20XX年 第二十四話
ユウたちは自動運転車で、美咲が住んでいるマンションに着いた。
「あっ。鍵がないよ」
美咲の自宅の玄関ドアの前で、いきなり真里菜が憮然となった。
「俺に任せろ」
親指を立てたユウが、ポケットからトティを取り出した。
「まさか本当にすることになるとはな。トティがあるからもっと簡単に開けられる」
にやにやしながらトティに指示を出すユウを、真里菜とクローン兎兎は不思議そうに見遣った。ユウは事細かな形状の指示を、トティに出していた。いつもより少し時間を経て分化したトティを、ユウは鍵穴に突っ込み、再び指示を出した。
「開いたぜ」
自信満々にユウは親指を立てた。
クローン兎兎は恐る恐る玄関ドアを引っ張った。
「開いたよ」
驚嘆するクローン兎兎の足元で、真里菜が詰問したそうな顔付きでユウを見上げた。
「基本情報以外のインプットとして、ピッキングの仕方を記憶ゲノムにインプットしたんだ」
得意気なユウに、真里菜は右足を持ち上げた。ユウの真似をして、親指を立てている気になっているのだ。
中に入った真里菜は、既に探すものが決まっているようだった。忙しく飛び跳ねて見回している。そんな真里菜を、ユウやクローン兎兎は目で追い掛けた。
「あった!」
声を上げた真里菜が机に駆け寄った。後を追ったクローン兎兎は真里菜を持ち上げ、机上にあるパソコンのへりに真里菜を乗せた。
「ユウは座って」
真里菜に言われるがまま、ユウは椅子に座ってパソコンに向き合った。パソコンは基本情報として、ユウの記憶ゲノムにインプットされている。だが、細かい操作までは分らない為、真里菜の導きで起動させた。
「これは何だ?」
「ログインパスワードよ」
真里菜はユウの質問に早口で答えながら考えていた。
「モンシロチョウの食草……確かモンシロチョウの食草は……アブラナ科の植物。だったら、ブロッコリー」
名称を強めて言った真里菜を、ユウがきょとんと見詰めた。
「ブロッコリーがパスワードかもしれないってことよ」
真里菜は簡単に説明して、ユウに入力の仕方を導いた。
「ブロッコリーが違うならば、カリフラワー」
真里菜の発言通りに、ユウはカリフラワーと入力した。だが、又もや間違っていた。
「ならば、キャベツ」
ユウはキャベツと入力するが、また間違っていた。
真里菜は思い付くアブラナ科の植物を言い尽くした後、焼けをおこす。
「モンシロチョウの食草」
真里菜の発言通りに、モンシロチョウの食草とユウが入力すると、画面が切り替わった。
「当たったね」
ユウの背後から覗き込んでいたクローン兎兎が、ほっとした声を上げた。
呆気にとられた真里菜だが、すぐに次の操作をユウに導き、ファイルを確認していく。全てのファイルを確認し終えたところで、真里菜は溜息を吐いた。
「ない。なんでないんだろう」
もうなす術がないと、真里菜は項垂れた。
「ここにあるかもしれないよ」
クローン兎兎は本棚に向かっていき、バイテク製品設計開発所でよく見かけた、同じようなファイルや記憶媒体がないかと探し始めた。触発された真里菜は、ユウを導いて机の引き出しを開けたり、思い当たる所を探したりした。
「やっぱりない。何もない」
真里菜は途方に暮れたように床にうずくまった。クローン兎兎も疲れたように床にへたった。
「まだあそこは見てないだろ?」
ユウが指差した所は、台所だった。
「台所にあるはずがない」
呟くように言った真里菜の声は届いていなかった。
ユウは台所に行って探し始めた。
「キャベツがあるぞ」
叫んだユウだが、真里菜は反応しなかった。クローン兎兎は駆付けた。
「僕はキャベツが好きだけど、沢山食べるとお腹がごろごろするんだ」
クローン兎兎はユウが冷蔵庫から取り出し、床に置いたキャベツに見入った。
「俺はキャベツそのものを食べたことはないが、俺の時代ではキャベツやダイコンやスイカや……野菜を基本形にしたバイテク隠し金庫がある」
ユウのこの言葉を、長い耳で捉えた真里菜が、キャベツの前に素っ飛んできた。
「試作品かもしれない」
真里菜はユウを確信の籠もった目で見上げた。ユウは力強く頷いて相槌を打った。
「モンシロチョウの食草は、キャベツのことを指していて、そのキャベツはバイテク隠し金庫だったんだね」
ダイイングメッセージが書かれた紙切れを、クローン兎兎は抱き締めるように見詰めた。
「バイテク隠し金庫は、本人のゲノム認証システムだ」
思い出したユウが悔しがった。
「開けられないってこと?」
真里菜はがっかりした。
「金庫が開けられないと分っていて、手帳から引き破って手に握り締める?」
クローン兎兎は腰を下ろしているユウの目先に、紙切れを突き出した。
「それはそうだが、美咲があの時、冷静な判断ができたかどうだか……」
半信半疑のユウは顔を横に振った。
「そうよ」
いきなり真里菜が閃いたと叫んだ。
「トティと同じで、この隠し金庫は試作品よ」
はたとユウは思い当り、床に置いたバイテク隠し金庫であるキャベツを手に取った。まずはキャベツをひっくり返し、中央にある固い茎部分を捩じる。再びひっくり返して床に置いた。
息を凝らして見守るユウや真里菜やクローン兎兎の眼前で、キャベツの葉が一枚ひらいた。
「開いた」
ユウはクローン兎兎に目を合わせて微笑んだ。
その後、キャベツの葉は二枚、三枚、四枚とひらいていく。八枚ほどひらいたところで、空洞の中が見えてきた。そこに、四センチほどの記憶媒体があった。
「USBメモリよ。パソコンで見えるよ」
嬉しそうに真里菜がユウを見た。
記憶媒体を手に取ったユウは、すぐにパソコンに向かった。後を追ってきた真里菜の導きで、ユウは記憶媒体をパソコンに差し込んだ。開いたファイルの内容をざっと確認すると、まさしく新種ウサギの死因を特定したファイルだった。ユウと真里菜は興奮した。
「照合したいから、バイテク製品設計開発所に戻るよ」
号令を掛けた真里菜は、机上から飛び降り、玄関ドアに向かった。
最後に玄関ドアから出たユウは、再びトティで鍵を閉め、自動運転車でバイテク製品設計開発所に向かった。
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