認知外クラック
メトロノームのように単純作業を繰り返す親指が、タイムラインを弾き落とし続ける。
見飽きたプロフィール画像と、どこかで読んだことがあるような文字列がザァザァと降っていく。
一瞬、見覚えのないプロフィール画像と、物騒な文字が見えた気がして、タイムラインを戻してみると、知り合いがリツイートしたものが現れた。
※
●山●美 @●●t●s●●●o 201●/12/03 23:36;42
友だちが殺されました。
犯人は今も普通に暮らしています。
人を殺しても捕まらないのはなぜですか?
本当に悔しいです。
友だちのお母さんは毎日泣いていて、とても辛いです。
頭がおかしくなりそうです。
誰でもいいので助けてください。
※
●山●美のことはまったく知らなかったが、なんとなく気になり、元ツイートをタップした。
そのツイートは二千回以上リツイートされていて、心配の言葉やアドバイスが多数返信されている。●山●美は、その心配やアドバイスに応える形で、ツイートを繰り返していた。そのツイート内容から、●山●美が女子中学生であることや、住んでいる場所、通っている学校などの大まかかな情報が推測できた。
個人情報に近いツイートを連発している●山●美のことを『幼い』という単語ひとつで処理してしまった僕は、他のユーザーと同様、●山●美にアドバイスしたくなった。
まず、個人が特定されるような情報の発信を控えること。
次に、個人が特定されるようなツイートを速やかに削除すること。
最後に、ネットではなく弁護士に相談すること。
●山●美は、僕のアドバイスにもしっかりと応えた。
間もなく、●山●美は、個人情報に近いツイートをすべて削除して、「専門家に相談します」というツイートを最後にして、発信しなくなった。
※
正月に帰省して、めぼしい友人との会合も終わり、特にすることもなく実家のベッドの上で仰向けになりダラダラと親指だけを動かしていた僕は、寝返りしながら、ふと●山●美のことを思い出した。●山●美のツイートをタイムラインで見なくなっていたので、すっかり忘れていた。フォローしておいた●山●美のアカウントを見ると、アカウント名もプロフィール画像も変わっていた。個人情報に配慮したのだろう。
気になったのは、そのアカウントが鍵付きになっていることだ。●山●美が何かしらの炎上に巻き込まれてしまったのではないかと心配した僕は、思い出せる範囲で、●山●美がツイートしていた事件について検索すると、いくつかのまとめサイトがヒットした。どのまとめサイトにも●山●美の名前が伏字で表示されている。
さらに検索を絞り込んでいくと、僕が心配したとおり、●山●美の個人情報を特定したサイトが見つかった。そのサイトでは、●山●美がツイートしていた事件の犯人も特定されていた。
犯人は警察幹部の息子であり、二十四才のニートであること。有名私立大学を卒業したが、就職に失敗して、引きこもり生活をしていること。犯人は●山●美の友人を惨殺したのち、コンクリートに詰めて海に捨てたこと。警察幹部である犯人の父親が事件を揉み消していること。
犯行の詳細は、読んでいるだけで虫酸が走った。
僕は、●山●美の現況を慮りながら、犯人に天罰が下ることを願った。
※
半年後、ネットニュースに犯人の名前が載った。
殺人事件の『被害者』として。
同姓同名の人物かと思ったが、記載されている場所や犯人の年齢など、すべてが一致しているため、●山●美の友人を惨殺した犯人であることは疑いようがなかった。
犯人を殺害したのは複数の人間で、殺害直後に全員が自首したようだ。
彼らは「人として当然のことをしただけ」と供述している。
彼らが、どのような経緯で犯人を殺害するに至ったのか、想像すらできない。
彼らが、自分の人生を捨ててまで貫いた正義を、感激の涙で迎える者が、きっといるのだろう。
僕は、彼らの正義を許容できないが、非難もできない。
彼らは、僕らが見て見ない振りをした大きな亀裂を、誠実に埋めようとしただけなのだ。
ところで、●山●美は、どうなったのだろう?
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