第2話 教会登録
アルケイド街に入ったその瞬間から、フェイにとって全てが新鮮だった。
見知らぬ人々とふれあいそうなほどの人混み、耳を塞ぎたくなるほどのざわめき、埃っぽいような涎がでそうな雑多な匂いが混じり合った空気、立ち並ぶ建築物。
(百聞は一見にしかずとは言うが、ほんにその通りじゃ。まさかこれほどの迫力とは。人がこれだけいるというだけで、それだけで、大気の勢いが全く違う)
フェイは圧倒されていた。まるでさっきまでとは違う。異世界へ来てしまったかのようだ。
「さ、教会は中央区にあるから、さっさとその荷物をおろしにいきましょう」
「う、うむ」
先を歩き出すエメリナの後を付いていくフェイ。人混みに慣れないフェイだが、幸いなことに背中の荷物の上につまれた三人の人間のおかげで周りの人は自動的に避けてくれたので、エメリナの誘導もあり問題なく歩くことができた。
道を歩いていくと、大きな建物が見えてきた。その建物はさすがに世間知らずなフェイにもすぐに何か見当がついた。
知識の中にある形と同じ特徴を持っている。太陽神・ラーピスを信仰する教会だ。
「これが教会か」
「そうよ」
信仰心には関係がなく登録ができ、また各宗派とも提携を結んでいて一カ所で登録すればどこの教会でも依頼を受けられると聞いている。しかしそれでもフェイは緊張した。
フェイの信仰神はとてもマイナーなものだと教えられている。それでもきちんと協定が結ばれているのだろうか。
(御爺様は登録したと言っておられたが、なにせ昔のことじゃからな。規則が変わっていても不思議ではない)
実際には教会の規則は変わっておらずフェイの心配は杞憂なのだが、堅くなるフェイにエメリナは微笑ましく思いながらも声をかけた。
「そんなに緊張しないでも大丈夫よ」
「うむ……なにぶん初めてのこと故。その、入る前に手間取らせて申し訳ないが、信仰神が違う教会でも登録できると聞いているのじゃが、間違いないかのぅ?」
「間違いないわよ。何を気にしてるの? もしフェイがオークス信者だとしても大丈夫よ」
笑いながら言われたのでフェイは少し安心したが、しかしその一方で疑問に思った。
まるで今の言い方ではオークス神がいけないかのようだ。フェイの知識の中ではオークス神は呪い(まじない)を司る神で、魔法使いの中でも呪術を得意とする家系の者が信仰する神であり、特にこれと言ったことはない一般的な神の一柱だ。
それはとにかくフェイの信仰神も、マイナーではあるだけで別に悪神でもない。なので規制がないと言うなら問題はないだろう。
フェイは気にするのをやめて、エメリナと共に教会の扉をくぐった。
中は天井が高く吹き抜けとなり、窓には色づけられたら硝子が組み合わされて絵となったステンドグラスがはめられている。
建物内には教会に属する静粛な雰囲気を感じさせる清潔そうな制服を来た人間と、動きやすさを重視してけして洗濯したてではない服装をしている人間が当たり前のように混在している。
それはフェイにはアンバランスなように感じたが、エメリナにとっては日常的な光景だ。
躊躇わずに受け付けへ向かって歩いて行くエメリナについて、フェイは思わず止まりそうになる足を早めた。
「こんにちは、チャックさん。すみません、これ、今受けてる依頼で捕まえてきた誘拐犯です。少なくとも、誘拐現行犯です」
受付のカウンターに座っていた壮年の男性にエメリナは声をかけた。チャックはフェイの後ろを見て頷くと、カウンターの下から書類を取り出した。
「はい、ではまずそちら預かります。君、運んでくれ」
「はい」
隣の青年がびくびくしながらカウンターから出て、フェイから男たちを受け取った。
「あ、軽い」
「うむ。あと10分は保つよう魔法がかかっている。早く運ぶとよい」
「はい。わかりました」
三人の悪人は荷物のように受け渡され、奥の部屋へと連れて行かれた。彼らは後ほど尋問され、エメリナの受けている依頼と関係が認められれば、エメリナの誘拐事件の捜索の依頼は完了となる。
「エメリナさん、では事情を教えていただきたいので、3の部屋へ」
「はい。あと、この子は新しく登録希望です。フェイ、後はここで聞いてね」
「うむ? む…エメリナは、もう行くのか?」
「え、ええ。大丈夫よ。チャックさんは初心者にも優しく教えてくれるから」
「べ、別に、そう言うのでは、あ、いや。助けてもらった礼がまだじゃ。後ほど、また会おうではないか」
「うーん、わかったわ。じゃあ終わったらそこの、椅子が並んでる場所あるでしょ? そこで待ってるから、後でね」
「うむ」
エメリナは完全に子供扱いしているがフェイは気づかず、満足げに頷いた。
そしてエメリナが手を振りながら立ち去るのを見てから、おずおずとチャックに振り向いた。
「その、登録をお願いしたいのじゃが」
「はい。ではこちら、ご記入ください」
「うむ」
紙とペンを渡され、フェイはカウンターの上でそれに記入をしていく。
【名前】フェイ・アトキンソン
【性別】男
【年齢】13
【出身地】
「これは全て記入せねばならんのか? わしはお祖父様に人里離れた場所で育てられた故に、出身と言われても村の名前などはないのじゃが」
「それでしたら国の名前でも結構ですよ? ただし虚偽はやめてくださいね。一度登録したら変更はできませんから。出身以下は自由記入ですので書かなくてもかまいませんが、戦闘系依頼を受けられるのでしたら、可能なだけ記入ください」
「うむ」
【出身地】インガクトリア国
※以下、必要に応じて記入してください。
【職業(戦闘職可)】魔法使い
【主武器】特になし
【魔力属性】光
【戦闘経験(目安となります)】特になし
「これでどうじゃ?」
「はい。確かに。では魔法師とのことですが、魔力は測定しますか?」
項目を全て埋めて渡すとチャックは頷いて、カウンター脇にある機械に通しながら尋ねてきたが、フェイにはいまいちピンとこない。
保有魔力値の測定と言うことは何となく察したが、それを計る意味がよくわからなかった。
「測定した方がよいかの?」
「そうですね。魔法師の方は現状どの程度の魔力値かを正確に把握する必要がありますから。すでにご存知でしたらかまいません」
「いや、はかったことはない。ではお願いしようかの」
「はい。一回1000Gです」
「……お金がかかるのかの」
「はい。やめますか?」
「いや、お願いしよう」
フェイは鞄をおろして、底から財布を取り出した。家から持ってきた全財産だが、世間の相場がわからない。
一応それぞれの紙幣の価値は育ての親でもある祖父から教わっているが、使うのは初めてだ。フェイは恐る恐る硬貨を一枚差し出す。
「これでよいか?」
「はい。では、彼女について行って下さい。その間にカードを作成しておきます」
「うむ」
カードの意味はよくわからなかったが、とにかくカウンターから出てきた女性について行けばいいことはわかったのでフェイは返事をして、鞄を担ぎなおした。
「こちらの部屋で測定します」
女性職員についていき通された部屋では、何かの装置のようなものが2つあった。フェイが三人くらい乗れそうな四角い木の台で、三方に手すりがついている。手すりがない乗り口と対面の手すりの中央から棒が伸び、その先から吊すように大きな玉がついている。
「これで魔力が計れるのか?」
「そうよ。ここにのって、手すりを両手で掴んでね。そしたらすぐに、この水晶に数字が出てくるから」
本来登録者は教会所属と言うわけでもないので敬語を使わなければいけないのだが、まだ登録担当にまわって日の浅い女性はフェイが子供とあって微笑みながら返事をした。
「うむ。ちなみに平均はどのくらいなんじゃ?」
「そうね。普通の人は100くらいでも珍しくないけど、魔法師ならだいたい1000位はあるわね」
「ほう。ではわしは3000くらいかのぅ」
「そうだといいわね」
3000と言えばそれなりに多い。実のところ1000は魔法師として最低ラインであり、登録者の魔法師で最も多いのは2000ほどだ。
フェイの年でそれほどあることは稀だが、計るまで夢を壊すこともない。女性職員は微笑みを絶やさないまま、測定器を準備した。
「はい、のって」
「うむ」
「どれ…………あら?」
「……なかなか表示されないのぅ」
「おかしいわね」
通常であれば5秒ほどで表示される。首を傾げて女性職員が透き通る球体に手を伸ばした瞬間、表示された。
「あ、でたでた。まあ、すごい。ほんとに3000あるわ」
「どれ。おお。3208か。まぁまぁじゃな」
「あなたの年でこれなら、5000のエリート宮廷魔法師になるのも夢じゃないわよ。頑張ってね」
褒めてもらって気分も上々に、フェイは測定を終えた。
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