20XX年 第二十三話
「シルエットだ」
先頭を駆けていた真里菜が急停止し、後足で遊歩道を蹴り、警戒音を鳴らした。直後、全ての街路灯が消えた。
竦んだクローン兎兎の後方で、ユウはトティに指示を出して刀に分化させた。
斜め前方の小高木の陰に重なるようにして、ヒトと犬のシルエットが見える。まだ暮れ掛かって間もない為、小高木に挟まれた遊歩道でもさほど暗くはない。
ひらりと、小高木から葉が一枚、遊歩道に舞い落ちた。
「なにこれ?」
ぎょっとするように叫んだ真里菜の眼前で、あっという間に葉がカマキリになった。
「カマキリに分化した」
「分化?」
駆け寄ったユウは、真里菜の前方を覗き込んだ。
ユウとカマキリの目が合った刹那、カマキリが前足の鎌を持ち上げた。そのまま飛んでユウに向かって鎌を振った。だが、ユウはトティの刀でカマキリを斬っていた。
斬られたカマキリがひらりと遊歩道に舞い落ちると、それはもう斬られた葉で、見る間に枯れていった。
「葉がいっぱい落ちてくる」
恐怖に駆られたクローン兎兎が身を縮めた。両脇に生える小高木から、遊歩道を埋め尽くすように、ひらりひらりと葉が幾つも舞い降ってくる。それらが遊歩道に落ちると、陸続とスズメバチになった。
「スズメバチに分化した」
叫びながら真里菜は飛び跳ね、針で刺そうと飛んできたスズメバチを前足で叩き落とし、遊歩道に落ちたスズメバチを後足で踏み潰した。
「兎兎。叩き落とすから踏み潰して」
真里菜は踏み潰したスズメバチが葉に戻り、枯れていくのを目にしながら叫んだ。
「うん」
返事をしたクローン兎兎は拳を握って奮発すると、真里菜が叩き落としたスズメバチを踏み潰していった。
「葉は、落ちるまでに斬ると、分化しないぞ」
ユウは舞い降ってくる葉を次から次へと斬っていく。それを見習うようにクローン兎兎は、舞い降る葉を手で捕まえると半分にちぎっていった。
「ユウ。鞭は使える?」
真里菜が問い掛けながら、ユウの足元に近寄った。
クローン兎兎は足元に落ちていた枝を手に取ると、真里菜の代わりに襲い来るスズメバチを叩き落とし、足で踏み潰していった。
「使えるぜ」
にやりと見下ろしてきたユウに、真里菜が目配せした。気付いたユウは、刀を頭上で振り回しながら腰を屈めた。真里菜は作戦を耳打ちした。
「わかった」
小声で返したユウは、刀に分化しているトティに指示を出して脱分化させ、基本形のマリモに戻ったところで、再び指示を出して鞭に分化させた。
真里菜は再び、襲い来るスズメバチを前足で叩き落としたり、舞い降る葉に噛み付いて裂いたりした。
ユウは右横を見遣った。小高木と小高木の間隙を捉えると、その間隙を右横にして並んで立ち、鞭を頭上で振った。一度に何枚もの葉が斬られ、地面に落ちた。そのままユウは頭上で鞭を振り回す。無数の鋭いトゲが生えている鞭は、振り回すだけで、舞い降る葉を大量に斬ることが出来た。
あっという間に、舞い降る葉の数は減っていった。
真里菜が後足で警戒音を五回鳴らした。
――位置は右斜め前だな。
ユウは真里菜の長い耳が指す方向を確認した。
真里菜が警戒音を四回鳴らした。
――近付いてきている。
ユウは真里菜の長い耳が、さっきよりも手前を指しているのを確認した。
真里菜が警戒音を三回鳴らした。
――近いぞ。
ユウが真里菜の長い耳を確認した。
真里菜が警戒音を二回鳴らした。
「トティ。トゲをアポトーシスせよ」
鞭を持つ手を口元に引き寄せたユウが、小声で指示を出した。
真里菜が警戒音を一回鳴らした。
――右横だ。
ユウは真里菜の長い耳が指す方向を確認せず、右横に鞭を振った。
「捕らえた」
ずしりとした感触を得たユウは、急いで右手に左手を添え、釣り上げるように鞭を持ち上げ、一気に地面に叩き落とした。
一匹の犬が遊歩道の地面に叩きつけられた。
素早くユウが犬に巻き付いている鞭をするりと解くと、真里菜が警戒音を一回鳴らした。
即座にユウは再び、右横に向かって鞭を振った。
「捕らえた」
ユウの声に、真里菜は捕らえたヒトのそばに向かった。ユウも鞭を手繰り寄せた。だが、すぐにその感覚はなくなった。それが意味するのは、巻き付きが解かれたということだ。
「逃げられた」
「ヒトじゃない」
悔しがるユウの声を掻き消すように、真里菜の声が響いた。
「どういうことだ?」
ユウは戻ってくる真里菜に訊いた。
「ヒトは植物の擬態だった」
「植物の擬態とはどういうことだ?」
「すぐに消えたから私にもよくわからないけど、あれは確かに植物だった。毒物によって植物が、ヒトのシルエットに擬態していた可能性が高いよ」
「だったら、毒物を使ったヒトは何処にいる?」
「ここにはいない」
真里菜は感知する長い耳を横に振った。
「植物が消えたって言ったよな。どうやって消えた?」
「芽が出て茎が伸びる。それを逆回しにして、地面に消えたんだよ」
「ユウ。真里菜。犬が死んでいるよ」
クローン兎兎が焦ったように、会話に割り込んだ。振り向いたユウと真里菜は、慌てて犬に近寄った。
「これは死骸だ」
一見しただけでユウは見破った。
「なんでこんなに腐敗が激しいん?」
真里菜は拒絶するように顔を背け、答えを求めてユウを見上げた。
「この死骸は、バイテクタイムトラベル装置で体として使用された死骸だからだ。使用された死骸から記憶ゲノムが元の体に帰還すると、時間を取り戻すかのように腐敗速度が極めて早い」
「ってことは、バイテクタイムトラベル装置でこの時代に来たヒトによって、美咲さんは殺されたってこと?」
「殺したのか関与したのか……どっちへ転んでも、美咲を殺し、真里菜の父を殺害しようとしたことに、間違いないな」
考えながら答えたユウは、首を捻る。
――未来から毒物を持参することはできない。ならば、この時代のヒトと連携していたということか? それはどういった理由で? 一体誰が? 意図は? 目的は? つながりは?
「美咲さんのダイイングメッセージ」
クローン兎兎が思い出したように言った。
「そうよ。美咲さんの自宅に行くよ」
後足で遊歩道を蹴り上げた真里菜は、飛び跳ねて駐車場に向かった。クローン兎兎とユウはその後を追った。
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