知見調査士
あの凄惨な事件をきっかけに制定された悪名高き知見担保法(通称なんだけどね。正式名称は「知見の信頼性を担保するために講ずる調査に関する法律」。蔑称、チ●ポ法……)であれば、たくさんの人が知ってると思うけれど、片や『知見調査士』のことになると、知らない人が途端に多くなる。一応、国家資格なんだけどね……。
誰でもネットが使えるようになって、わざとじゃないにしても、嘘の情報を拡散することに加担する機会が一気に増えてしまって、それで起きてしまったあの五年前の凄惨な事件。
悪意のあるネットユーザーが、自分の恨みを晴らすため故意に作成した、特定の個人に関する嘘の犯罪情報(ある男性が女子中学生を蹂躙したのち残酷な方法で殺害してコンクリートに詰めて海に捨てたけど、警察幹部の息子だから犯罪が揉み消された、っていう嘘の情報)。その情報を信じてしまった一般の人たちや大手の週刊誌が、情報の信頼性を精査しないまま、伏字で拡散を繰り返しているうちに、「公的な罰を与えられないのなら、私刑しかない」と考えた確信犯たちが個人情報を特定してしまって……。
その確信犯たちが、無実の男性を拷問して殺害したのが、五年前。
それまでにも、ネット上のいざこざが殺人事件に発展してしまったケースはあったけれど、ここまで多人数を巻き込んで、しかも間違った情報で、無実の人間が殺害されてしまったケースは世界で初めてだった。
否応無く、ネット情報の信頼性に対応しなければならなくなった日本が喧喧囂囂のなか制定した知見担保法で、伏字や匿名で作られた情報の信頼性を個人が担保できるようになった。
担保するだけでは何の解決にもならない、という批判はごもっともで、情報の正確性を調査するため、知見調査士が存在してる。
さて、長々説明してる僕は、第一回知見調査士資格試験の合格者で、今、特許庁の採用試験の最終面接を受けてる最中(知見担保と特許の事務処理の流れは似てるから、知見担保に関する業務は特許庁に割り振られてる。特許庁はたまったもんじゃなかっただろうね)。
「——それでは、最後になりますが、これは、答えたくなかったら答えなくても大丈夫です」
微笑んでいた面接官の表情が少しだけ厳しくなった。
「はい」
「……●●●●さんの、弟さんですか?」
五年前に殺された兄の名前。
思い出して、目の周りが熱くなった。
「はい。兄のような被害者を二度と出さないために、一生を捧げます」
怒りか、悲しみか、正義感か、自己陶酔か。
たぶん、全部。
認知外クラック 荒井 文法 @potchpotchbump
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