20XX年 第二十五話
朝日が差し込むまで眠った後、ユウはパソコンと向き合った。
クローン兎兎は真里菜をパソコン画面がよく見える位置、机上の空いている所に乗せ、ユウの背後に立った。
ユウは記憶媒体をパソコンに差し込み、ファイルを開いた。
「新種ウサギの死因は、未知の細菌である」
読み上げたユウは、ファイルにある未知の細菌の塩基配列と分子構造を凝視した。21XX年で跳梁跋扈している未知の細菌の塩基配列と分子構造が、同じかどうかを判別しようとするが無理だった。だが、ユウでも判別できる似た部分があった。それは、21XX年の未知の細菌の塩基配列と分子構造にもあった空白部分だ。
「この空白部分は、未知の塩基対があることを示している」
「ここに書いてあるよ」
ファイルの先を読んでいた真里菜が、未知の塩基対だと書いてある箇所を前足でさした。
「俺が言いたいのは、21XX年の未知の細菌と同じ、未知の塩基対を含む塩基配列から成る未知の遺伝子があるってことだ」
ユウは跳ね上がる鼓動と同じように興奮気味に言った。
「分かっているよ」
真里菜はユウを見て微笑み、得意気な目になった。
「ユウの記憶ゲノムにある21XX年の未知の細菌を、ファイルにある20XX年の未知の細菌と照合するよ」
そう言って真里菜は、クローン兎兎に目配せをした。察したクローン兎兎はすぐに、真里菜の研究開発室に駆けていった。
「俺は覚えていないぞ」
慌てるユウを見ながら、真里菜はにやりとした。
「だから、ユウの記憶ゲノムに直接アクセスするんよ」
親指を突っ立てるように片方の前足を上に伸ばした真里菜が、つと視線を背後に向けた。戻ってきたクローン兎兎の手には、電極付きの帽子が握られていた。
「兎兎はこういうのも、よく見ていて覚えているんだよね」
称えるように真里菜がクローン兎兎を見上げた。クローン兎兎は恥ずかしそうに頷きながら、ユウの頭部に電極付きの帽子を被せ、その帽子から出るケーブルをパソコンに繋げ、記憶ゲノムプログラムを起動させた。
「ユウ。21XX年の未知の細菌の塩基配列と分子構造を、ぼんやりとでもいいからイメージしてみて」
真里菜の促しに、ユウはイメージしてみた。すると、ユウの記憶ゲノムから21XX年の未知の細菌の塩基配列と分子構造が捉えられ、セーブされ、パソコンの画面に映った。
目を見開いて感嘆するユウを横目に、クローン兎兎はケーブルをパソコンから外し、記憶ゲノムプログラムを閉じた。
ユウが真里菜の導き通りにパソコンを操作すると、21XX年の未知の細菌と20XX年の未知の細菌が照合された。
「不一致だ」
画面に出た照合結果を読んだユウは唇を噛んだ。真里菜は首を捻り、ユウを導いてファイルの続きを開いていった。
「新種ウサギのゲノムから、新種ウサギはバイテクウサギと在来ウサギのミックスであるのは明白よ」
ファイルにあった新種ウサギとバイテクウサギと在来ウサギのゲノム情報から、読み取った真里菜は確認していた。
「新種ウサギの解剖から……」
真里菜はファイルに書かれてあることを読み上げていく。
「新種ウサギの腸より発見された植物をゲノム解析すると、植物はクローバーが異様なまでに変異した新種クローバーと特定できた。異様な変異とは、ゲノムの一部にヒトの遺伝子がある」
驚いた真里菜は音読を止め、同じように驚いているユウと目を合わせた。だが、すぐに再び読み上げていく。
「この目で実際に確かめる為、新種クローバーを探しに島へ行った。そこで、バイテク研究所の跡地で、クローバーの群生地帯を見つけた。群生するクローバーは、一見どこにでも生えている通常のクローバーだったが、明らかに違う部分があった。だから、細心の注意を払い、新種クローバーを一株、採取して持ち帰った。綾の研究開発室を借りていろいろと調べると、その群生地帯は、バイテク研究所が以前バイテク植物を栽培していた場所だった。バイテク植物の試験用の栽培地だったのだ。このことから、新種ウサギに続いて、綾が危惧していた汚染も起っていたことになる。断定するのは、新種クローバーから未知の代謝物と未知の化合物が検出されたからだ」
化合物という単語で、ユウは胸騒ぎを覚えた。それは、汚染という単語に引っ掛ったからだ。
「未知の代謝物と未知の化合物は、群生地帯の土壌からも検出された。それが意味するのは、バイテク研究所を閉鎖した時、栽培地にあったバイテク植物の死骸を含めた土壌処理が完璧にできていなかったということだ。そのことから、この場所で根付いたクローバーが、土壌に蓄積されていた未知の代謝物と未知の化合物を根で吸収し、それによって変異して新種クローバーになったといえる」
真里菜が読み上げを止めた。それは、小さく映っていた、未知の代謝物と未知の化合物の塩基配列と分子構造を、ユウが画面一杯に表示したからだ。
「どうしたん?」
真里菜がユウを覗き込んだ。
「照合したい」
ユウが真里菜と目を合わせた。
「どっちと?」
「未知の化合物だ」
返事をしたユウはファイルを閉じた。
クローン兎兎はユウが被る帽子から出るケーブルをパソコンに繋げ、記憶ゲノムプログラムを起動させた。
ユウは化合物の塩基配列と分子構造を、ぼんやりとイメージした。
化合物の塩基配列と分子構造がパソコンの画面に映ると、クローン兎兎はケーブルをパソコンから外し、記憶ゲノムプログラムを閉じた。
逸る心でユウはパソコンを操作し、照合した。
「一致した」
画面に出た照合結果を読んだユウは、胸騒ぎが当たったとばかりに落胆した。
「未知の化合物と一致した化合物って何?」
真里菜がユウを覗き込んだ。
「以前説明した、バイテクタイムトラベル装置を使用することで産生される化合物だ。この化合物を理論で導き出してからは、危惧される汚染を防ぐために、無人島や人里離れた場所で帰還につくことが定められた。だがそれが、裏目に出たんだ。バイテクタイムトラベル装置で使用する死骸として人気が高いのは鳥だ。鳥を指定し、タイムトラベルするヒトは多い。だから偶然にも、汚染されていたこの場所に、より多くのバイテクタイムトラベル装置で使用された死骸が放置された。そのことで、死骸が土壌の微生物に分解されて循環されていく過程で、沢山の化合物が土壌に残留した。それでクローバーは、未知の代謝物と化合物の相乗効果で、異様な変異をしたんだ」
嘆くユウは、過去を汚染させてしまったヒトの業を省みた。真里菜はこの発言から確信した。
「新種クローバーのゲノムに、ヒトの遺伝子や様々な外来遺伝子が組み込まれていたのは、化合物によって遺伝子の水平伝播が頻繁に起きたからだよ」
ユウは憂鬱な顔で頷いた。
「ユウ。ファイルの続きを開いて」
活を入れるように叫んだ真里菜は、ユウを導き、新種クローバーを解剖したファイルを開いた。
「……新種クローバーから毒物を検出」
ぎくりと言葉を止めた真里菜だが、再び読み上げていく。
「この毒物は動物を確実に死に至らしめるものだが、新種ウサギにはこの毒物を消す解毒作用があった」
「照合するぞ」
毒物の塩基配列と分子構造を睨み付けたユウは、パソコンを操作し、柳の枝から検出された毒物と照合した。
「一致した」
ユウと真里菜は同時に声を上げた。
「毒物は新種クローバーから抽出したもので、バイテクによって作られた毒物ではなかったんだ」
ほっとしたように真里菜は口元を緩めた。
「その毒物を使用したヒトは、まだ何処かにいる」
怒りの籠もったユウの口調に、はっとした真里菜は口元を引き締めた。
ユウはまだ続くファイルを開いた。
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