」


 エメリナの視線に両手で自分の顔を触るフェイに、エメリナは納得した。


 (フェイって、どう見ても女の子なくらい可愛いものね)


 よくよく見れば首や手の骨格の角張りなどで男性であることには納得できるが、一見したところ女の子にしか見えない。であればエメリナの苦手意識が発動しないのも納得だ。まして、女の子だとしてもかなり可愛い。親切にしたくなるのも仕方ないことだ。


「ええ、目と鼻と口が」

「お主もついておるぞ。まあよい。ではエメリナ、好きな店へ連れて行くがよい」


 からかわれたと察したフェイは一瞬頬を膨らませたが、すぐににっこりと笑った。


「よし、それじゃあ私のおすすめのお店に行きましょう。お値段もお手頃だし、きっとフェイも気に入るわ」

「宜しく頼む」


 フェイと並んで教会を出た。相変わらず物珍しそうな仕草にまた笑みがこぼれる。


「さ、こっちよ。街が珍しいなら、後で案内してあげるわ」

「よいのか?」

「ええ。今は他に依頼を受けていないから」


 一昨日から受けていた誘拐に関する依頼は目星をつけて見張っていたはいいが、決定的な証拠がなかった。それが先ほどフェイにひっかかっていたことで解決した。それを考えると、尻尾を出させてくれたフェイにお礼をしたいくらいだ。

 だから、エメリナがフェイに親切にするのは全く不思議ではない。けして可愛いものが大好きだからと見ていたいと言う下心があるわけではない。


「さ、こっちよ」

「うむ、む、むぅ、す、すまぬ、すまぬ」


 歩き出すエメリナに続いて揚々とフェイも歩き出すが、しかしすぐに人混みにぶつかり、人にぶつかり、なかなか進めない。

 立ち止まり振り向いたエメリナは首を傾げる。確かにここはそれなりに大きな街だが、この通りのこの時間はそこまで混んでいない。一つ向こうの食堂が並ぶ道はもっと混んでいる。

 フェイはいったいどれだけ田舎にいたのだろうか、と少し呆れながら見ているとフェイはすまぬすまぬと言いながらぶつかりながら、飛びつくようにエメリナの隣にやってきた。


「ふぅ、さっきは普通に歩けたのじゃが、なんじゃか急に人がぶつかってたの」

「ああ…さっきは人を背負っていたから、みんな避けてくれてたのよ。普段はこんなものよ」

「む、そうなのか。都会とは、歩くのも大変なのじゃなぁ。エメリナ、すまぬが、服を掴んでもよいか? このままでははぐれてしまうでな」

「え、まぁ、いいわよ」

「すまんな。皺にならんよう、気をつけるから許してくれ」


 少し気恥ずかしい気持ちもしたが、相手は子どもであるし、服も仕事用で皺を気にするようなものでもない。

 フェイはエメリナの左手袖口を掴んだ。


「では、改めて頼む」

「ええ」


 袖口に感じるフェイの動きに、ちょっとだけ手を繋いでるようで恥ずかしかったので、エメリナは少し早足に歩き出した。











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