20XX年 第十九話
バイテク製品設計開発所に戻ってきたユウたちは、どっと疲れが出たというように、真里菜の執務室のソファに倒れ込んだ。
「そういえば……」
真里菜が思い出したと身を起こした。
「もう何日もお風呂に入っていない」
駆られた様子で、ユウを見る。
「シャワーを浴びてきて」
促されたユウは、真里菜が前足でさし示すドアを開いて、シャワー室に入った。
真里菜はクローン兎兎に、着替えの服をクローゼットから出してシャワー室前のチェストに置いてもらい、脱いである服を洗濯乾燥機の中に放り込んでもらった。
「私と美咲さんの体格は同じだから、兎兎は私の服を着られるよ。ちょっと若々しい恰好になっちゃうけど……」
真里菜の言葉に、雄であるクローン兎兎だがそんなことは気にせず、それよりもわくわくしながら、クローゼットの中から服を選んでいった。
ユウがシャワー室から出てきた。交代するように、真里菜とクローン兎兎は一緒にシャワー室に入った。
「くすぐったい」
けらけらと笑う真里菜は、クローン兎兎に全身を洗ってもらっていた。クローン兎兎の太ももに前足を掛け、シャワーを浴びていた時だった。真里菜はその太ももに、動物に噛まれた傷を見つけた。
「これ、どうしたん?」
前足でさす部分を見遣ったクローン兎兎は首を横に振った。シャワーを浴びている為、噛まれた傷から出たと思われる血は殆ど落ちている。
「これは、がぶりとひと噛みの傷よ。ジーパンの見た目では全く気付けなかったよ」
呆然と言って真里菜は推考した。
――ユウが言った通り、あのシルエットだ。ヒトから放たれた犬によって、美咲さんは殺された。ひと噛みで殺せるとなると……狂犬病ならば潜伏期間がある。美咲さんが噛まれた状態であそこに居続けるはずはない。だとしたら、バイテクによって?
「兎兎。美咲さんの体内に残るウイルスなどを調べるよ」
真里菜はシャワーを浴びない隅に行くと、全身を振って水を飛ばした。
クローン兎兎は急いで全身を洗った後、シャワー室から出ると、まずは真里菜の全身を拭いてやり、自らの全身を拭いて服を着た。この行動は全て、真里菜がクローン兎兎に対して行っていたことだった。
「ユウ。持って帰った柳の枝も調べるよ」
真里菜がソファに近寄った。返事をしないユウは、横になっているソファで眠っていた。
「兎兎」
振り返った真里菜に、クローン兎兎が柳の枝を持ち上げた。
「私の研究開発室に行くよ」
真里菜はくるりと反転した。
クローン兎兎が執務室のドアを開けると、真里菜は廊下に出て、ゆったりと飛び跳ね、隣室のドア前に座った。ここが真里菜の研究開発室なのだ。クローン兎兎はドアを開け、電気を点けた。
「あのね。僕が美咲さんの体となって目を覚ました時、手に握っていたものがあったんだ」
唐突なクローン兎兎の話に、中に入った真里菜が、驚いたように足を止めて振り返った。
「それは今どこにあるん?」
目を見開いてクローン兎兎を見上げる。
「美咲さんが羽織っていたジャケットのポケットに入れていたんだけど、洗濯乾燥機に放り込む前に思い出して、今持っているよ」
腰を屈めたクローン兎兎は、手に握っている紙切れを見せた。それは、引き破ったような紙切れだった。
「モンシロチョウの食草」
紙切れに書かれてある文字を、真里菜は読み上げた。
「その生き物って、白くて小さくてかわいらしい蝶だよね」
思い浮かべたクローン兎兎は微笑んだ。だが、不思議そうな顔付きになる。
「食草って何?」
「蝶の幼虫は種類によって決まった植物を食べるんよ。だから、成虫は決まった植物にしか卵を産まないんよ。確か、モンシロチョウの食草は、アブラナ科植物よ」
真里菜の返答に、クローン兎兎はにっこりと頷いた。
「もしかして、ダイイングメッセージかもしれない」
真里菜の閃きを聞いたクローン兎兎は思い当たった。
「ミステリードラマにあるあれだね」
頷いた真里菜は、紙切れを抱き締めるように見詰めた。
「引き破って握りしめていたんだから、大事なメッセージであることに間違いないよ。でも、何を伝えているのかは全く分からない」
胸がつまったように真里菜は項垂れた。
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