アルケイド街

第1話 始まり

 出発してから1ヶ月ほどかけて山を下り森を抜け、ようやく人の手が入っているように見える整備された道に出た。


「ほー、ようやくか」


 一息つきながら小柄な体に似合わぬ大きな荷物を担ぎ直し、フェイ・アトキンソンはきょろきょろと左右を見渡す。

 踏みならされて草の生えていない道はたった今出てきた森とは平行して走っている。フェイは少しだけ考えてから右手側へ歩き出した。


「確か、この道にさえ出れば2日も歩けばアルケイド街じゃったな。思っていたより辺鄙なところに住んでいたんじゃのう」


 思わず独り言をもらすフェイ。祖父が亡くなり旅にでてから誰とも会話をしていないので、ここ二週間は独り言が癖になっていた。

 遠くから馬車が走ってきているのが見えた。道が通っているだけあって人通りもあるようだ。初邂逅かと少しわくわくしたが、当たり前だが馬車は道の端を歩くフェイを素通りしていく。

 気持ちとしては手をあげて引きとめたいくらいだったが、特別尋ねなければいけない項目もない。それにすれ違った馬車はそれなりに豪華であった。万が一貴族などの関係であれば面倒だ。

 フェイは自分の体に身体能力向上の魔法をかけ直し、街までの我慢だと足に力をこめた。









「おーい、ちょっと君」

「うむ? なんじゃ?」


 まだ小さいがようやく見えるようになった街の方から男が近づいてきた。

 男は厳つい顔ににこやかな微笑みを浮かべて、馴れ馴れしくフェイの肩を叩いた。


「君、アルケイド街に行くの?」

「それ以外に見えるかの?」


 進む方向を見れば例えアルケイド街が最終目的でなくとも、アルケイド街に寄ることは想像がつきそうなものだ。

 なのでフェイはそう答えたのだが、あからさまに男は気分を害した顔をした。慌てたようにまた微笑んだが、フェイもさすがにしまったと反省した。


 (初対面では今の言い方は失礼じゃったか。ううむ、難しいのう)


「お嬢ちゃん一人かな? 一人なら、アルケイド街を歩くのは危ない。最近誘拐事件が多いからな。良かったら俺らが案内してやろう」

「まぁ、一人じゃな。じゃがお嬢ちゃんではないぞ。わしは男じゃ。じゃから、案内は不要じゃ」

「なに? ……まあ、いいか。そうかそうか、お坊ちゃんか。さぁ、案内してやろう。まずはこっちだ」

「んん?」


 男のさらに後ろから近づいてきた2人組も加え、フェイは頭二つは高い男3人に囲まれる形になる。話を聞いていないかのような男の返答にフェイは首を傾げる。


 (こやつら人の話を聞いておらぬのか? 悪人面の割に善人のようじゃが、馬鹿なのか?)


「俺ら、あの街でちょー顔聞くからさ」

「いや、じゃから」

「その子を離しなさーい!」


 人の腕を掴んでくる男たちをどうやって追い払おうかと思いながらフェイが悩んでいると、突如フェイたちに女性の声がかけられた。


「ああ?」


 男たちはみた目通りの柄の悪い威嚇声をあげて、一斉に声の方へ振り向いた。

 フェイも男たちの隙間からそちらを向くと、金の髪をなびかせているのがかろうじて分かる程度に遠い場所に女らしき人影があった。


「君ー! 離れてー!」


 どうやら自分に言われていると察してフェイは遠くの人間と会話できるようになる魔法を使用した。


「何故じゃ? 確かに離れるつもりだが、こやつらは親切にもわしに案内を申し出ているだけじゃぞ」

「! あ、あのねー!」

「普通の声で聞こえるぞ。むしろうるさいわ」

「あ、ああ、えと、そいつらは指名手配されてる誘拐犯なの」

「おい! 騙されるな! 実はな、あの女こそ誘拐犯なんだ。俺らはそれから助けるためにこうして見回ったるんだ。ほら、わかったら早く行こう」


 全く情報のないフェイとしてはどちらの言い分が正しいのか、判断する要素はない。しかしフェイは迷わずに男たちの手を振り払った。


「汚い手でいつまで触っておる! どう見てもお主らの方が間違いなく誘拐犯であろう!」

「なに!? 何を基準に言ってんだ!?」

「顔じゃ!」

「ぶっ殺すぞ!」

「後臭い。街に住んでてこの匂いはないじゃろう」

「ぐっ……くそ!」


 男たちはフェイを捕まえようと手を伸ばすが、悪人と知っていればあえて触れることを許す必要はない。フェイは大きく跳躍して3人から離れ、女の近くに着地した。


「わっ、あ、あなた、すごい跳躍力ね」

「うむ。で、見たところお主、あれを捕まえに来たのじゃろう。手を貸そう。魔法には少々自信があるでな」

「あ、魔法師! なるほど、でも大丈夫よ。私も、腕には自信があるもの」


 女はフェイを安心させるようにウインクをすると弓を構えた。


 そこから先は早かった。こちらへ向かってくる男達へ女は弓を射り、男たちは腕に刺さった弓矢を引き抜いてまた走り出して、すぐに倒れ込んだ。


「ほう、薬品か?」

「ええ。痺れ薬よ。そうでもしないと、弓使いで一人じゃ火力が足りないもの」

「ふむ。しかし、なかなかの腕前とみた。いや、それよりもまず礼じゃな。挨拶が遅れてすまんな。わしはフェイ・アトキンソン。魔法使いじゃ」

「私はエメリナ・マッケンジーよ」









 エメリナは元々、最近連続して起きている貧民街での誘拐事件を調査していた。街の外にアジトがあることはわかっていたので外を巡回していたところ、声をかけられているフェイを見つけたのだ。


 エメリナは教会登録者だ。教会登録者とは、各地の教会から依頼を受けてそれをこなし金銭を稼ぐ者のことだ。信仰心がなくとも登録し、仕事を受けることができ、また各地の拠点から自由に仕事を受けられる。

 日常のちょっとしたことから、魔物退治や護衛、狩りまで様々な依頼が教会に持ち込まれる。それを解決するのが教会登録者だ。目を引く依頼として戦闘関係や危険なものが多く、一般的には冒険者として人々には呼ばれている。

 教会登録は誰でもできるが、どこでも出来るというわけではない。一定以上の規模のある教会でしか行えない。


 ここ、アルケイド街は割合大きな街であり登録ができるとあり、近隣から登録希望者がやってくることはよくある。

 フェイもその一人だろうとエメリナは思った。そうでなければフェイくらいの年齢で一人旅はそうそうない。見たところ、15の成人を満たしていない。


「フェイ、あなた教会登録をしにきたの?」


 教会登録には何の制限もない。本人の意志であれば幼児でも登録できる。何故なら依頼は危険なものだけではなく、むしろ最近では草むしりや買い物のような雑用まであるのだから、子供も小遣い稼ぎをしたくて登録するのはよくある話だ。もちろん能力によって受けられる依頼は明確に区別されているので、無謀にも子供がドラゴン退治を希望しても依頼を受けることはできない。保護者も止める理由がない。

 アルケイド街では殆どの人間が登録している。若い頃に登録すれば、わざわざ登録を解除する人もいないからだ。


「うむ。そうじゃ」

「じゃあちょうどいいわ。この男たちを連れて行くのも教会だから、登録しちゃいましょう」

「そうじゃったか。よい時であった。この男たちに声をかけられたのも、運が悪いとは言えんの。一人では中で迷うところであった」


 にこにこと微笑むフェイは男の子に見えないくらい可愛らしく、しかしその表情とは裏腹に先ほどエメリナが倒して拘束した男たち三人をまとめて担いでいる。


「あなたは身体感応系の魔法が得意なのね」

「うむ。まあしかし、あえて言うなら全て得意じゃよ。わしは御爺様より名実ともに認められた、一人前の魔法使いじゃからな」


 フェイは胸を張って答えた。その様を可愛らしいと思いながらも、エメリナは首を傾げる。


 (さっきから魔法使い魔法使いって、この子一体どこから来たのかしら)


 魔法を戦闘や特殊な職業に用いる人間は一般的に魔法師と呼ばれている。魔法使いなんて子どもの絵本に出てくる呼び方は、少なくともここらでは使わない。


 名前や肌の感じからも、勝手に同国内の近くから来たのだろうとエメリナは思っていたが、もしかするとすごく遠くの国から来たのかも知れない。とエメリナは疑問に思ったが、あまり親しくないのに探りをいれるのも失礼なので詳しく尋ねることはやめた。


 魔法使いと言っても意味はもちろん通じるし、特に指摘して直させるほどのことでもない。特にフェイのような子どもならば、それほど違和感もない。


「さぁ、この門をくぐればアルケイド街よ。心の準備はいい? 新米冒険者さん」

「うむ。万全じゃ」


 エメリナは微笑んで開け放たれている大きな門をフェイを伴い足を進める。よほど不審な格好をしていない限り門で止められることはない。

 特にここ最近はこの街を拠点に活動していたエメリナは見張りの兵士に手を振って、何の問題もなく通過する。


 (それにしてもフェイって、子どもなのになんでこんな変な話し方なのかしら)


 出身の方言なのだろうか、とフェイが聞いたら頬を膨らませそうなことを考えながらエメリナは


「さ、教会は中央区にあるから、さっさとその荷物をおろしにいきましょう」


 と促した。


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